第61話 だって、つまらないじゃない

【龍族の里 ワルゲルス邸 食堂】


「ふぅ、一時はどうなるかと思いましたよ」


 ドラガン様との決闘を終えた直後、すっかり発情状態となったスズハ様に追いかけられ続ける事……数十分。

 アリシア様がスズハ様を氷漬けにしてくれたおかげで、俺は貞操を守り抜く事ができた。


「あひゃー。ひんやりして気持ちいいですー」


 アイスブロックに体を閉じ込められて頭だけ出している状態のスズハ様。

 今は無事に正気へと戻り、その涼しさを堪能している。


「それなりに強めに冷やしたのに、ケロっとしているわね」


「アリシア様ぁ、もっと強くしてくださってもいいですよー」


「はいはい。分かったわよ」


「あひぃー」


「……我からすれば、地獄のような状態なのだがな」


 冷気を強められてうっとりとしているスズハ様の姿を見て、冷や汗を浮かべるドラガン様。寒さが大敵な龍族だから、この反応も仕方ないか。


「あーあ、お兄さんが龍化している間に、色々とやりたかったなー」


「背中に乗せてもらって、空を飛んだりしたかったですね」


「その機会はまた今度という事で」


 そうそう。今の俺はすでに龍化を解いて元の姿に戻っている。

 ちなみに龍化した際の翼と尻尾で服に穴が空いたので、今は予備で持ってきていた服に着替え終えている。


「ドラガン殿、感謝するわ。貴方のおかげでグレイはさらなる強さを引き出せましたわ」


「……我はただ全力で戦っただけだ。礼を言われるような筋合いはない」


 そう答えてから、ドラガン様は俺の顔に目を向けてきた。


「グレイ殿は本当に強い。貴公ならば、我が妹を託すに相応しい男だと……思っていたのだがな」


「ドラガン様……」


「スズハよ、許せ。我の力が及ばなかったせいで……」


「兄さん、自分を責めないで。私は気にしていないから」


 酷く落ち込んでいるドラガン様をスズハ様が慰める。

 しかし、その程度ではドラガン様の気が晴れるはずもなく。


「何を言う! 我が負けたせいで、お前はグレイ殿と結婚も出来ず……さらにはアリシア殿の従僕となるのだぞ!!」


 継承戦での条件。

 アリシア様が勝てば、スズハ様の身柄は貰うというものだ。

 その条件も加わったからこそ、ドラガン様はあれだけ死に物狂いで俺と戦ったのだろう。


「想い人の傍で、その想い人と結ばれた女性に仕えるなど……どれほど辛いか」


「あー……ドラガン様。それについてなんですけど、説明をさせて頂いても?」


「説明、だと?」


 前に説明をしようとした時にはアリシア様から止められたからな。

 遅くなってしまったが、今からちゃんと事情を話さないと。


「アリシア様はスズハ様を従者や下僕にするつもりなんてありませんよ。ただ、龍族の里から連れ出して……オズリンド邸で引き取ろうというお考えなのです」


「スズハを、オズリンド邸で……ハッ!?」


 そう、ドラガン様もようやく気付いてくれたようだ。

 スズハ様は龍よりも人に近い体を持つ龍人のハーフで、この龍族の里の環境に耐えられずに体調を崩し続けていた。


「そうか。スズハを人の世で暮らさせる為に……なるほど。我を倒したグレイもいる場所ならば、里の者達も反対はするまい」


「そういうこと。ま、タダで住まわせるのもアレだから……ワタクシの野望の為に色々とお手伝いをしてもらう事にはなるでしょうけどね」

 

「……しかし、なぜだ? スズハはアリシア殿にとっても恋敵のはず。継承戦の権利を使えば、ライバルを排除出来るだろう?」


 ドラガン様のご指摘はごもっともだ。

 実際、これがフランチェスカ様やイブさんだったら……


「だよねー。姉様ったらお人好しすぎてきもーい」


「これだけの強敵を放置するとか……はぁ、本当につっかえ!!」


 とまぁ、こういう反応になるだろう。

 でも、アリシア様を良く知る俺なら……その理由が分かる。


「つまらないじゃない」


「は?」


「そんな制約を課さなくても、ワタクシはワタクシの魅力だけでグレイを手に入れてみせる。だから、誰が相手だろうと、どんな恋敵が現れようとも関係ありませんの」


 圧倒的な自信を秘めた笑みで、アリシア様が宣言する。


「グレイはワタクシのモノよ。誰にも渡さないわ」


「……クハハッ、叶わぬわけだ。我如きとは器が違う」


「気付くのが遅かったですわね。ワタクシ、最強ですのよ?」


 扇子を口元に当てて、クスクスと笑うアリシア様。

 ああ、これだけ素敵な女性に……こんなにも愛されて、俺は本当に幸せ者だ。


「アリシア殿、グレイ殿。スズハを……我の妹をよろしく頼む。そしてスズハよ……一つだけ、お前に頼みがある」


「なんです?」


「お前がこれから挑む相手は強敵だ。生半可な気持ちでは、グレイ殿を奪い取る事など不可能だろう」


「……」


「しかし、決して諦めるな。この兄さえも打ち破ったアリシア殿を……お前が倒すのだ」


「はいっ! 必ず、勝利してみせますね!」


 兄から妹へと託される想い。

 うーん。スズハ様がアイスブロックに入っていなければ、感動的な光景なんだが。


「表向きは龍族と人間の交流を兼ねた留学という事にしておくわ。そうすれば、ヴォルデムにも通う事が出来るでしょうし」


「それはいいですね。学院にはファラ様やリムリス様もいらっしゃいますし。スズハ様にもいっぱいお友達が出来ますよ」


「お友達……私に?」


「はい。皆さん、とっても良い人ばかりです!」


「まぁ、それは楽しみです」


 王都では龍族は好奇の目を向けられる事になるだろうが、アリシア様をはじめとした御学友達がいれば問題はない。

 これまでの引きこもり人生を取り戻すように、楽しい青春を過ごせるだろう。


「ふーん? まぁ、学院に通うのはいいと思うんだけどさぁ」


「スズハ様って……結構なご年齢なのでは?」


「……えへっ♡」


 いやまぁ、そこは気にしなくていいんじゃないかな?

 どう見ても18歳くらいの美少女にしか見えないし。


「何はともあれ、これで一件落着ね。スズハさんは助かったし、ワタクシ達は継承順位を上げて……グレイを強化する事も出来たんだから」


「はい、そうですね」


「さっきのお兄さん、すっごく格好良かったもんねー! ますます惚れちゃったよー!」


「アレは妖刀の力。つまり妖刀を手に入れる協力をした私のお手柄。ようするにあのグレイ君の所有権は私にあるという事では?」


「グレイ様、またあの姿に変身してくださいませんか?」


「み、皆さんちょっと落ち着いて!!」


 みんなから一斉に話しかけられ、俺は少し慌てる。

 でも、こうやって楽しく話せるのは……


『キミ、何か忘れてない?』


「……あ、れ?」


 ドクンと心臓が激しく脈打つ。

 そして俺の眼の前の景色がぐにゃりと歪んでいく。


『代償を払って貰うよ』


 全身から力が抜けて、立っていられない。


「「「「「……!!」」」」」


 みんなが、俺の名前を呼んでいる気がする。

 でも……ごめん。

 だめだ、なにも……かんがえ……


【???】


「おーい、起きなよ」


 ぺちぺちぺちぺちと、頬を叩かれる音と痛みがする。


「うっ……ここは?」


 俺はゆっくりと目を開き、くらくらとする意識を覚醒させていく。

 そして、自分が仰向けに寝転んでいるという事に気付いた。

 いや、それだけじゃない。

 俺のお腹に跨るようにして……座っている誰かがいる。


「ようやく起きたね。遅いよ、まったく」


「君は……?」


 その人物の正体は小さな少女だった。

 黒い髪を耳の横でおさげ二本結びにして胸元に垂らしている彼女の服装は、前に温泉宿で見かけたジャパンの衣装……着物にそっくりだ。


「まだ分からないのか? それでワタシの主とか、やる気あるの?」


「その声と口調……まさか!?」


「ぴんぽーん。そう、ワタシこそが世界最凶最悪の妖刀だ!」 


 この可愛らしい女の子が、俺の使っている妖刀だって……?


「あの童貞の刀鍛冶さんが作った妖刀か?」


「……父の話はしないで。正直、複雑な心境だから」


「あ、はい」


 このくらいの年頃の女の子は気難しいからな。

 触れないでおいた方が良さそうだ。


「それより、ここは一体どこなんだ?」


「ここはお前の心の中。今お前は意識を失って、精神の世界に来ている」


 ああ、そういう系か。

 どおりで真っ白で何もない空間だと思った。


「精神世界というのは分かったけど……」


 どうして俺が精神世界に呼ばれたのかが分からない。

 そしてなぜ、俺の前に妖刀さん……妖刀ちゃん?がいるのか。


「言っただろ? ワタシの能力を使うには代償が伴うって」


「そういえば、そんな事を……」


「だから、その代償を今すぐ貰うよ」


「え?」


「いただきます」


 かぱっと小さな口をめいいっぱい開く妖刀ちゃん。

 彼女はそのまま、俺の首筋に口を近付けると……


「がぶーっ!!」


「ぐぁっ!?」


 思いっきり歯を突き立てるようにして噛みついてきた。


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