第69話 謎は全て解けたようね
【オズリンド邸 アリシアの自室】
【ちゅっちゅモンスター】という個性を奪われ、俺との接触を照れて拒絶するようになってしまったアリシア様。
それ以外の部分はいつもと変わらないので、屋敷内での生活には何も支障が出ないと……思っていた時期が俺にもありました。
「あのね、グレイ。明日は起こしに来なくてもいいわ」
「……え?」
「寝起きの姿を見られるなんて恥ずかしいし……髪に触れられるのも、ちょっと」
「そう……ですか。では、朝のお世話はメイさんにお願いしておきますね」
「ええ、お願い。それじゃあ……おやすみ」
「おやすみなさいませ」
パタンと扉を閉じる。
いつもなら「ワタクシが寝るまでお話をして」とか「手を握っていて」と甘えてくるアリシア様が……ははははっ。
「死にたい」
俺はあまりのショックに廊下で崩れ落ちる。
あー……もう駄目だ。おしまいだぁ。
「きゃっ!? グレイさん!? 大丈夫ですか!?」
「うーあー……」
「大変! またちゅっちゅモンスターに襲われたんでしょうか?」
「メイさん、もうちゅっちゅモンスターはいないんですよ……うわへへへへ」
「グレイさんが壊れちゃったぁ……あれ? でも、今ならグレイさんにアピールできるかも……ああっ、駄目よ私! 傷付いたグレイさんの心に付け入るなんて……!」
「うーあーうーあー」
とまぁ、こういう具合で精神的なショックを受ける事もあったが。
いつまでも落ち込んでいるわけにもいかない。
「……ふむ」
俺は廊下で寝転んだまま『呼び出しの書』を使って、事件の資料を読む。
恐らくファントムは、生徒か職員の誰かだ。
その手がかりを掴まない事には……
「おーい、グレイ。そこ、邪魔だぞー。つーかメイちゃんも何してんだ?」
「いやんいやん、落ち込むグレイさんを部屋に招き入れたいだなんて! 私は何を期待しているのー!!」
「どいつがファントムなんだ……!」
「聞いてねぇし。旦那様に見つからないようになー」
その後も、何人かの使用人達が通りかかったが……
俺は結局立ち上がる気力が出ずに、ずっと『呼び出しの書』とにらめっこ。
「……もう朝か」
「グレイさん!? まだここで寝転んでいたんですか!?」
いつの間にかいなくなっていたメイさんが、アリシア様を起こしにやってくる。
ああ、その仕事は本来俺の役目なのに……
「……よいしょっと」
「あの、無理はしない方が」
「いえ、お気になさらず」
俺は立ち上がり、背伸びをする。
とりあえずシャワーを浴びてさっぱりしよう。
今日こそ、ヴォルデムでファントムを捕まえるんだからな。
「グレイ様、おはようございます」
「おはようございます、スズハ様」
浴室に向かう途中、スズハ様と遭遇する。
彼女も起きたばかりなのか、ネグリジェ姿だ。
「推理の方はどうですか? 私も昨晩、いろいろ考えてみたのですが」
「ボチボチですね。スズハ様は何か気付きましたか?」
「はい。普通に考えても分からないので、逆転の発想で考えてみる事にしたんです」
「逆転の発想?」
「えっと、こういう風に逆さになって……」
スズハ様はそう言うと、翼を広げて宙に浮く。
それからくるりと半回転して、天井に足を付けようとしたのだが……
「「あっ」」
バサッとネグリジェの下部分が重力に負けてぴらっと捲れてしまう。
その結果、中身がバッチリと俺の瞳に……
「……見ました?」
宙に浮くのをやめて、床に着地したスズハ様が顔を赤くして訊ねてくる。
さて、ここはどうするべきか。
スズハ様の名誉のためにも、ここは毅然とした態度で……
「み、みちぇないでしゅ……」
「見たんですね!?」
「……はい」
「はうっ!?」
すぽぽぽぽぽぽぽーんっ!
スズハ様のネグリジェの下から転がり落ちてくる大量の卵。
「……おひとつ、いかがですか?」
「頂きます……」
今朝のスズハ様の卵は産みたてという事もあり、とても美味しかったです。
「って!! 気付いた事はなんですか!?」
危ない、危ない。
スズハ様のアレを見てしまった事と、卵の件で大事な話を忘れるところだった。
「あっ、そうでしたね。その、私達は襲われた生徒達の共通点を探していましたけど……その逆に注目したんです」
「逆、ですか」
「はい。襲われた後……個性を失った生徒達の共通点です。犠牲者は全員、性格が別人のように大人しくなっているんですよ!」
「言われてみれば、そうですね」
フランチェスカ様も生意気じゃなくなり、しおらしくなった。
アリシア様も、性格が丸くなったように思える。
「女性的に言えば奥ゆかしくなった……とでも言いましょうか」
「奥ゆかしく……そういえば、個性を失った後に婚約者と破断したり、恋人と別れたりした生徒が何人かいたようです」
「本当ですか? でも、フランちゃんとアリシアは……」
「もしかすると、犠牲者の共通点は【恋】をしているかどうか……とか」
そう考えれば説明は付く。
その人の強い【個性】を失うという事は、ほとんど別人になる事と同義だ。
結果として婚約者や恋人が別人状態になって破局。
アリシア様とフランチェスカ様も、あれだけ好意を寄せてくれていた俺へのアピールを一切しなくなってしまった。
「……まぁ!! では今度は私が襲われてしまうかもしれません!」
「スズハ様が……」
「はい。だって私、こんなにもグレイ様がだぁいすきなんですもの♡ きゃっ、言っちゃいましたぁ♡」
尻尾をブンブン振って、嬉しそうに微笑むスズハ様。
こんなにも可愛らしい人に好かれて、俺はなんて幸せ者なんだろうか。
「だとすれば……あ、いえ。なんでもありません」
「いいえ、グレイ様。貴方が何を言おうとしたのかは分かります。私はそれに賛成ですよ」
どうやらスズハ様はお見通しのようだ。
俺が今、スズハ様を囮にしてファントムをおびき出す作戦を思いついた事を。
「ですが、危険です!!」
「グレイ様」
スズハ様は尻尾を俺の体に巻き付けて、自分の体の方へと引き寄せる。
そのまま彼女は両腕と翼を広げてから、俺を包み込んだ。
「……アリシアは恋敵である前に、私の大切な友人。そして私の大好きな貴方の恋人でもあるんです」
「スズハ様……」
「私は友を救う為ならば、大好きな貴方の恋人を救う為なら……命だって掛けられますよ?」
その瞳はとても力強く、強固な意志を秘めている。
俺が何を言おうとも、彼女の決意が揺らぐ事はないだろう。
「それに、グレイ様が守ってくださるんでしょう?」
「分かりました。スズハ様は私が絶対に守ります」
もう二度と、俺の周りの大切な人を傷付けさせはしない。
今日こそ、ファントムをぶっ殺してやる。
【ヴォルデム魔導学院 廊下】
貴族達の通う魔導学院。
ここにいる人間の大半が上流階級の者であり、品行方正。
みな、優雅に廊下を歩いている……はずだが。
「おらおらおらぁー! 私を誰だと思っていやがるんですかー!?」
そんな神聖な学び舎の廊下を、一人の少女が騒ぎながら歩いている。
彼女こそ、囮役を買って出た……
「グレイ様をちょーまじ愛してるスズハですよ!!!」
その頭には『グレイ様LOVE』と書かれたハチマキを。
服には『グレイ様愛死照龍! 夜露四苦!』とバカでかい文字。
さらに『グレイ×スズハは尊み深し』と書かれたゼッケンまで肩からかけている。
※全てリユニオール語です
「ひっ!? なんだアイツ!?(驚愕)」
「頭おかしいんじゃねぇのか!?」
「あの龍族……やべぇよ」
周囲の生徒達はドン引きしながら、スズハ様から距離を取る。
何もここまでやらなくてもいいと思うが……
「フッフッフッ! これで私がグレイ様に恋しているとファントムにアピールできますね!」
ご満悦な表情でスズハ様は校舎内を歩き回る。
そんな彼女を物陰から見守っているのが、俺とイブさんだ。
「スズハ様……やりすぎでは」
「ぐぬぬぬぬぬ! この役目、私がやりたかったです!! 私の方がグレイ君を超絶愛しているというのに!!」
なぜかイブさんが対抗意識を燃やしているし。
というか、壁を握り潰さないでください。
「おらおらおらぁー! グレイ×アリシアなんてもう古いんだよー! これからはグレイ×スズハを推すんだよー!!」
「「「ひぃぃぃぃぃっ!?」」」
見かける生徒や教員に片っ端から絡んでいくスズハ様。
と、その時。女性トイレから保健医のレノル先生が出てきた。
「わっ!? スズハさん? その格好は?」
「あ、保健医の先生。どうもおはようございます」
「……ずいぶんと個性的な格好ね」
「はいっ! 今日の私は愛の伝道師です!」
「よく分からないけど、騒ぐのもほどほどにね」
レノル先生は顔を引きつらせながら、廊下の奥へと進んでいく。
「ふぅー……騒ぎすぎて少し疲れちゃいましたし。ちょっとお手洗いに行きますか」
一方のスズハ様はブルッと体を震わせると、女性トイレの中に入っていく。
その後ろ姿を見た瞬間、何か嫌な予感が俺の脳裏によぎる。
そう、まるでアリシア様と別れたあの時と同じ――
「イブさん! 様子を見に行きましょう!」
「え? でも、まだファントムは……」
「いいから!」
俺は隠れていた物陰から飛び出して、女性トイレの中へと飛び込む。
するとすぐに、鏡の前のスズハ様と鉢合わせた。
「ひゃあっ!? グレイ様!?」
「スズハ様、ご無事ですか!?」
「無事ですけど……あの、流石に女性トイレに入るのはマナー的にどうかと」
スズハ様が腰に手を当てて、俺に注意をする。
その時、彼女の背後の個室が開き……何者かがスッと手を伸ばしてきた。
「危ないっ!」
「ほぇ!?」
俺はスズハ様を抱きしめるようにして押し倒す。
それによって、何者かの手は空を切る。
「おや、外れましたか」
くぐもった声。
女性のものにも、男性のものにも聞こえるが……
「お前がファントムか!!」
スズハ様を床に下ろしてから、俺は鞘から刀を引き抜く。
すると、個室の扉が完全に開き……一人の人物が出てきた。
「いかにも、私が魔怪盗ファントムだよ」
白い仮面。
黒いフードマントで姿を隠した人物が、自分をファントムだと名乗る。
「そうか、お前がファントムか……!」
「だとしたらどうするかね?」
「あ? もう終わってるよ」
「え?」
俺は刀を鞘に納める。
コイツが名乗った瞬間、俺はもうすでに一閃を放っていた。
「ぐあぁぁぁっ!?」
体の中央から、左右真っ二つに切り裂かれるファントム。
無様な悲鳴を上げて、死ん……
「なっ!?」
次の瞬間、ファントムの姿を覆い隠していたフードマントがくしゃりと床に落ちる。
それに続いて割れた仮面がカランカランと音を鳴らす。
しかし、肝心の真っ二つになったはずのファントムの死体が消えている。
「グレイ君!! ファントムがいたんですか!?」
ワンテンポ遅れてイブさんがトイレに入ってくる。
俺はすぐにフードマントを掴んでみるが、やはり中身は消えていた。
「はい……たしかに両断したはずなんですけど」
「幽霊みたいに消えちゃいました……」
スズハ様も目の前で起きた事が信じられないという顔をしている。
俺だってそうだ。たしかに手応えがあったはずなのに。
「血も出ていないなんて」
「もしかして、本当に幽霊が相手なのでしょうか」
「……」
俺は刀を鞘から抜いて、刀身を見てみる。
血の跡はない。つまり、俺が斬ったのは人間じゃない……のか?
「妖刀ちゃん。聞こえるか?」
『……ん~? なぁに~?』
「今、斬ったファントムの能力は奪えたのか?」
『奪えていないよ。残念でしたぁ』
「……」
能力すら奪えていない。
という事は……アレは幻覚か何か、なのか。
「……待てよ」
もしかして、ファントムの正体ってアレなんじゃないか?
だとすれば今までの引っ掛かりも、全て説明が付く。
「グレイ様……何か分かったんですか?」
「はい。分かりました」
ヴォルデム魔導学院に出没し、生徒から個性を奪う『魔怪盗ファントム』
その目的、手段、正体。
それら全てが……今、俺の中でつながった。
「真実は解けました!!」
『魔怪盗ファントム』の正体はあの人だ!!
【魔怪盗ファントムの命日まで残り1日】
※推理物とか苦手なんでトリックがガバガバなんです
※アリシア様とグレイ君がちゅっちゅするので許してください
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