第68話 恥ずかしいんですもの


【ヴォルデム魔導学院 理事長室】


「グレイ君よ。これがファントムの起こした事件に関する資料じゃ」


「助かります」


 理事長室に到着した俺達は、アドルブンダ様から資料を受け取る。

 それなりの件数の事件が発生しているらしく、かなり分厚い。


「それにしても、まさかフランちゃんとアリシアちゃんまで犠牲になるとはのぅ」


「……油断していた私が悪いんです」


「グレイ君、それを言うなら私も同じです。休みだからといって、理由にはなりません」


「ふむ。二人とも、主を守れなかった事を悔いておるようじゃな。しかし今は落ち込むよりも捜査が優先じゃぞ」


「「はい」」


 アドルブンダ様の言う通りだ。

 俺達は頷くと、手分けして資料に目を通していく。


「……最初に事件が発生したのは約四ヶ月前か」


「はい。グレイ君とアリシア様が登校を再開する以前から、ファントムは学院を騒がせていました」


 その間に、数十件もの事件が発生している。

 ファントムの奴、どうしてそんなにも人の個性を集めているのだろうか。


「襲われた人達の共通点……これだけ多いと見つかりませんね。学年も性別も、一定の法則があるわけでもありませんし」


「事件が発生した場所も、盗まれた個性もバラバラですし……」


 資料を読みながら唸るスズハ様とイブさん。

 たしかに、襲われた生徒に共通点は見られない。


「……まさに幽霊のようだな」


 休み時間。授業中。放課後。

 ありとあらゆる時間、どこからともなく出現して被害者を襲う。


「……ん?」


「グレイ様、どうかしましたか?」


「いや、ちょっと気になる事があって」


 事件の資料を読み込んでいると、俺はとある事実に気付いた。

 それが重要な情報になるのかどうかは分からないが……


「ファントムは神出鬼没だというイメージですけど、それはあくまでも逃げ去る時だけなんですよね」


「へ? どういう意味ですか?」


「どの事件でも、ファントムは物陰から姿を現しているようです。つまり、被害者を待ち伏せのように襲っている。もしも自由自在に姿を消せるのなら、コソコソと隠れている必要はないでしょう」


「言われてみればそうじゃな。つまりファントムが幽霊のように姿を消したり、ワープが出来るのは逃げる時だけ……」


 だからなんだ、と思われるかもしれないが。

 どうにもこれは重要な手がかりのような気がしてならない。


「……むむむむっ! ハッ!?」


「スズハ様、何か気付いたんですか?」


「はい。あの、襲われた生徒達の中から共通点を探していましたけど……冷静に考えると、彼らには重要な共通点がありました!」


「おお! それは一体?」


「はい。襲われているのが生徒だけだという事です!! 教員やスタッフは一度も襲われていません!!」


「……たしかに!」


 ここが学院だから、つい見落としていたが……言われてみればそうだ。

 ファントムは生徒の個性しか奪っていない。


「理事長を始めとして、ここの教員は個性的な人が多いのに」


「ほっほっほっほっ! 儂らは強いからのぅ」


「強さでターゲットを決めているのなら、アリシア様は襲われないと思いますが」


 アリシア様の魔法の腕前は教員レベルだからな。

 それはこの学院にいる者なら周知の事実のはずだ。


「……つまり、犯人には教員を襲えない理由があると?」


「もしくは、生徒の個性にしか興味がない……とか」


 いずれにしても、犯人の目的は【個性】を奪う事じゃなくて【生徒の個性】を奪う事だと考えて良さそうだ。

 そうなると調べるべきは……


「アドルブンダ様、生徒と教員全員の名簿を頂けませんか?」


「事件の調査の為ならば構わぬが……かなりの量になるぞ?」


「構いません、全て目を通します」


「分かった。ならば……ほれ、これを受け取るといい」


 ローブの袖から一冊の本を取り出すアドルブンダ様。

 それは古ぼけたカバーで、タイトルも何も書かれていない。


「これは『呼び出しの書』と言ってな。たとえば……『ヴォルデム魔導学院の教員名簿』と言えば」


 アドルブンダ様が呟くのと同時に、本の表紙に文字が浮かび上がる。

 そこには『ヴォルデム魔導学院の教員名簿』と書かれていた。


「これは事前に登録している書物の名称を唱えるだけで、その本となる魔本じゃ。これなら家に持ち帰っても読めるじゃろう」


「お心遣いに感謝します」


 俺は呼び出しの書を受け取り、中をパラパラと捲る。

 たしかにアドルブンダ様の言う通り、職員に関する情報がいろいろ書かれていた。


『ガドモン・ドゥラメンス』

・53歳 

・元魔法歴史学教授

・催淫魔法のスペシャリストで幾つもの魔法特許を持つ

・入院中、病院で何者かによって刺殺される


※以下詳細なプロフィール


『レノル・ミラージュ』

・67歳

・保健医

・かつては王立魔法病院で外科医として勤めていた

・分身魔法を臓器移植に応用した第一人者


※以下詳細なプロフィール


『ディグダ・ブル』

・47歳

・清掃員

・元教員だったが、生徒への暴行事件で免職

・地属性の魔法を得意とし、学院の改修工事に協力した事もある


※以下詳細なプロフィール


『アドルブンダ・スバルア(月煌のアドルブンダ)』

・年齢はひみちゅ

・格好いい

・偉大なる理事長様

・威厳たっぷり

・世界に七人しかいない七曜の魔導使いなんじゃよ

・現国王ナザリウスともマブダチ

・弟子はアリシアちゃん(もっと真面目に修行してほちぃ)

・好きなものはバナナ(えっちな意味じゃないよ?)

・ただいま彼女募集中(できれば美少女がいいのぅ)

・おっぱいよりはお尻派……じゃ!


「……頭が痛くなってきた」


 バタンと本を閉じる。

 いや、大事な資料なのは分かるんだけどさ。


「なんじゃなんじゃ、ここからがいいところなのに!!」


「えー……『ヴォルデム魔導学院生徒名簿』」


 一応、確認の為に今度は生徒名簿を呼び出しておく。

 表紙の文字が入れ替わったのを確認し、もう一度開いてみる。


『フランチェスカ・ルヴィニオン』

・初等部5年生

・10歳

・騎士『イブ・ハウリオ』

・魔法レベルB+


※以下詳細なプロフィール


『イブ・ハウリオ』

・20歳

・主人『フランチェスカ・ルヴィニオン』

・ジャパンの血筋を持つ忍の一族

・様々な忍術に加え、薬物をも使いこなす


※以下詳細なプロフィール


『アリシアちゃん』

・高等部三年生

・18歳

・儂の弟子(可愛い!!)

・好きな人はグレイ君らしいのぅ

・騎士はグレイ君!

・魔法の才能はピカイチ! いずれ儂を越えるかものぅ!!

・グレイ君と結婚する為に頑張っているんだけどマジでエモすぎ~!!


『グレイ君』

・18歳

・主人『アリシアちゃん』

・ちゅよい

・え?何この平民……強すぎ?

・アリシアちゃんとのラブラブちゅっちゅが大好きらしい

・アリシアちゃんとの間に可愛い娘が出来たら、いずれ儂の嫁に貰えんかのぅ

・グラントを殺したのスッキリしたぞい



「……アドルブンダ様?」


「ほっほっほっ!! ちょっとした遊び心じゃよ」


「ほわ!? これ、私のスリーサイズまで記載されているじゃないですか!」


「勿論じゃよ、イブちゃん。服の上からでも儂の目は誤魔化せん!!」


「死ね!!」


「ぎゃあああああああああああ!! 目がぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 イブさんがアドルブンダ様に目潰ししたのはいいとして。

 この名簿にはかなり詳細な情報が記載されている。


「それじゃあ、これは借りていきますね」


「あああああああああああああああああああああ!」


「じゃあ、スズハ様、イブさん。行きましょう」


「「はーい!」」


 ゴロゴロと転がるアドルブンダ様を置いて、俺達は理事長室を出ていく。

 そろそろアリシア様も目を覚ます頃だろう。

 資料も貰ったし、ここは一度屋敷に帰るとするか。


【ヴォルデム魔導学院 保健室】


「先生、アリシア様の具合はどうですか?」


 保健室に入ってすぐに、俺は保健医のレノル先生に訊ねる。

 彼女はコーヒーを飲むところだったのか、猫マークのマグカップを片手に椅子の上に腰掛けていた。


「あら、戻ってきたのね。彼女なら目を覚ましたわよ」


「グレイ……?」


「ああ、アリシア様! 大丈夫ですか?」


 ベッドで横になりながら、力なく声を発するアリシア様。

 ちなみに隣のベッドはすでにもぬけの殻だ。

 フランチェスカ様は使用人達が連れ帰ったのだろう。


「大丈夫よ……心配を掛けたわね」


「いえ、こちらこそお守りできずにすみません」


「いいのよ。油断したワタクシが悪いのよ」


 頭を抑えながら、体を起こすアリシア様。

 その目はチラリと俺を見たが、すぐに視線をスズハ様へと移す。


「……スズハ、ワタクシがいない間にグレイに手を出していないでしょうね?」


「残念ながら手を出して貰えませんでした」


「そう、ならいいわ」


 アリシア様はベッドから完全に立ち上がる。

 しかしまだ足元がおぼつかないのか、ふらりと体勢を崩す。


「アリシア様!」


 すかさず俺はアリシア様を抱きとめようとする。

 だが……


「やぁっ!!」


「……え?」


 パシンと俺の差し出した手が弾かれる。

 アリシア様が俺の手を、払い除けたのだ……


「切腹します」


 俺は刀を鞘から抜くと、その刃の先を腹へと触れさせる。

 しかし、その手はイブさんに止められた。


「早まってはいけません!!」


「うあああああああ!! 離してくださぁぁぁぁぁい!!」


「ご、ごめんなさい!! 違うの、これは……!」


 動揺する俺に対し、アリシア様がおろおろと慌てている。

 そんな彼女を見て、スズハ様が何かに気付いたように声を上げた。


「もしかして、グレイ様に触れられるのが嫌なんですか?」


「嫌というわけじゃないの。ただ、その……恥ずかしくて」


 カァァァァァァァッと顔を真っ赤にして、アリシア様がそっぽを向く。

 これって、つまり……


「あの、アリシア。もしかしてグレイ様と手をつなぐのも?」


「そ、そんなの無理!! 絶対に無理!!」


「死のう」


「わー!!! だから刀から手を離してくださいってば!!」


「えーっと、じゃあ抱きつかれるのは?」


「考えただけで頭がフットーしちゃいそうだわ!!」


「なら、ちゅっちゅは?」


「ちゅっちゅぅっ!? ワタクシを妊娠させるつもりなわけ!?」


「「「…………」」」


「ああ、ハレンチよ! ハレンチだわ!! 爛れているわ!! ワタクシはそんな淫乱ドスケベビッチじゃないのよ!!! 結婚前にそんなえっちな行為をするわけがないでしょう!!」


 両手を頬に当てながら、いやんいやんと首を振り続けるアリシア様。


「……そうか、これが【ちゅっちゅモンスター】の個性を奪われたアリシア様か」


「グレイ……君?」


「は、ははは……参ったなぁ。いつもアリシア様からのアタックに頭を悩ませていたけど、拒絶されるとなると……こんなにも辛いのか」


 冷静にならなきゃいけないのは分かっている。

 でもさ、今までずっとイチャラブちゅっちゅしてきた俺の女が……こんな風に変えられちまってさぁ。

 我慢しろっていう方が無理だろうが。


「ひっ……!? は、犯人には同情しますよ……」


「私もです……ああでも、今のグレイ様も格好いい」


「グレイ……ごめんなさい」


「あはは、大丈夫ですよ。さぁ、一旦帰りましょう。先生、ありがとうございました」


「え、ええ……気を付けて帰ってね。貴方の殺気でヒビ割れた床と壁の修繕費は、理事長に請求しておくから」


 冷や汗をダラダラ流して怯えるレノル先生に挨拶をして、俺達は保健室を出る。

 その間もアリシア様はずっと、俺から距離を取り続けていた。


「うぅっ……大好きだけどぉ、触れ合うのは無理ぃ」


「(うがあああああああああああああああああああああああああああああっ!!)」


 ああ、俺の理性……逆の意味で、持つのかな。

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