第57話 抜け駆けちゅっちゅは許さないんだからー!!
【龍族の里 ワルゲルス邸 スズハの部屋】
「スズハ様、よろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
アリシア様達に尋問……もとい拷問をされていた俺はドラガン様に救われた。
それから自白剤の解毒も済ませ、アイスブロックから脱出した俺は約束していた通りにスズハ様の部屋を訪ねていた。
「失礼します。具合の方はいかがですか?」
「……大丈夫です。ご心配をおかけして、ごめんなさい」
部屋に入ると、ムワッとした熱気を感じる。
どうやらスズハ様に熱を与えるべく、暖炉に火を入れているようだ。
「もう、平気ですから」
そう答えるスズハ様の顔色はまだ悪い。
元々弱っていたところに、アリシア様の冷気によるダメージが響いているのだろうか。
「アリシア様にも、謝っておいてください。つい……意地悪を言ってしまって」
「意地悪?」
「はい。だって、ようやく現れた私の素敵な王子様……その心をすでに奪っているんですから。ちょっとくらい、意地悪したくなっちゃいます」
額に汗を浮かべながら、スズハ様は舌をペロッと出す。
ああ、なるほど。ドラガン様があれほど溺愛されるわけだ。
この方は本当に可愛らしく……庇護欲をそそられる。
「グレイ様……兄からおおよその事情は聞きました。私との結婚との条件に、兄の王位をアリシア様に受け継ぐそうですね」
「はい、そういう約束になっています」
「……なぜ王位を求めるのです? 理由を聞かせて頂いても?」
「それは俺が平民だからですよ。ですから、継承権上位10位以内の騎士……金騎士となって貴族の地位を得ない限り、アリシア様と結ばれる事は出来ない」
「ふふふっ、何もかもアリシア様の為なのですね。ああ、羨ましいです」
自白剤の影響はもうない。
だから、いくらでも嘘を吐く事は出来る。
でもそれは、スズハ様にとっていい事だとは思えなかった。
「……私と兄は現国王であるナザリウス様の甥と姪に当たります」
「甥と姪という事は……」
「父はナザリウス様の兄だったのです。とはいえ、もうはるか昔に死んでしまったそうですけどね」
まるで父親の死を慈しんでいる様子も見せずに、スズハ様は続ける。
「母は……かつて人間に捕らえられた奴隷でした。それを買い取った父は、屈強な子供を作る為に母を無理やり……」
「スズハ様、それ以上は……」
前にガドモンが言っていたエルフの話に似た内容だ。
強い王族を生み出す為に亜人族の血を取り入れようとする取り組み。
スズハ様とドラガン様の母親も、その犠牲者だったというわけだ。
「結果として、成功したのは兄だけでした。同じ人と龍族のハーフでも、私はご覧の通りの欠陥品。龍族の里から一歩も外に出られない有様でした」
「……」
「兄は父に何度も呼ばれたそうです。継承戦を勝ち抜く為に力を貸せと。しかし、兄は私の傍を離れず……そうこうしている間に父は死にました」
「継承戦……? ですが、前回の継承戦があったのはもう何十年も前では?」
「……龍族の寿命はとても長いんですよ?」
「うぇっ!? という事は、スズハ様達のご年齢は……!?」
「あらあら、歳上のお姉さんは嫌いですか?」
「き、嫌いじゃないです……」
見た目は完全に俺やアリシア様と同じくらいだったからな。
まさか、かなりの歳上だったなんて。
「というか、歳上の女性にあまりアプローチされる機会がなくて」
※グレイ君は主任さん(30歳:誕生日プレゼントで一番嬉しかったのはピンクスライム)からのアプローチには気付いていませんでした。
「あの、スズハ様。本当に自分なんかでいいんですか?」
「……分かりません」
「え?」
「正直に言うと、貴方は私が初めて目にする人間の男性なんです」
そういえば、スズハ様は龍族の里から出た事がないと言っていたな。
「あっ、でも! 貴方を見て、格好いいと思ったのは本当ですよ! それに、こうして話しているだけでも……とても幸せな気持ちになって」
「スズハ様……」
「さっきなんて、つい卵を産んでしまいそうになっちゃいましたし」
「卵?」
「あっ!? わ、忘れてください……! 今のはナシです!」
何か失言だったのか、スズハ様はもぞもぞと布団の中に潜り込んでいく。
卵って、一体なんの事だろう?
※龍族の女性は求愛対象を見つけると、卵(無精卵)を産む事があります
「……でも、本当は結婚が少し怖いんです。まだ、ちゃんと恋愛もした事がないのに」
「それなら、どうして?」
「兄の為です。兄はずっと、私を救おうとしてくれました。ですが、それが叶わない事を知って……とても傷付いているようでして」
「だから、せめて『妹の望みを叶えてあげる事が出来た』という事実を作ってあげようとしているんですね」
「はい……そんな目的に貴方達を利用する事をお許しください」
なんて、健気な兄弟愛だろうか。
兄は妹の幸せだけを望み、死を間近に控えた妹は兄の幸せだけを望んでいる。
俺は……目頭が熱くなるのを抑えきれない。
「ああ、グレイ様。泣かないでください……」
「スズハ様……」
スズハ様がスッと細い腕を伸ばし、俺の頬の涙を拭う。
ああ、とても柔らかくて……それでいてヒンヤリとした感触。
「……?」
ヒンヤリとした感触、だって?
「スズハ様! ご無礼を!」
「ふぇぁっ!?」
俺はすかさず、スズハ様の手を握りしめる。
その手は……人間の中でも平均的な体温を持つ俺よりも、遥かに冷たい。
「だ、男性に手を握られたのは初めてです……!」
「……スズハ様。いくつか質問をよろしいでしょうか?」
「はい? なんでしょうか?」
「龍族というのは熱を好む、体温が高い種族ではないのですか?」
「ええ。ですが、私は生まれつきの病気のせいで、龍族に必要な熱気を取り込む力が弱いのです。だから、いくら熱しても具合は良くならず……」
「この龍族の里に人間が訪れる機会は少ないそうですね。人間の医者に診察してもらった事はありますか?」
「い、いえ……ありませんけど」
やはり、そういう事か。これで全てが繋がる。
ほぼ間違いなく、俺の見立ては当たっているだろう。
「あの、グレイ様?」
「スズハ様、ご安心ください。もしかすると、貴方の病気を治す事が出来るかもしれません」
「……えっ!?」
「だから、私が何を言っても……最後まで信じて貰えませんか?」
俺はスズハ様の手を強く握りしめながら、彼女の瞳を見つめる。
彼女は少し戸惑っているようだったが、すぐに……ジワリとその瞳に涙を滲ませた。
「本当に……私、死ななくてもいいのですか?」
「はい。必ず、私が救って見せます」
「ふ、ふぇ……私、ずっとずっと覚悟をしなきゃって、ぐすっ……思っていて。でも、もう二度と兄さんに会えなくなるのが嫌で……ひっく……」
「……」
「最近ようやく、決心が固まってきていたのに……うぇぇっ……貴方に出会って、やっぱりまだ死にたくないって……うえぇぇぇぇぇっ」
「いいんですよ。それが普通なんです。貴方は何も間違っていません」
俺は泣きじゃくるスズハ様の頭を撫でる。
そして、一つの決意を胸に秘めて……俺は立ち上がった。
「グレイ様……貴方を信じます。だって、私は貴方の妻なんですから」
「はい。俺も夫として、貴方を死神に渡したりはしない」
まず俺は暖炉に向かうと、その火を刀でもみ消した。
それから今度は部屋の窓を開く。
「グレイ様……?」
「うん。火山の近くでも、風が入ってくると涼しいな」
室内に籠もっていた熱気が部屋の外へ逃げていくかわりに、爽やかな風が室内に入ってくる。
それによって室内の温度はどんどん下がり始めた。
「どうですか?」
「どうもこうも、熱がなくなると……龍族は」
「龍族ではなく、スズハ様自身に聞いているんですよ」
「私自身は……」
スズハ様は恐る恐る、布団をめくる。
そして、窓の外から吹き込む風に綺麗な髪を揺らし……
「気持ちいい……とても、清々しい気持ちです」
「ははっ、それは良かった」
あれだけ額に浮かんでいた汗も引いて、今のスズハ様はとても楽そうにしている。
この状態を見るだけで、俺の予想は正しかったのだと確信できる。
「でも、これはどうして……? 龍族は熱を取り込んでいないと、弱ってしまうはずなのに」
「それは……スズハ様が龍よりも人に近いからですよ」
「えっ!?」
まず、彼女の容姿は龍族よりも人に寄っている。
それに加えて、ついさっき……アリシア様が冷気を放った時もドラガン様は苦しんでいたが、スズハ様は一瞬だけ気持ちよさそうにしていた。
「貴方は熱を取り込む力も無ければ、そんな必要も無いんですよ」
「そんな……!? じゃあ……」
「貴方が生まれつき、体調不良の理由。それは……龍族の里で暮らしているからです」
この龍族の里で人間が長く暮らす事は不可能だ。
常に真夏の猛暑日のような熱気。さらにはスズハ様の身を案じて、常に布団の中に押し込めて暖炉で火を入れているというのだから。
いくらハーフであるスズハ様でも、体を壊すのは当然だ。
「さぁ、立ち上がってみてください」
「……は、はい」
スズハ様がベッドから立ち上がり、そっと床に足を下ろす。
久しぶりに立ったせいか、ふらりとよろけはしたものの……背中の翼と腰元の尻尾を使って器用にバランスを取り直した。
「た、立てました……!」
「それは良かった」
「あ、あぁっ……! グレイ様っ!!」
バサァッと両翼を広げたスズハ様が、ふわりと飛んで俺の胸に飛び込んでくる。
もはやタックルと呼べるほどの勢いだったが、俺はなんとか受け止めた。
「ありがとうございます……! 貴方は私の恩人です!!」
「い、いえ。これくらい……人間の医者ならすぐに気付く事かと」
「たとえそうだとしても、実際に救ってくれたのは貴方ですもの」
スリスリと俺の胸に頬ずりをするスズハ様。
その度に角が顔に当たって……い、痛い。
「グレイ様……ちゅー」
「ほぇぁ!?」
そしてそのままスズハ様は潤んだ瞳で上目遣い。
尖らせた唇を俺に唇へと近付けてくる。
「いや、それは……!」
「ちゅー……」
俺はスズハ様を引き剥がそうとしたが、シュルルルと巻き付いてきた尻尾によって離れる事は出来なかった。
「ぐっ!?」
口付けまで残り数センチ。
もはや万事休す……と思われたその時。
「グレイ、お楽しみの最中に悪いけど……ちょっといいかしら?」
ガチャリと部屋の扉が開かれ、中にアリシア様が入ってくる。
「「あっ」」
「えっ?」
そしてアリシア様は抱き合う俺とスズハ様を見て硬直する。
「……ふぅん? 本当にお楽しみの最中だったのねぇ」
「あははは……ナイスタイミング、でしたよ」
「ちゅー」
「あ、ずるいわ! グレイとちゅーするのはワタクシよ!」
「うぉえぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
さらにアリシア様もタックルしてきて、俺は床に押し倒される。
「ちゅっ、ちゅちゅちゅ」
「ちゅちゅちゅー」
「あ、あああっ……! まずは、話し合いましょう! ね?」
「「ちゅー!!」」
「ああああああああああああ!! ちゅちゅちゅちゅー!!」
一度ちゅっちゅされれば最後。
誰もちゅっちゅの魔力からは逃れられないのだ。
そう、この物語を読んでいる貴方も……
【ネクストグレイズヒント】
・決闘(ガチ)
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