第56話 いつまでも貴方の一番でいられるように

【龍族の里 ワルゲルス邸 来客室】


「さぁ、もう隠し事は出来ないわよ!」


「むぐぐぐぐっ……!」


 アリシア様の作り出したアイスブロックで全身を拘束され、イブさん特製の強化自白剤を打ち込まれている絶望的な状況。


「貴方が一番美しいと思う人物の名前を口にするのよ!」


「それ……は……!」


 美醜というのは個人によって判断が変わるものだ。

 宝石を綺麗だと思う人もいれば、ただの石ころと変わらないと感じる人もいる。

 だから、アリシア様とスズハ様。どちらがより美人かどうか……というのは世界中の人間にアンケートを取らない限り、答えは出ない。


「俺が、世界で一番美しいと思う人は……!!」


「「「……」」」


 スズハ様。

 彼女は本当に美しい方だ。

もしも、俺がアリシア様よりも先に彼女に出会っていれば……俺の答えは間違いなく、スズハ様だっただろう。


「アリシアさまです」


「……ほわぁ?」


「せいかくにいうと……おれのかちかんだと、ふたりのうつくしさはともにちょうてんです。だから、どちらがうえかをきめるはんだんきじゅんはこのみのはんちゅうになってしまいます」


「あ、うん……」


「おれはアリシアさまをあいしています。あなたのいろんなひょうじょうやしぐさ……そのうつくしさをさらにひきたてるみりょくてきなようそをいっぱいしっている。だからどうしても、そういったようそをぬいてかんがえることができないんですよ」


 俺の心はもはや、アリシア様に奪われてしまっているんだ。

 仮にスズハ様がアリシア様より美しかったとしても、俺がアリシア様を見る目は愛情というプラス要素が含まれてしまう。

 その時点で、スズハ様に勝ち目はない。


「あなたがいちばんです、アリシアさま」


「グレイ……!! ああっ……嬉しいわ」


 恍惚の笑みを浮かべ、アリシア様が俺の頭をぎゅっと抱きしめる。

 わぷっ!? アリシア様の胸に包まれて息が……!?


「……無難な結果ですね」


「ちぇっ、つまんないのー。ここでフランちゃんの名前でも出せば面白かったのに」


「ふふふっ、負け犬の遠吠えはみっともないわよ」


「……ねぇ、お兄さん?」


 アリシア様の余裕の表情が気に入らなかったのか、フランチェスカ様の目が細くなる。

 あっ、これは妙な事を考えている顔だ。


「さっきの口ぶりだとさぁ。今後スズハさんと関係を深めていけば……順位が入れ替わる可能性もあるって事だよね?」


「はい、そうなるかのうせいはたかい……ハッ!?」


「あはっ! それは大変だねぇ、姉様! このままだと、お兄さんはスズハさんの方に鞍替えしちゃうかもよぉ?」


「……グレイ?」


「まってください!! これはあくまでも、うつくしいかどうかのはなしですよね!?」


 雲行きが怪しくなってきたので、俺は慌てて弁明する。

 彼女達はとてつもない勘違いをしているようだから、ちゃんと説明しないと!


「おれはアリシアさまをだれよりもあいしていますし、そのきもちがかわることはえいえんにありえません!! うつくしいかどうかとこいごころはかんけいないじゃないですか!!」


「……」


「あ、あれ?」


 俺としては改心の説得のつもりだったんだが、アリシア様の顔は無表情のままだ。


「はぁ、グレイ君。貴方は何も分かっていませんね」


「え?」


「お兄さん、女の子はいつだって好きな人に一番可愛いって思ってもらいたいんだよ?」


 そう言われて、俺は自分の浅はかさに気付く。

 たしかにそうだ。

 俺だってもしも、アリシア様が『他の男の方が格好いいと思うけど、グレイの方が好きよ』なんて言われたらショックを受ける。

 きっとその男を殺しに行くだろう。


「…………ごめんなさい」


 自己嫌悪で吐き気がこみ上げてくる。

 俺はなんて最低な男なんだ。


「いいのよ、グレイ。貴方は何も悪くないわ」


 そんな俺の頭をアリシア様は優しく撫でてくださる。


「たとえあの子がワタクシより上になっても……その時は殺せばいいだけの話よ」


「「「ひっ!?」」」


「……というのは流石に冗談よ。だって、ほんのわずかな時間でも……グレイがワタクシよりも他の女の子を可愛いと思って欲しくないもの」


「アリシアさま……」


「ワタクシ、頑張るわ。いつまでも貴方の一番でいられるように、もっともっと! いーっぱい可愛く、美しくなってみせる。だから、覚悟しなさいよね?」


「……あはは、アリシアさまにはほんとうにかてませんよ」


 俺を優しく抱きしめながらはにかんでみせるアリシア様。

 ああ、そうだ。この笑顔には誰も勝てない。

 何も迷う必要なんて無かった。

 俺の一番はどう考えても……


「フランチェスカ様だ」


「イブさんだ」


「あの、かってにおれのこころのこえをだいべんしないでください」


「「ぶぅーっ!!」」


「ふふっ、一番はこのアリシアよ! 依然変わりなく!」


 とまぁ、こういう感じで。

ちょっとしたピンチは招いたものの、俺の自白剤による尋問は終わりを……


「何を勘違いしているのかなぁ?」


「ひょ?」


「まだ私たちのターンは終了していませんが?」


「ど、どういう……?」


 もう全部終わったはずじゃないか!!

 これ以上、一体何を言わせようというんだ!!


「しつもーん! お兄さんはフランちゃんのことを可愛いと思う?」


「がっ……! はい、フランチェスカさまはとてもかわいらしいです。アリシアさまのおさないころはきっと、こんなふうだったのかとおもうとむねがどきっとします。さいきんはだきつかれるときにあたるかんしょくがいぜんよりもやわらかくなって、ふかくにもじょせいとしてみてしまうことが……」


「うわーい!! バストアップ体操を頑張った甲斐があったぞー!」


「グレイ……?」


「こ、これはその……!」


「では続いて、私についてはどう思いますか?」


「イブさんはとてもびじんなんですけど、さいきんはぎゃぐよりにはしっているので。ぶっちゃけせいこうほうでせめられたらきけんなのでたすかっています。あとイブさんのかおりはくせになりそうなほどにいいにおいですね」


「おほぉ~! 正攻法でイけばいいんですね!! もうイきまくりますから!!」


「グレイ!!」


「おゆるしをー!!」


 アリシア様が俺の耳をきゅーっと引っ張る。

 ああ、お願いだから早く終わってくれ。


「ねぇねぇ、次は何を質問する? 最近、誰をオカズにしたとか面白くなーい?」


「私はグレイ君のフェチが気になります。女性のどこに興奮するのかを吐かせましょう」


「そうね、この際グレイの全てを知っておくのも悪くないわ」


「いぃっ!? ほんきですか!?」


 俺は必死に逃げようとするが、アイスブロックマン状態では何も抵抗できない。

 この3人の美少女に、ありとあらゆる秘密を暴かれるしかないのだ。


「さぁ、グレイ。尋問はすでに拷問へと変わったのよ」


「お兄さんの恥ずかしい秘密……ぜぇーんぶ教えてもらうよ?」


「グレイ君、大丈夫です。どんな性癖でも私達は受け止めてあげますから」


「や、やめっ……やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 こうして、俺はプライバシーというものを失った。


「女の子の体で、どこが一番えっちだと思う?」


「あああああああっ! おっぱい! おっぱいですっ! おっぱいなんですぅぅぅぅっ! たにまにあせがながれているのをみるとたまらなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


「ふーん? じゃあお尻は好きじゃないの?」


「おしりもすきですぅぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ぷりっとしたおしりがとくにいいとおもいますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」


「こういったくびれはどうですか? ほら、私は結構腰回りが自慢でして」


「あああああああああああああああえっちすぎますぅぅぅぅぅぅう!! そのきゅっとなったぶぶんが!! ほそくなったぶぶんがたまんないですぅぅぅぅっ!」


 恐るべし自白剤。

 俺の泣き声混じりの絶叫は、ワルゲルス邸の至るところへと響き渡り。


「……貴公ら、何をやっているのだ?」


「「「「あっ」」」」


 呆れ顔のドラガン様が部屋に戻ってくるまで、この地獄のような時間は続いたのだった。

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