第86話 ハーレムを許すかどうかはワタクシ次第なのよ

【オズリンド邸 廊下】


「「「ふきゅう……」」」


 アリシア様、フランチェスカ様、イブさん、スズハ様、妖刀ちゃん。

 4人と1本による乱闘は長引くかと思われたが、思っていたよりも簡単にケリが付いた。


「全く、魔導使いのワタクシに勝てると思ったわけ?」


 両手に腰を当てて、呆れたように呟くアリシア様。

 そう。今のアリシア様に勝つのは俺とて容易ではない。

 この結果は必然の末路だと言えよう。


「うぐぐぐ……フランちゃんはともかく、イブまで」


 床に突っ伏しながら呻くフランチェスカ様。

 たしかに、イブさんならばアリシア様が魔導を使う前に気絶させる事も可能かもしれない。しかし、そんな彼女も今はダウン中。

 その理由は実に単純なものだった。


「この、裏切りトカゲがぁ……!!」


「はい? 私は最初から大親友のアリシアとグレイ様の味方ですけど?」


 怨嗟の声を漏らすイブさんを見下ろしながら、スズハ様がスススッとアリシア様に擦り寄っていく。

 そう。スズハさんは共闘していたはずのイブさんを背後からブレス攻撃(スズハふぁいやー)で襲い、裏切っていたのだ。


「アリシアからグレイ様を奪うなんて無理なんですから、いい加減諦めておこぼれを貰った方がいいですよ?」


「賢いわね、スズハ。今のところ、グレイの側室として認めてあげてもいいのは貴方だけだわ」


「わーい! アリシアも大好きです!」


 嬉しそうにアリシア様に抱きつくスズハ様。

 アリシア様も満更でもないのか、微笑みながらスズハ様の頭を撫でている。


「ずるいずるい!! ずぅぅぅるぅぅぅいぃぃぃぃっ!!」


「どうしてスズハ様だけ!! 私達も側室に立候補します!!」


「スズハは女のワタクシから見ても綺麗だもの。3(ピーッ)するにしても、最低限ワタクシが興奮する相手じゃないと」


「私もアリシアとなら、(ピピピーッ)を(ピーッ)されても大丈夫です! むしろ氷のバイ(ブーッ)とか試して欲しいかも」


 この屋敷に来て以来、ひんやり大好きマニアになったスズハ様がニヤリと笑う。


「でも、子供を孕むのはワタクシが先よ。長男を産むまで子供は我慢してね」


「はい! 構いませんよ!」


 それからグッと握手をする二人。

 えー? 俺の意見はー? と言いたいところだが、まださっきの毒が効いているせいで身動きが取れない。


「ね、姉様? フランちゃんも側室でいーよ? ね? ねえ?」


「ハウリオ一族に伝わる伝説の房中術をお教えします!! ですから!!」


「絶対に嫌。ワタクシの取り分が減るじゃない」


 フランチェスカ様とイブさんの訴えを退けると、アリシア様は床に転がっていた妖刀ちゃんを拾い上げた。


「それと、貴方についても」


『ひぃっ!?』


「今回の騒動、元を正せば貴方が原因みたいね。お師匠様から聞いたわ」


 ※レイナ→アドルブンダ→アリシアで妖刀ちゃんの計画がバレました


「グレイの記憶を奪って、ワタクシに成り代わろうとしたようだけど。もう二度とそんなふざけた真似は許さないわよ」


『は、はーん! 強がっちゃってさ!! ワタシの力が借りられなくなったら、グレイは弱くなっちゃうけどいいの!?』


 たしかに妖刀ちゃんの言うように、彼女の力が借りられなくなるのは痛い。

 龍化と分身能力はかなり有用な力だからな。


「そうね。だから、これからは代償無しでグレイに力を貸しなさい」


『はぁ!? そんなの出来るわけないでしょ!!』


「…………」


 反論する妖刀ちゃんを見下ろすアリシア様の瞳は恐ろしく冷たい。

 てっきり俺は氷漬けにでもするのかと思ったのだが、そうではないようで。


「じゃあ、要らないわ」


『……へ?』


「貴方を今すぐ、ユフィーンの洞穴へと戻すのよ」


『な、なぁっ!?』


 そう言われた瞬間、妖刀ちゃんはガタガタガタと震えだす。


「貴方が作られてからグレイが手にするまで何百年待ったのか知らないけど。今度はもっと早く手にしてくれる人が現れるといいわね」


『ひっ!? い、いや……それは、やだぁ』


 妖刀ちゃんの声が、みるみる涙声になっていく。

 アリシア様の言葉で、自分の孤独な過去を思い出したのだろう。


「何が嫌なの? 貴方が言う事を聞かないから、こうなったんでしょう?」


『だって、だってぇ……ぐすっ、ひぐっ、ふぇぇぇぇぇぇんっ!!』


 泣き叫ぶ妖刀ちゃん。

 それでもアリシア様の表情はちっとも変わらない。


「それなら、分かっているわね?」


『ひっく、ひっく……はい……なんでも言う事を聞きます。だから、ご主人様と一緒にいさせてください』


「いいわ。もしも今後、グレイの記憶に異変があったその時は……覚悟しなさい」


『……はい』


 妖刀ちゃんは完全に屈服したのか、それ以上は何も言わなかった。

 もはや今後、彼女がアリシア様に強気な態度を取る事はないのだろうな。


「さて、これで面倒事は解決ね。それじゃあ次は夫婦の寝室の準備をしないとね♪」


 先程までの【氷結令嬢】モードはどこへやら。

 ケロッと笑顔になったアリシア様は上機嫌で、倒れている俺を抱き起こしてきた。


「もう、しっかりして」


「ひゅみまひぇん」


 恐らくは筋弛緩剤的な毒なのだろう。

 体にあまり力が入らず、かなりアリシア様に体重を掛ける格好になってしまった。


「アリシア、手伝いますよ」


 見かねたスズハ様がアリシア様とは反対側で俺に肩を貸す。

 こうして俺はアリシア様とスズハ様にズルズル引きずられる形で、寝室へと運ばれて行く事となった。


【オズリンド邸 グレイの寝室】


 俺をベッドに寝かせたアリシア様とスズハ様。

彼女達は次に、俺の部屋の荷物を物色し始めた。


「相変わらず、私物の少ない部屋ね」


 これから俺とアリシア様の寝室となる部屋に、俺の荷物を移そうとしているらしい。

 しかし俺はあまり買い物とか好きじゃないので、部屋にあるものといえば少なめの着替え(制服・私服・下着)くらいなものだ。


「アリシア!! これを見てください!! こんな卑猥な下着を発見しました!!」


「まぁ……これはレアモノね」


 スズハ様が手に持っているのは、少し前にマリリーさんからプレゼントされた下着。

 ほとんど布がなく、俺の股間のもっこりをギリギリ多い隠せるほどの際どいパンツだ。


「でも、これは一度くらいしか履いていないみたいね。匂いで分かるわ」


「ふぇ!?」


 パンツを躊躇う事なく鼻に押し当てたアリシア様を見て、俺は驚く。


「グレイのお気に入りはこっちよ。ほら、匂いが全然違うでしょ?」


 そして続けて、アリシア様は戸棚から一枚のパンツを取り出す。

 それは彼女の言うように、俺が頻繁に着用しているパンツだった。


「どれどれ……ひゃふっ!?」


 アリシア様に手渡されたパンツの匂いを嗅ぐスズハ様。

 すると一瞬で、スズハ様のスカートから……卵がすぽぽぽーんっ!


「これ、ひゅごいぃ……♡ グレイ様の濃い匂いが……はぁんっ♡」


「ね? ワタクシも3日に一度はお世話になっているのよ。オカズとして試してみなさい、飛ぶわよ」


「…………はい♡」


 そして俺のお気に入りパンツはスズハ様のポケットの中へとしまわれていった。

 俺はこれを悪い夢だと思う事にして、ひとまず眠る事に決める。

 荷物運びは二人がやってくれるようなので、問題ないだろう。


【オズリンド邸 グレイの寝室】


「ふわぁ……」


 あれからどれくらい眠り続けていたのか。

 気が付くと窓の外からは眩しい太陽の光が差し込んでいる。

 懐から懐中時計を出して確認してみると、どうやら俺は丸一日眠っていたようで……今はアリシア様が昼食を取るくらいの時間だった。


「食堂にいるのかな?」


 すでに荷物の運び出しが済んだ殺風景な部屋を出て、俺は食堂へと向かおうとする。

 するとその途中、二人の騎士……それと馬車の御者さんとすれ違った。


「お、グレイ君じゃないか」


「遂にアリシア嬢と結婚だってな、おめでとう」


「玉の輿でねぇか。オラもあやかりてぇもんだべ」


 御者さんはいつもアリシア様が外出する際に馬車を出してくれる人。

 騎士の方はどちらも中年で、俺がこの屋敷に来る前からオズリンド家の門番として務めている銅騎士だった。


「ありがとうございます。皆さんはご夕食に?」


「ああ、見張りの交代時間になったからな」


「しかし、まさかグレイ君が金騎士になるとはなぁ。すっかり飛び越えられちまった」


「金騎士どころか次期旦那様だかんなー」


 三人は笑いながら、俺の背中や肩を叩く。

 俺も普段から彼らとは仲良くしていたので、嫌な気はしない。


「当主になっても、俺達をクビにしないでくれよ?」


「グレイ君ほど強くはないが、命がけで屋敷を護るからさ」


「勿論ですよ! 俺はお二人も……今、門を守っている方達も信頼していますし!」


「そっだら、オラの給金をもっと上げてくんろ。近頃、グレイ君とお嬢様のイチャつきっぷりは目に余るべ。馬車内でのちゅっちゅは独り身にはキツイべ」


「「はははははっ! そりゃあ可哀想だな!」」


「お、お恥ずかしい限りで……」


 三人は口々に俺をからかってくる。

 俺は照れくさくなってきたので、逃げるように廊下を駆け出した。


「これからも、よろしくお願いしますね!!」


 俺が振り返って頭を下げると、三人は笑って手を上げてくれる。

 つくづく、俺の周りにはいい人ばかりいるなーと思う。


「結婚の挨拶、もっといろんな人にしないといけないよなー」


 俺やアリシア様には、他にもお世話になっている人が多すぎる。

 だから手紙などではなく、ちゃんと直接会って挨拶をしたい。

 そんな風に考えながら、俺は食堂の前にたどり着き……その扉を開いた。


「ひどいわよぉぉぉぉっ! わだじをずでるのぉぉぉぉぉ! なんでげっごんずるのぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


「うるさい犬ね。黙りなさい」


 食堂に入った俺の目に飛び込んできたのは、涙で顔をグチャグチャにしながらアリシア様の足元に縋り付いている負け犬……じゃなくてリムリス様。

 そしてそんな負け犬をゲシゲシと蹴りつけているアリシア様だった。


「あっ♡ 蹴った……♡」


「気色悪い声を出すんじゃないわよ。それはワタクシが数カ月後に、お腹をさすりながら言うセリフよ!!」


「ああんっ! もっと強くしてぇ♡ いじめてぇ♡」


「……」


 とりあえず昼食は諦めて、気づかれない内に逃げようかな……



【グレイとアリシアの結婚式まで残り14話】


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