第60話 これは美味しそうな卵ね

【龍族の里 中央広場】


 絶体絶命のピンチで覚醒した妖刀の力。

 『斬った相手の能力を奪う』という能力によって、俺は危機を脱する事が出来た。


「まさか、グラントで命拾いする事になるとは……なんかショックだ」


『ショックを受けている場合じゃないでしょ。ほら、相手はまだやる気だよ?』


 妖刀さんの言うように、尻尾を斬られてもなおドラガン様の覇気は衰えていない。

 

「グルァァァァァァァァッ!!」


 それどころか怒り心頭といったご様子。

 でも、尻尾がなくなった事で戦力は削れたはず……と思ったのも束の間。


「グルルルガァァァッ!」


 ズリュンッと、切断面から新たな尻尾が生えてくる。


「嘘でしょ……そんなんアリかよ」


 まさかの再生能力。

 ちくしょう、やっとの思いで切り取ったというのに。


「でも、俺には妖刀の能力があるんだ!」


 これまでに切断した相手の能力を駆使すれば、ドラガン様にも太刀打ち出来る。

 というわけで、俺が過去に斬った事のある相手を思い出してみよう。


「えーっと……ジータスとグラント」


『……』


「ジータスの能力って、何?」


 ジータス戦を振り返る。

 えっと、なんか色々とやってきたけど……全部が中途半端で。

 めっちゃ呆気なく倒したんだっけか。


『判断が遅くなるという能力みたいだよ』


「なんだよそれ!? いらねぇ!!」


『じゃあ、この記録は消しとく?』


「ああ、そうしておいてくれ」


『でりぃとでりぃと。ジータスをでりぃと』


「……おわっと!?」


 俺が妖刀さんとやり取りをしていると、炎の火球が飛んでくる。

 どうやら、再生を終えたドラガン様が攻撃態勢になったようだ。


「そういや、ジータスも炎を使ってきたっけ!」


 サラマンダーの牙か何かを使った双剣。

 あんなチンケな炎とドラガン様の吐き出したブレスの威力は段違いだ。

 だって、躱した火球が直撃した地面……ドロドロに溶けちゃってるもん。

 あんなのが直撃したら骨も残らないぞ。


「どうすりゃいいんだ……!」


 またグラントを出して盾にするか?

 いや、ドラガン様は同じ手が二度通用するような相手じゃない。

 というか、あのブレスの前にはグラントなんか盾にもならないだろう。


「グルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……」


「アレは!?」


 ドラガン様の全身から溢れ出した炎が、炎の渦となって口元に集まっていく。

 それは誰の目から見ても、超大技って感じだ!


「だめぇっ! 兄さんっ!!」


 その時、遠くからスズハ様の叫びが聞こえてくる。


「こんな場所で、本気のブレスを放ったら……!」


 そうだ。あの技をまともに受けられない以上、俺は回避に専念するしかない。

 だが、そうなった場合……周囲の観客や、龍族の里そのものが崩壊しかねない。


「グギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」


「兄さん……!! 私の声が聞こえていないの!?」


 スズハ様の呼びかけを受けても、ドラガン様は特大ブレスの準備を止めない。

 それどころかむしろ、その威力はどんどん増していくようだ。


「「「「「に、逃げろぉーっ!!」」」」」


 この異常事態を見て、観客達は我先にと逃げ出していく。

 大人も子供も、屈強な龍族の戦士達も……ドラガン様の強さを知る者は全員。

 こうして残ったのはアリシア様、フランチェスカ様、イブさん、スズハ様だけだ。


「どうやら我を忘れているみたいね。グレイが尻尾を切断したせいかしら?」


「アリシア様! 何を悠長な……!! 貴方もグレイ様に力を貸して、兄さんのブレスを防いでください!!」


「嫌よ」


「はい!?」


「そんな真似したらグレイの負けになるじゃない」


 ああ、そうだとも。

 ここは俺の力でドラガン様のブレスを防ぎ、倒さなければならないんだ。


「無理です! 人の身であの攻撃を防ぐなんて!!」


「いいえ、グレイなら出来るわ。スズハ、貴方もグレイの妻を目指すというのなら……彼を信じなさい」


「っ!」


 アリシア様はこの状況でも、なおも俺を信頼してくれている。

 ならば、ここで応えなくちゃ男じゃないよな!


「っしゃあ!! 受け止めてやる!!」


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」


 過去一番のバカでかい咆哮。

 そして、ようやく完成した太陽の如き火焔球が吐き出される。


「……これ、死ぬな」


 直感じゃない、これは確信だ。

 この一撃を俺は受け止める事が出来ない。

 今まで、騎士の修行を続けてきた俺には……この先の結末が手に取るように分かる。


『いいえ、死なないわ。よく思い出して』


「え?」


『貴方はさっき、何を斬ったのかを』


「!!」


 妖刀さんのヒントで俺が閃いた直後。

 ドラガン様の放った火焔球が俺の体に直撃した。


「お兄さんっ!!」


「そんな……!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! グレイ様ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 炸裂した瞬間、爆裂音とともに巨大な火柱が巻き起こる。

 あまりの熱に地面はクレーター状に深い穴を作り、熱で膨張した空気が突風のように龍族の里に吹き荒れていく。

 

「……グレイ」


 その爆心地とも言える中央で、ブレスの直撃を受けた俺は文字通り、跡形もなく消し飛ぶ……はずだった。


「なぁにその姿。格好いいじゃない」


「……グルァッ!?」


 炎の柱から飛び出した一つの影が、雄々しい龍の翼を広げる。


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 その手に刀を握りしめ、まっすぐにドラガン様へと滑空していく影の正体。

 それはドラガン様の能力である『龍化』を発動させた俺だ。


「終わりですっ!!」


「グッ、ガッ……!? グァァァァァァァァァァァァァァッ!!」


 全身全霊の力を込めて、俺はドラガン様の背中に刀を突き立てながら踏み潰す。

 強靭な鱗さえ突き破り、貫通した刀は地面へと刺さっていく。


「ギャオ……!」


「動かないでください」


 俺は刺した刀でドラガン様を固定したまま、右手から伸びる龍の爪をドラガン様の首筋へと押し当てた。


「……俺の勝ちですよね?」


「…………」


 ドラガン様は自分の敗北を悟ったのか、コクリと頷く。

 どうやら刀の一撃ですでに正気に戻っていたようだ。


「ぐっ……!!」


「ドラガン様!! 無理に引き抜かない方が!!」


「いや、これくらい大丈夫だ」


 ドラガン様は尻尾を使って、自らに刺さる刀を起用に引き抜く。

 それと同時に、龍化していた体が徐々に縮んでいき……元の竜人の姿へと戻る。


「……やられたよ。まさか、ここで龍化とはな」


「あはは、自分でも驚いています」


 あの時、土壇場で俺が閃いたのは『ドラガン様の尻尾を斬った』という事。

 それでもしやと思い、念じてみたら……この姿になっていたのだ。


「人が龍化すると、そのような姿になるのか。まさにスズハと瓜二つよ」


「そうでしょうか?」


 ペタペタと触ってみると、今の俺の額からは龍の角が伸びている。

 背中の翼と腰元から生えている尻尾。

 スズハ様との違いは両手から伸びる龍の爪くらいだろうか。


「よもや、全力を出して負けるとは。見事だ……グレイ殿」


「俺も必死でした。貴方がもしも理性を失っていなければ、勝負は分かりませんでしたよ」


「どういう事だ?」


「ブレス攻撃です。私はあの時点で満身創痍でしたけど、ドラガン様のブレスで発生した熱を吸収して回復出来たんですよ」


 そう。龍と化した俺は、あの凄まじい熱を吸収する事で力に変えた。

 だからこそ最後の最後で、あれほどの一撃を放てたんだ。


「そうか。あんな大技を使わずとも、肉弾戦ならば勝てていたかもしれん」


「はい。ギリギリでした」


 俺は片膝を突いているドラガン様に手を差し伸べる。

 ドラガン様は微笑みながら、その手を取って立ち上がった。


「グレイ!! よくやったわ!!」


「わー! お兄さん、すっごい格好だよー!!」


「竜人状態のグレイ君も、これはこれでイイですねぇ」


 決着が付いたという事で、アリシア様達も駆け寄ってくる。

 全員、俺の勝利をとても喜んでくれているようだ。


「グレイ、勝利のご褒美にちゅーしてあげるわよ」


「それは何よりのご褒美で……え?」


 そしてアリシア様がいつものように、俺に抱き着いてこようとした瞬間。

 バビュンッと物凄い速さで何かが、俺とアリシア様の間に割って入る。


「はぁっ……はぁっ……♡ はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ♡」


「ス、スズハ様!?」


 その何かとは、龍の翼を広げたスズハ様であった。

 彼女はどこかおかしな様子で、息も荒く顔も上気していて……何よりも、目が巨大なハートマークになっている。


「ぬぅっ!! いかんっ!!」


「ど、どうしたんですかドラガン様!?」


「今のグレイ殿は……完璧なのだ!!」


「「「「はい?」」」」


 ドラガン様の言葉に、俺とアリシア様達の声が同時にハモる。

 完璧とはどういう事だろうか?


「ただでさえ、グレイ殿はスズハ好みの容姿なのだ。それなのに、龍族の角、翼、爪、尻尾などを生やしたらどうなる!?」


「「「「あっ」」」」


「格好いい……♡ しゅきです♡ 番になって欲しいです♡ 貴方の遺伝子が欲しいです♡ 貴方の子供を産みたいです♡ 産ませて産ませて産ませてぇ♡」


 スズハ様の呟きと同時に、スポポポーンという音。

 そしてスズハ様のスカートの中から3つの白い塊が落ちてきて、コロコロコロと転がっていく。


「た、卵!?」


「ハァハァハァハァハァハァハァハァ……♡ 次に産む卵には……貴方の命の種を注いでぇ♡」


「いぃぃぃぃっ!?」


 俺は慌てて翼を羽ばたかせ、空へ逃げる。

 だが、空を飛べるのはスズハ様も同じだ。


「待ってくださぁい♡ 愛しいグレイ様ぁ♡」


「おわぁぁぁぁぁぁっ!?」


 空で始まる追いかけっこ。

俺は捕まらないように必死に逃げるが、いかんせん飛行に慣れていない。

このままでは捕まってしまう!!


「産まれた卵、どうすればいいの?」


「目玉焼きにしちゃいましょうか」


「え? そんな事をしても大丈夫なのかしら?」


「構わぬ。発情期の龍族が産んだ無精卵は栄養抜群で美容効果もあるという」


「あら、それはいいわね。じゃあ遠慮なくご馳走になりましょう」


 卵を囲んでワイワイと談笑しているアリシア様達。 


「いやいやいや! 助けてくださいよー!! うぐぉ!?」


「あはぁっ♡ つぅかまえた♪」


「ああああああああああっ!」


 こうして、二回目の継承戦……俺とドラガン様の決闘は終わった。

 終わったんだけど……


「助けてくださぁぁぁぁぁい!!」


「はぁ、しょうがないわね」


 なんだが締まらないなーって思いました。

 いや、いつもの事かもしれませんけど。





<<継承戦(二回目) アリシア(19位)VSドラガン(15位)>>

【勝負方法】

・アリシアの騎士グレイとドラガン本人による一騎打ち

【勝者報酬】

・スズハの身柄(アリシア側)

・グレイとスズハの結婚(ドラガン側)

【決着】

・グレイが一騎打ちを制した事により、アリシアの勝利

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る