第59話 まだまだこんなものじゃないでしょう?
【龍族の里 中央広場】
「「行くぞっ!!」」
俺とドラガン様。二人の掛け声と同時に決闘が始まる。
「ぬぅんっ!!」
「はぁっ!!」
俺が振り上げた刀と、ドラガン様が振り下ろした斧が激しくぶつかり合い、その衝撃波が天へと登り……晴れ渡っていた空で雷鳴を鳴らす。
「っ!?」
重い。
まるで巨大な岩を斬り付けたような手応えだ……!!
「ほう? 人間にしては凄まじい力だ……だがっ!!」
「ぐぁっ!?」
衝突で押し負けた俺は後方へと弾き飛ばされ、バランスを崩してしまった。
マズイ、このままだと追撃を受ける。
「ガラ空きだぞ!」
ドラガン様は続けて、横薙ぎに大斧を振り抜いてくる。
俺はあえて地面に突っ伏すように這いつくばり、その攻撃を紙一重で回避。
「うらぁっ!!」
攻撃直後の隙を狙ってドラガン様に足払いを放つ。
今なら無条件で当たる……と思いきや。
「甘い!!」
ドラガン様は両翼を広げ、宙に浮かぶ事で足払いを避ける。
そんなのアリかよ!!
「はぁっ、はぁっ……」
「いい反応だ。パワー、スピード、機転……どれを取っても見事」
軽く滞空した状態で、ドラガン様は俺を見下ろす。
まだまだ余裕だとでも言いたげな反応だ。
「……その顔色、変えてあげますよ」
アリシア様達が見ている前で無様な姿は晒せない。
少し予定より早いが、ギアを上げていこう。
「むっ……?」
俺は刀を一旦鞘に納めると、両目を閉じて構える。
「何の真似だ? まさか、降参したわけでもあるまい」
「……」
「フッ、誘っているのか? ならば正面から打ち砕くのみよ!!」
完全に閉ざされた視界。
感じるのは龍族の里を包み込む熱気と……周囲を取り囲む観客達の声。
その不純物を取り除き、意識をドラガン様だけに向ける。
彼の翼が羽ばたく音。振り上げた斧によって揺れる空気。
耳と肌で感じろ……
「!!」
見えた!
俺の斜め上から振り下ろされる斧の軌跡が、闇の中に浮かび上がる。
「はぁっ!」
俺は斧の斬撃を擦るようにして前進。
そのまま斧を支えにするようにスルリと回転しながら、鞘から刀を引き抜く。
「ぐがぁっ!?」
斧を避けて懐に潜り込むのと同時に、引き抜いた刀で一閃。
ドラガン様に袈裟斬りをお見舞いした。
「ぬぐぁぁぁぁっ!!」
「っ!?」
しかし、この一撃でドラガン様を戦闘不能にする事は出来なかった。
それどころかドラガン様は尻尾を使って、俺の腹部に反撃の一打を直撃させる。
「っでぇ!?」
俺は腹を抑えながら、バックステップで距離を取る。
いいのを貰ってしまったが、こっちも相応の痛手を与えたはずだ。
「うっ、ぐっ……やるな」
「……マジか」
しかし、俺の予想とは裏腹に……ドラガン様のダメージは軽傷だった。
血は流れ落ちてこそいるものの、傷はかなり浅い。
「我の鱗をここまで切り裂いたのは、貴公が初めてだ」
「今ので仕留めるつもりだったんですけど」
人間相手なら確実に戦闘不能になっていただろう。
だが、強靭な龍族の鱗が斬撃の威力を半減させてしまったらしい。
「クハハハハッ!! いいぞ、そう来なくてはな! それでこそ、我が妹の婿に相応しい!」
「この程度で判断されて貰っちゃ困りますよ」
「ほう? まだ上があるというのか。ならば……我も全力を出すとしよう」
ドラガン様はそう言うと、上半身に着ていた軽鎧を引きちぎる。
すでに俺の斬撃で半壊していたといえ……どういうつもりだ?
「グレイ殿、くれぐれも死んでくれるな。こうなった我は……見境がなくなるからな」
「!!」
「グガッ、グゥ……! グルルルルルルッ……」
口から牙を剥き出しにし、低い声で唸り始めるドラガン様。
それと同時に全身の筋肉が膨張し、手足の爪が大きく伸びる。
「これが……龍化か」
「グギャオォォォォォォォォォォォォォォッ!!」
「っ!?」
大地を揺るがす程の巨大な咆哮。
その絶大な威力に、観客達全員は尻もちを突いて崩れ落ちていく。
真正面から対面していた俺も、これには体が硬直して動きが鈍る。
「ガルルァァァァァッ!!」
咆哮で生じた隙を見逃さず、ドラガン様がこちらへ飛来してくる。
まずは右手の爪が振り下ろされ、俺はギリギリそれを躱した……が。
「ギャオォォォォォォッ!!」
「嘘だろ……うわぁっ!?」
いつの間にか、ドラガン様は尻尾で大斧を掴み上げていたらしく。
鉤爪を回避した俺の頭上から尻尾による大斧の一撃が降ってきた。
「んがぁっ!」
両手で刀を支えるようにしてガードする。
だが、戦闘開始時の威力とは文字通り桁が違う。
「うあああああああああああああああああああああっ!」
俺は刀ごと大斧に押し潰されるような形で、地面に強く叩きつけられた。
痛い。意識が飛んでしまいそうだ。
「っぅ……!」
しかし、意識を失った瞬間に俺の敗北は決定する。
いや、それどころか命さえも失いかねない。
「……捕まえた」
「グガッ!?」
体が半分ほど地面に埋まっている状態の中、俺はドラガン様の尻尾を掴む、
そしてすかさず高く跳躍すると、そのまま尻尾を振り回し……ドラガン様を地面へと思い切り放り投げた。
「グギャアッ!?」
地面に激突してバウンド、そのままズザァァァァァと地面を抉るようにぶっ飛んでいくドラガン様。
「ぜぇっ、はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
すぐさま追撃したいが、俺の方もダメージは深刻だ。
俺はよろけながら、先程手放した刀を拾い上げる。
「グルルルルルル……」
「ちょっとくらい、堪えてくれませんかね?」
「ガァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
渾身の力で地面に叩きつけたというのに、ドラガン様はなんなく立ち上がる。
それどころか、体全体からボボボッと赤い炎を噴き出し始めた。
「おいおい、まだパワーアップするのかよ」
こちらはすでに満身創痍だというのに、それはあんまりだ。
さて、これはどうしたものか。
「……奥の手の居合も通じなかったからなぁ。マインさんとの特訓で編み出したのに」
折角の休みの日に、朝から特訓して編み出した秘技。
刀の特性を上手く活かした技だと思っていただけに……残念だ。
「グルルルルゥ……」
一歩、二歩、三歩。ドラガン様がこちらに近付く度に、地面には炎の足跡が残る。
まだ少し距離はあるというのに、肌が焼け付きそうな程に熱を感じるな。
「行くしか……ないっ!」
俺は刀を握りしめながら、全力疾走でドラガン様へと攻め込む。
右、左、右、上、ステップを踏んでフェイントを織り交ぜつつ……相手を翻弄しようとするが。
「がはっ……!?」
炎をまとった尻尾にあえなく撃墜される。
カウンターの要領で受けた尾撃で、俺は地面の上を無様に転がっていった。
「かはっ、げほっ……ごぷっ!!」
口から大量の吐血。
あー……今ので内蔵がイってしまったらしい。
恐らく肋骨も何本か折れて、肺に突き刺さっているみたいだ。
「強い……なぁ」
こちらは瀕死。向こうはまだピンピンしている。
この状況、誰がどう見ても俺の勝利はなあり得ないと判断するだろう。
「……」
おぼろげな意識。霞んでいく視界の中……俺は観客の中からアリシア様の姿を探す。
「…………」
両手を合わせて祈っている様子のフランチェスカ様。
唇を強く噛み締めて憤っているイブさん。
凄惨な光景から目を逸らしているスズハ様。
そんな彼女達の隣で……アリシア様は笑っていた。
「グレイ……! どうしたの? まだまだこんなものじゃないでしょう?」
分かっている。
アリシア様は今すぐにでも、泣き出しそうな状態なのだ。
俺の身を案じ、心を痛め……誰よりも辛い状況にありながらも。
俺を不安にさせないように。俺を勇気づける為に気丈に振る舞ってくれている。
「ああ、そうですとも」
貴方のそんな笑顔を見せられて、倒れるわけにはいかない。
貴方の笑顔を見れば、どんなに辛くても力が湧いてくる。
だから俺は……貴方がいてくれる限り、絶対に負けない。
「……強くなるんだ」
刀を強く握り、俺は強大な敵と向かい合う。
さながら魔王とも呼ぶべき、圧倒的な力を持った龍人。
この相手を倒すには……まだ足りない。
俺の力が……愛が足りないから勝てない。
こんなものじゃないだろ?
俺のアリシア様への愛は……
「不可能を可能にするんだよ!!」
残りの力全てを振り絞り、俺はドラガン様へと特攻する。
負けるつもりなんて微塵もない。
この一撃で倒すという覚悟をもって……駆けていく。
「!!」
その時、不思議な事が起こった。
まるで周囲の時間が止まったかのように、だんだんとスローモーションになっていく。
やがて、俺自身の体もピタリと動きを止める。
「これは……?」
『今のお前では勝てないよ』
「!!」
どこからともなく聞こえてくる声。
いや、今の声の主は……
「妖刀? お前なのか?」
『あの龍に勝ちたいのなら、ワタシの力を使って』
「お前の力……もう使っているじゃないか」
止まった時間の中。
俺は妖刀の言葉に答える。
『ううん、キミはまだワタシを使いこなしていない』
「じゃあ、どうすれば……?」
『ワタシは妖刀。呪われた力……使うには相応の代償が必要』
「……それでもいい。強くなって、アリシア様と結ばれる事が出来るのなら」
『……うん、分かった。じゃあ、ワタシの本当の力を見せてあげる!』
瞬間。眩い光が世界を包み込む。
やがてゆっくりと光が晴れていくのと同時に……止まっていた時間が動き出す。
「グギャアオオオオオオオオオオオオ!!」
「!!」
目の前に迫るドラガン様の尻尾の先端が、一人の男の腹部を刺し貫いた。
「「「「「「きゃあああああああああああああああああっ!!」」」」」」
撒き散る血液。
あまりに残酷な光景に、観客達の中から悲鳴が上がる。
「お兄さんが……!!」
「いえ、待ってください!! アレは……!?」
この場にいる誰もが、俺が殺されたと思っただろう。
だが、そうじゃない。
今、ドラガン様が尻尾で刺し貫いたのは……
「がふっ……!? あれぇ? ボク、どうして……げべぇぁっ!?」
「!?」
かつて、どこかで見た顔。
アリシア様を狙い、己の命を賭けて継承戦を行った……クソッタレ男。
「お前も役に立つ事があるんだな」
グラントを盾にして空へ跳んでいた俺は、落下する勢いを利用して刀を振り下ろす。
その一撃はグラントを刺し貫いたままの尻尾を、根本から両断した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「っとと!! よし! まずは尻尾だ!」
切断された尻尾が宙を舞い、地面に落ちる。
それと同時に、尻尾に貫かれていたグラントの姿がすぅっと消えていく。
「グレイ!! 今のは……!!」
「アリシア様、どうやら貴方の狙いは成功したようです」
強敵と戦う事で、己の力をさらに引き出す。
そのあまりにも無謀な賭けに打ち勝ち、俺は新たな力を手にしたのだ。
「これが妖刀の真の能力!! 『グラントを召喚する力』です!」
『違うっ!!!!!!!!!!』
「おわっ!?」
妖刀が勝手に俺の右腕を動かしたかと思うと、とんでもない迫力で叫ぶ。
『ワタシの力は『斬った相手の能力を奪う』という格好いい能力なの!!!』
「あ、すみません……」
いや、本当にごめんなさい。
グラントが能力だなんて、死んでも嫌ですもんね。
怒られて当然でした。
「あれ? でも能力を奪うという力なら、さっきはどうしてグラント本体が出てきたんです?」
『さぁ? 殺される事くらいしか取り柄が無かったんじゃない?』
「なるほど~!」
ま、そういうもんか。
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