第70話 どうでもいいのよ、そんな事
【ヴォルデム魔導学院 保健室】
「え? ファントムと接触した?」
スズハ様がファントムに襲われた次の日。
俺はウキウキで、ヴォルデム魔導学院の保健室を訪れていた。
「はい。トイレでスズハ様が襲われまして。ほら、先生とちょっとだけ話した後の事ですよ」
「そう、それは大変だったのね。スズハさんは無事なの?」
「間一髪でファントムを撃退出来ましたので」
「良かったわ」
俺の返事でホッとしたのか、レノル先生はコーヒーを口にする。
それから、ふと何かに気付いたように目を細めた。
「それで、私に何の用かしら?」
「はい。実はファントムを撃退した時に、奴は仮面とマントを落としていったんですよ」
「へぇ……それは手がかりになりそうね」
「なりそうというか、なったんですよ!」
「え?」
「実はアドルブンダ様が、物体の残留思念を読み取る魔法を使えるそうなんです。だから、それを使えばファントムの正体も分かります」
「そんな魔法が……!?」
信じられないといった顔で、レノル先生が目を見開く。
「でも、その魔法にはかなり体力を使うみたいで。アドルブンダ様が体調不良でダウンしちゃったんです」
「ああ、そうなの……」
「ですから、レノル先生にアドルブンダ様を回復してもらおうかと。でないと、ファントムの情報を引き出せないですからね」
「もちろん、お安い御用よ」
レノル先生はにっこりと微笑むと、チラリと壁の時計を見る。
「でも、ちょっとごめんなさい。この後少し用事があって……それが終わってからでもいいかしら?」
「ああ、そうでしたか。それでも大丈夫ですよ! 焦らなくても、ファントムはもう捕まったとも同然ですから」
俺は椅子から立ち上がると、ペコリと深く頭を下げる。
「では、後で理事長室までお願いしますね!」
「ええ、必ず行くわ」
そのまま保健室を出ていく俺。
室内に残ったレノル先生は……扉が閉じるのと同時に、浮かべていた表情を一変させる。
「チッ……あのジジイ、そんな魔法を持っていたのね」
慈愛に満ちた保健医の顔から、醜悪な憎悪の顔に。
彼女は椅子から立ち上がると、白衣の中から小さな杖を取り出す。
「オープン」
杖の先端をくるりと回転させて呪文を唱える。
すると保健室の壁にブゥンと赤い光のゲートが浮かび上がった。
「……想定より早く撤退する事になったけど、天は私の味方だったようね」
ゲートの中に手を入れて、中から1つの小瓶を取り出すレノル先生。
その小瓶の中には桃色の光を放つ球が入っており、外側のラベルには【ちゅっちゅモンスター】と書かれている。
「アイツらが私の正体に気付く前に、個性を持ってトンズラを……」
「なるほど。奪った個性はそんな場所に隠していたんですね?」
「えっ!?」
ガシャァンと、扉を蹴破って保健室の中へと入る。
そんな俺の後ろにはスズハ様とイブさんも控えている。
「なっ!? どうして……?」
「先に言っておきますけど、さっきの話は嘘ですよ。アドルブンダ様に、そんな魔法は使えません」
「ですから、この趣味の悪い仮面とマントはお返ししますね」
そう言って、スズハ様が割れた仮面とマントをポイッと放り投げる。
目の前に転がる仮面を見て、レノル先生……いや、レノルはピクピクとこめかみに青筋を立てた。
「私を嵌めたのね……」
「ええ、そういう事になります」
「……なぜ私が犯人だと分かった?」
「まぁ、それは幾つか理由がありますけど。最初に引っかかったのは……イブさんの言葉です」
「なんですって!?」
俺が引っかかったイブさんの言葉。
それは、俺とスズハ様がファラ様達と会話した後……駆けつけてきたイブさんが放った一言だ。
~~「アリシア様がちゅっちゅを封じられたのはざまぁみろと思いますが、それでグレイ君が落ち込んでいるのは見たくありませんし」~~
「この一言……おかしいんですよ。だってこの時、俺はまだ誰にもアリシア様がどんな【個性】を奪われたのかを話していなかった」
「!!」
「はい。私が聞いたのも、イブさんがいらっしゃる寸前でした」
「では、イブさんが一体どこでそれを知ったのか。イブさんが俺達と合流する前に立ち寄ったのは……保健室だけです」
「……っ!!」
「眠っているアリシア様とフランチェスカ様が、それぞれどんな個性を奪われたのかを説明してくれましたよね。私だけではなく、ルヴィニオン家の使用人も証人ですよ」
「だが、それだけでは決定的な証拠とはいえない!」
唇を噛みながら、不愉快そうに声を荒らげるレノル。
「そうですね。でも、貴方はたった1つミスを犯しました」
「ミス、だと?」
「私達が犯人探しをしているのを知って焦った貴方は、スズハ様の囮を利用する事で自分のアリバイを作ろうとしたんです」
スズハ様を女性トイレで襲った時の事だ。
「そうだ! あの時私はトイレから出ていったはずだ! その後にファントムが現れたというのなら……!」
「貴方の得意魔法ですよ」
「うっ!?」
「……そこの猫マークのマグカップと同じ物を、俺が一度割ってしまった時。貴方はこう言いましたね? 予備を【作って】おいたから、と」
「……」
「後から職員名簿で調べましたが、貴方は過去に【分身魔法】による臓器移植の権威だった。マグカップや臓器を分身させる事が出来るのなら……」
「自分自身も分身出来ても、おかしくはありませんよね?」
「ぐっ、ぬぅ……!!」
ギリギリと奥歯を噛み締めながら、苦悶の表情で唸るレノル。
もはや、返す言葉もないのだろう。
「そうなると、ファントムの不可解な謎も解けてくる。事前にどこかに分身を潜ませておいて、襲撃の後に分身の魔法を解除すればいい。そうすれば犯人の痕跡は一切残りません」
「まさに、幽霊のように消えるというわけですね!!」
「私が分身を斬っても、能力を奪えなかった理由もそれです」
あれは本体じゃなくて分身。
だからこそ、斬られた瞬間に幽霊のように霧散したのだ。
「だが、抜き取った個性をどうやって持ち去るというんだ!?」
「それこそ、貴方の立場が役に立つんですよ。保健医である貴方の」
「その瓶に入るくらいのサイズなら、貴族の服のどこにだって隠せますからね」
「ファントムに襲われた生徒は一度必ず、この保健室に運び込まれて治療と診察を受けます。その時にいくらでもチャンスはあるでしょう」
「あと、魔法の痕跡は無いというのも嘘ですよね? 診察した貴方なら、なんとでも言えるわけですから」
つまり、レノルの犯行をまとめるとこういう事になる。
・自ら作り出した分身を学院のどこかに潜ませる。
・その分身に生徒を襲わせて、個性を抜き取る
・抜きとった個性を生徒の服に隠し、分身は幽霊のように消える
(ファントムという名前を残す事で、分身魔法だと気付かれにくくする)
・保健室に運び込まれた生徒の服から個性を回収
・ファントムの手口を悟られないように魔法の痕跡は存在しないと嘘を吐く
「多くの罪のない生徒を襲撃し、その個性を奪って恋を破滅へと導いた【魔怪盗ファントム】は……アンタだ!! レノル・ミラージュ!!」
「クックククク……よくぞ見破ったな。大したものだよ、名探偵」
もはや取り繕う必要がないと判断したのか、レノル……いや、ファントムは笑いながら口角をつり上げる。
「開き直る、私がファントムだ」
「……そうか」
「まさか、君のような若者に正体を暴かれるとはね。だが、私は後悔していない」
両手を広げ、ファントムは狂気的な笑顔で高らかに叫ぶ。
「我が恨み、我が怒り、我が憎しみ!! あの忌まわしい事件から、私は変わったのだよ! だからこそ、生徒達に……」
ザシュッと言う斬撃音。
吹き出す血飛沫。
クルクルクルクルと回る、アリシア様の個性の入った小瓶を握りしめる腕。
「あ、あぁ!? あああああああああああああああああっ!!」
「いつまで、汚らしい手でアリシア様の個性に触れているんだ?」
ファントムから切り取った右腕を難なくキャッチし、俺は大切な小瓶だけを取って……残りの腕を床へ放り捨てる。
「スズハふぁいやー……ぼっ」
そこに追い打ちと言わんばかりに、スズハ様が炎の息を吐きつける。
腕は一瞬にして灰になりましたとさ。
「いだい、いだぁいぃぃぃぃぃっ!!」
「さて、と。じゃあ……長ったらしい推理ショーも終わりましたし。ケリをつけますか」
切り取られた腕を抑えながら、痛みに悶絶するファントムに向かって……俺は血の付いた刀の先端を突きつける。
「ま、待てぇっ!! ふざけるなっ! ふぅぅぅぅざぁぁぁぁけぇぇぇぇぇるぅぅぅぅぅなぁぁぁぁぁっ!!」
あらん限りの声で、唾液を撒き散らしながら叫ぶファントム。
「まだ私は何も語っていない!! なぜこんな真似をしたのか!! 動機を!! 目的を!! 私の心の闇を!!」
「興味ない」
「……は?」
「どうでもいいんだよ、そんな事」
ボウッと、俺の体から火が吹き出る。
メキメキと額からは角が伸び、口の中では牙が。
背中には翼、腰には尻尾……両手には鋭利な爪が伸びてくる。
「どうせお前はこの世から跡形もなく消えるんだからな」
「あ、あぁっ……!? やめっ、やめてくれぇっ!!」
「あぁんっ♡ このグレイ様……やっぱり素敵です♡」
しゅっぽぽぽぽぽぽぽぽぽーん!!
コロコロコロコロコロコロ……♡♡♡♡
「た、卵のバーゲンセールやぁ!! これはえらい量やで奥さん!!」
なんか後ろでスズハ様とイブさんが盛り上がっている気がするけど。
まぁ、それは後で構うとして。
「それじゃあファントム……さようなら」
俺は燃え盛る炎の刀を、ほんの少しも躊躇う事なく……
「いやだぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!! せめて、私の目的をぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
ファントムの頭上へと振り下ろした。
「けべぇっ!?」
【ファントムの命日まで残り0分】
※※※※※※※※※※※※※
こんなメチャクチャな展開で本当にすみません。
正直、不慣れな推理物とか手を出すんじゃなかったと激しく後悔しております。
もし少しでも面白いと思って頂けたら、いいねでの♡や★レビューしてくれると凹んだ心が癒やされます。
それと多分、次回の復活のアリシア様のちゅっちゅがその分激しくなります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます