第85話 娘さんをくださいって、必要な儀式なのかしら?

【オズリンド邸 ディランの書斎】


 俺とアリシア様の初体験未遂事件からひと悶着を経て。

 ようやくオズリンド邸へと戻ってきた俺とアリシア様は、ディラン様への報告の為に書斎を訪れていた。


「お父様!! ワタクシ、今夜からグレイと同じ寝室で眠りますわ!! これから毎日子作り三昧ですのよ!!」


 バーンッと扉を開いて入室するなり、とんでもない発言をぶちかますアリシア様。

 それを受けたディラン様は、手に持っていた資料を机の上に置いて……すぐに両手でピースサインを作った。


「いいだろう」


「えー……かるぅー」


 ディラン様らしからぬ軽いノリに肩透かしを食らう俺。

 するとディラン様がクスクスと笑いながら、俺の方を見てきた。


「ハハハハッ、すまないなグレイ。すでに報告はアドルブンダ様から受けている」


「ああ、そうでしたか」


「うむ。アリシア、グレイ……お前達、本当に良く頑張ったな」


 そう言いながら、笑顔でパチパチと拍手をしてくれるディラン様。

 それがなんとも嬉しくて、俺は目にじんわりと涙が浮かぶのを堪えきれなかった。


「いつかは叶えるとは思っていたが、こんなにも早く成し遂げるとは……アリシア、お前はつくづく母親に似たんだな」


 よく見ればディラン様の瞳にも涙が滲んでいる。

 それほどまでに娘の成長が嬉しいのだろう。


「お父様、改めて確認しますけれど。グレイとワタクシの結婚を認めてくださいますのよね?」


「無論だ。陛下による金騎士の叙勲が終われば、すぐにでも式を挙げるといい」


「っしゃあ!! ですわ!!」


 両手をグッと握りしめ、勝利のポーズを決めるアリシア様。

 いよいよ、俺達の結婚がすぐそこまで迫っているんだな。


「ディラン様、ありがとうございます」


「おいおい、グレイ。これからは家族になるのだから、そんな他人行儀な呼び方はやめてくれ」


「……では、お義父様とお呼びしても?」


「ああ。これからは私も君の事を息子のように思わせてもらう」


 父親。俺にとっては忌まわしき存在だった。

 でも、アリシア様と結婚する事で……こんなにも尊敬出来る父親が出来るなんて。


「あらあら、グレイ。ずっと泣きっぱなしね」


「すみません、アリシア様」


「はははっ、妻になるアリシアに対しても様付けと敬語はどうかと思うが」


 たしかにそれはおっしゃる通りだ。

 夫婦として、これからは対等な立場になるというのだから。


「ですが、自分はアリシア様の騎士でもあります。なので、敬語と様付けをやめるのは……夫婦の時間を過ごす時だけにしようかと」


「ワタクシはそれで構いませんわ。というより、普段とのギャップで下腹部がきゅんきゅん♡するから、その方が興奮して(ピーッ)して(ピーッ)な(ピピピーッ)で(ゲベゲベ)をできるわ」


「「……」」


 サラリと言ってのけるアリシア様に俺は赤面し、お義父様は苦笑する。


「さぁて、結婚式の準備を色々と進めないといけないわね。あ、でもその前にグレイの叙勲式の用意かしら?」


「そうだな。近い内に陛下から連絡があるだろう。それまでは恋人同士、ゆっくりと過ごすといい」


「あ、その前にお義父様。少し、よろしいでしょうか」


 俺は妖刀ちゃんを鞘ごと床に置くと、お義父様の前で膝を突く。


「……本当の父親に絶望して、行き場の無かった俺を拾ってくださって。さらには身分に合わない俺とアリシア様の関係を認めてくださって。いくら感謝しても、感謝しきれないほどに……俺は貴方に恩義を感じています」


「……グレイ君」


「だから、このままお義父様のご厚意に甘えっぱなしでアリシア様と結婚するのは嫌なんです。ちゃんと、ケジメを付けさせてください」


 俺は土下座のように両手両足を床に付けたまま、深く頭を下げる。


「私は必ずアリシア様を幸せにしてみせます! ですから、彼女を私にください!!」


「………」


 お義父様は俺の懇願を受けて、眉間に深いシワを寄せていた。

 そのまましばらく、重たい沈黙が室内に漂っていたが……


「お前などに娘はやらんっ!!」


「「ええーっ!?」」


 突然、凄まじい剣幕で怒鳴られたので俺とアリシアはびっくり仰天。

 二人とも声を揃えて、驚きの声を上げてしまう。

 いやまぁ、そう言われる可能性は重々承知していたんだけども!


「……と、言う時期は過ぎてしまったからね。父親としては、やはり一度は経験しておきたくてね」


「……心臓が止まるかと想いましたよ」


 しかし、これはお義父様のちょっとした冗談だったようだ。

 彼は優しい顔で再び笑うと、懐から取り出したハンカチで目元を覆う。


「すまないが、少しだけ彼女と二人きりにしてくれないか?」


 そう言いながら、お義父様は机の上に置かれた写真立てを手に取る。

 そこには、アリシア様によく似た美しい女性の写真が収められているのだ。

 その方が誰なのかは、言うまでもないだろう。


「はい。失礼しました」


 きっと積もる話があるに違いない。

 そう思った俺とアリシア様は、邪魔をしないように足早に退室した。

 すると、廊下に出てすぐに……奥の方からモリーさんが歩いてくる。


「あっ! グレイ!!」


「どうも、モリーさん。ご無沙汰していましたね」


「全くだぞコノヤロー!! 急にいなくなりやがって、心配したんだからな!」


 モリーさんはこちらに駆け寄ってくると、俺の肩に手を回してきた。

 そしてそのまま、ドスドスと俺の腹を何度も叩いてくる。


「このっ! このっ! いってぇ! どんな腹筋してやがんだお前は!!」


「あはは、俺の腹筋を貫くには槍を持ってこないと」


「まぁいいや。それより、屋敷中は大騒ぎだぜ? ようやくお前が貴族になって、アリシア様とご結婚するっていうんだからな!!」


「へぇ、みんな耳が早いなぁ」


 とはいっても、別に悪い気はしない。

少し前までと違って、今の使用人のみんなは良い人ばかりだからな。


「もうすぐお前が、俺達の主人になるんだなーと思うと感慨深いよ」


「あら? それが分かっているのなら、ワタクシの旦那に馴れ馴れしくするのは自重して貰えるかしら?」


「あっ、いえ! その、ですね!」


 俺の隣のアリシア様に睨まれて、モリーさんがあたふたと両手を振る。


「大丈夫ですよ。今のは『グレイったら、お友達と話してばっかり! ワタクシの事も構ってくれなきゃ許さないんだからばかばか!』という可愛い嫉妬なので」


「へ? そうなの?」


「むぅ~~~~っ!!」


 俺がモリーさんにアリシア様の真意を伝えると、彼女はぷくーっと頬を膨らませて俺の背中をポカポカポカ。


「話はまた今度にしましょう。今はアリシア様と過ごしたいので」


「ああ、そうしておけ。俺も後が怖いからさ」


 といった感じで、俺達はモリーさんと別れる。

 それからしばらく、廊下を通りかかる使用人達が次々に「ご婚約おめでとうございます」とか「羨ましいです」とか「私も結婚したい」なんて言葉を使用人達が掛けてくれる。

 俺はそれが素直に嬉しかったのだが、一方のアリシア様はというと……


「むにゅぁ……」


 一度にこれほどの数の人間から祝福を受けた経験がないらしく、妙に照れた様子でもじもじそわそわとしてばかり。

 自分の屋敷の中だというのに、まるで借りてきた猫状態だ。


「あ、あの! グレイ君!」


「ああ、メイさん。どうも」


「本当に、貴族になっちゃったんだね」


「ええ。叙勲を受けるまでは、まだ平民のままですけど」


「……叶わない思いだって分かっていたけど。えへへへ、やっぱり辛いなぁ」


 メイさんは潤んだ瞳でそう言うと、後ろに隠し持っていた花束をアリシア様へと手渡した。


「メイ、これはまさか?」


「はい。あの日、アリシア様が褒めてくださったお花です。あの後、一緒に中庭に植えていたものが綺麗に咲いたので」


「そうだったのね……ありがとう」


「あっ、結婚式の時のブーケ! もし良かったら、私に作らせてくださいね! 心を込めて作りますから!!」


 最後にそう言い残し、廊下の奥へと走り去っていくメイさん。

 彼女が俺に好意を抱いていた事は薄々勘付いてはいたけど……


「ねぇ、グレイ」


 ぎゅっと、アリシア様が急に俺の手を握りしめてきた。


「ワタクシ達、幸せになりましょうね」


「……はい。勿論ですよ」


 俺はしっかりと手を握り返してから、アリシア様の瞳を見つめる。

 そして、そのままゆっくりと互いの唇を近付け――


「んちゅぅ~……」


「「……」」


 俺とアリシア様がキスをしようとする真横で、すぼめた唇を突き出しているスズハ様。


「スズハ、何をしているの?」


「え? ドサクサにまぎれて私もキス出来るかなと思いまして!」


 一体いつからそこにいたのか。

 スズハ様はニコニコと微笑みながら答える。


「どうして貴方がグレイとキスするのよ!」


「アリシアばっかりズルいです!! 王城であんなにえっちな事をしていたくせに!!」


「いいじゃない! ワタクシとグレイが何発フ◯ックしようが関係ないでしょ!!」


「関係ありますぅ!! 私だって孕みたいのにぃぃぃぃぃっ!!」


 がっぷり四つ。取っ組み合いを始めるアリシア様とスズハ様。

 やれやれどうしたものかと俺が思っていると……


「っ!! そこか!!」


 突然、背後から小さな針が俺の首筋目掛けて飛んでくる。

 俺はそれを妖刀ちゃんでズバッと切り裂いた。


「ああーっ!! 何やってんのよイブ!! 使えない子ね!!」


「申し訳ありません。まさか、私の吹き矢をこうも簡単に防ぐとは」


「フランチェスカ様にイブさん……付いてきていたんですか?」


 そこにいたのは不満げに口をへの字にしているフランチェスカ様と、吹き矢の竹筒を口に咥えているイブさんだった。


「あったりまえじゃーん! お兄さんはフランちゃん達のモノだもんねー!」


 トテトテトテ。フランチェスカ様が俺に抱き着いてきた。

 しかし、こうかはいまひとつのようだ。


「無駄ですよ。俺にそんな誘惑は……」


「えいっ」


 ぷすっ。グレイはフランチェスカさまにどくばりをさされた。

 こうかはばつぐんのようだ。


「うぐっ!?」


「いえーいっ!! 引っかかったぁ」


「やりましたね、フランチェスカ様! さぁ、今の好きにグレイ君を連れ出しましょう!」


 崩れ落ちた俺をイブさんが抱きかかえ、えっこらせっせと運び始める。


「何をしてんのよアンタ達ぃっ!!」


「グレイ様の子種はスズハのものです!!」


 そこからはもう、とんでもない大乱闘。

 王城でも同じように一戦交えたというのに……随分と元気な事で。


「お兄さんとの結婚なんてフランちゃんが阻止してやるー!」


「グレイ君の独占はんたぁーい!!」


「はんたぁーい!!」


「うるさぁーいっ!! グレイはワタクシのモノなのぉー!」


『いいや、ワタシのものだもん!!』


「「「「誰!?」」」」


 とまぁ、こういう具合で。

 今日も今日とて、オズリンド邸は馬鹿騒ぎ。

 でも、そんな日常が凄く居心地が良くて……心が落ち着いて。


「あはははははっ!」


 この生活に帰ってこられた事が、今はとても嬉しかった。


 





【グレイとアリシアの結婚式まで残り15話】

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