第58話 もっと強くならないといけないわ
【龍族の里 ワルゲルス邸 食堂】
「……まさか、このような事が」
あんぐりと大口を開き、呆然と立ち尽くすドラガン様。
その視線の先にいるのは……
「はぐはぐはぐはぐっ! もっほひっはひほっへひへふははい! ほへふはいははふへはひはへんっ!(もっといっぱい持ってきてください! これくらいじゃまるで足りませんっ!)」
食堂のテーブルに何十枚と積み重ねられた空の食器。
そしてその中央で今も、料理を頬張り続けているスズハ様の姿だ。
「信じられん。おかゆを食べるのですらやっとだったスズハが……」
「ワタクシが冷気で冷やして上げた途端、お腹が空いたと言い出してね」
そう。あのちゅっちゅ攻めの後に、俺はアリシア様に事情を説明。
アリシア様の魔法で完全復活したスズハ様は、これまでの病弱ぶりが嘘のように元気さを取り戻したのだ。
「すっごい食欲……うぇぷっ。見ているだけで胸焼けしてきたよー」
「うーんあの細い体のどこに、あれだけの食事が入るのでしょうか?」
「いや、はは……私もびっくりですよ」
「はぐぅっ!? グレイ様……あまり見ないでください。恥ずかしいですから……」
俺の視線に気付いたスズハ様が頬に両手を当て、いやんいやんと首を振る。
「大丈夫ですよ。私は食い意地の張っているご令嬢を可愛いと思うタイプですので」
「あら、グレイ? それは誰の事かしら?」
「……ノーコメントで」
「また自白剤を使われたいのね?」
「お許しください!!」
「くすくすくすっ、アリシア様とグレイ様は本当に仲良しさんですね」
「いつもこうやってイチャついてんだよー」
「全く、私達も混ぜてもらえませんと」
馴染み深い、オズリンド邸でのやり取りのように。
俺達は騒ぎ……笑い合う。
しかし、そんなほんわかとした空気の中でただ一人だけ――
「……スズハ、我を許せっ!」
ドラガン様だけが、重苦しい雰囲気を放ったままだ。
「兄さん、何を……」
床に両手両足を付けて、スズハ様に謝罪をするドラガン様。
彼の両目からは、ポタポタと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「我は、お前を救うどころか苦しめていた。我らと同じように、熱を与えれば良くなるものと思い込み……危うく、お前を死なせてしまうところだったのだ!!」
「もういいのよ、兄さん。私だって、グレイ様が気付いてくれなければ分からなかった事だし……それにこうして助かったんだから」
「しかし、我は……!!」
「兄さんがいてくれたから、私はこれまで生きようと思えた。兄さんがグレイ様を連れてきてくれたから、私は助かった。それでいいじゃない」
「スズハ……」
スズハ様は椅子から立ち上がると、ドラガン様を優しく抱きしめる。
なんと美しい兄妹愛だろうか。
「兄さんが泣いたり落ち込んだりすると、私も気分が悪いわ。折角のめでたい日に、水を差すのはもうやめてね?」
「うむ、分かった」
ドラガン様は袖で涙を拭うと、キリッとした表情を取り戻す。
そして今度は俺達の方へと向き直り、深く頭を下げてきた。
「グレイ殿、アリシア殿。我が妹を救って頂き、感謝する」
「ふふっ、別に構いませんわ」
「そうですよ。むしろ、ドラガン様に断りもなく、勝手な真似をすみません」
「いや、謝ってくれるな。スズハが救われたのであれば、我はそれでいい」
うんうん、これで全てが上手くいった。
スズハ様の命も救われて――
「ねぇねぇ、ちょっと気になったんだけどさ」
「うん? どうしたんですかフランチェスカ様?」
「スズハさんが助かったって事はさ、お兄さんが結婚する必要はないって事になるよね?」
「「!!」」
フランチェスカ様の言葉に、ドラガン様とスズハ様がハッとした顔になる。「
そう、元々……死にかけていたスズハ様の最後の望みを叶えるという名目で俺は彼女と結婚のフリをする事になっていた。
「スズハ様の命をグレイ君は救いました。ドラガン様はこの借りを、王位継承権という形で返されるべきでは?」
「……なるほど。貴公の言い分はもっともだ。このまま我が継承権を譲れば、今回の話は丸く収まるだろう」
「……っ!」
ドラガン様の言葉を聞いたスズハ様が悲しげに目を伏せる。
それが何を意味するのか、いくら鈍いと言われる俺でも理解出来た。
彼女は恐らく、本気で俺と…………
「アリシア殿、グレイ殿。貴公らは実に素晴らしい人間だ。我は人間が嫌いだったが、そなた達を見て考えが変わった」
「あら、光栄ですわ」
「出来る限り、貴公らの力になりたいと思う……思うのだが」
ドラガン様はわなわなと震える拳をグッと握りしめる。
そして、なんらかの決意を秘めた瞳で――まっすぐに俺達を見据えてきた。
「たとえ不義理だと罵られようと、卑怯者の烙印を押されようとも! 我は兄として、妹の幸せを掴んでみせる!」
「に、兄さん!? 急に何を!?」
「アリシア殿! 我はこれより貴公に継承戦を申し込む!! 我が勝てば、グレイ殿にはスズハと正式に結婚して貰うぞ!!」
「「「「「!?」」」」
突然の事に、ドラガン様を除く全ての者が驚愕する。
そんな混乱の中、最初に冷静さを取り戻したのはアリシア様だった。
「……なるほどね。こんな状況でも、貴方はやはり頭がキレる方ね」
「アリシア様、どういう事ですか?」
「少し考えれば分かる事よ。この勝負を断れば、ワタクシは王位継承権を失う。そうすればグレイと結ばれる事はなくなり……スズハさんにとっての最大のライバルが消える」
「最大のライバルはフランちゃんでしょー!?」
「いえいえ、私ですとも」
「どう足掻いても、ワタクシ達はこの勝負を受けなければならない……という事よ」
「そうだ。罵りたければ、好きにするがいい」
「ええ。じゃあ遠慮なく言わせて貰うわ。ばーか、あーほ、シスコン!」
「暑苦しい! クソ堅物! 鱗包茎ちんぽー!!」
「なんていうか、もう……生物学的に受け付けません」
「ぐはぁっ……!?」
「ドラガン様―!!」
「兄さーん!!」
美少女三人による罵り攻撃を受け、吐血するドラガン様。
というかアリシア様の悪口の語彙力ひっく!!
「……効いたぞ、シスコンという言葉は」
「え? そこ一番ダメージが薄い場所だと思うんですけど!?」
「だが、なんと言われようとも逃げ場はないぞ!」
「あら、逃げるつもりなんてありませんわよシスコーン!」
「「シスコーン!!」」
「ぐぬぅ……!!」
いやいやいや、だからそんなにショックを受ける必要はないんじゃ?
「勝負の方法はどうする? 我には騎士がおらぬ……決闘ならば我自らが戦うぞ」
「なら、グレイとシスコンの決闘という事でどうかしら?」
「……いいだろう。では、明日……里の中央広場にて決闘を執り行う」
精神的なダメージを引きずるようにして、ドラガン様は食堂を出ていこうとする。
しかし、そんな彼をアリシア様が呼び止めた。
「待ってくださる?。そっちの要望はグレイのようだけど、まだこちらからの要求が済んでいませんわ」
「……そうだな。貴公らは何を求める?」
「そうね……スズハさんでどうかしら?」
「なんだと!?」
「へ? 私、ですか……?」
アリシア様の提示した条件に驚きを隠せない様子の二人。
これはもしかして……
「生意気にもワタクシのグレイに手を出そうとした女ですもの。せいぜい、ワタクシの屋敷で自分の立場というものを体に教えこんでやるわ」
「貴様……っ!!」
「まさか、自分から勝負を挑んでおいて……尻尾を巻いて逃げるつもり?」
「……いいだろう。しかし、今の貴様の発言は我の逆鱗に触れたぞ」
「待ってください、ドラガン様! アリシア様は……!」
「グレイ!! 余計な事は言わないで!」
俺は慌ててアリシア様の真意を伝えようとしたが、他ならぬ彼女自身に止められてしまった。
「……ふん。グレイ殿、明日は一切手加減をせんぞ」
そう言い残して、ドラガン様は食堂を出ていった。
「アリシア様……」
「いいのよ。これで向こうも本気を出してくれるでしょうし」
「それだと困るのはお兄さんじゃないの?」
「でしょうね。でも……グレイ、ワタクシ達はもっと強くなる必要があるのよ」
「!!」
そうだ。ドラガン様は強い。
だけど恐らく、金騎士の強さはさらにその上を行くはずだ。
「実践に勝る修行はないというわけですか」
やれやれ、アリシア様も無茶を言う。
でも……それだけ俺を信頼してくれているって事だもんな。
「お任せください。必ず、勝利してみせますから」
「……っ」
俺が勝利を誓うと、後ろの方でカラーンとスプーンを落とす音。
「そ、そうですよね……私と結婚なんて、お嫌ですよね」
「あっ、ちが……! そういうわけではなくて!!」
「ひぐっ……あんなに強く抱き合ったのに、うぇぇぇぇぇん……! ちゅっちゅもいっぱいしたのにぃぃぃぃぃっ!」
「まぁ、爛れているわね。ちゅっちゅですってよ、はしたない」
「お兄さんの浮気者―!! フランちゃんともちゅっちゅしてよー!」
「女の子を鳴かせていいのはベッドの上だけですよ。というわけでさぁ、私と一緒に!」
「はぁ……」
とりあえず、スズハ様の誤解を解く事から始めよう。
というか、明日にはドラガン様との決闘なのに……こんなノリのままで大丈夫か?
【翌日 龍族の里 中央広場】
龍族の里の中央には大きな広場が存在する。
これはスズハ様から教えて貰った事だが、龍族の男性は気性が荒く……時々、その力を定期的に振るわなければ暴走するのだという。
つまりこの広場は、力を持て余した龍族男性達の喧嘩場所というわけだ。
「……来たか」
「はい、来ました」
その中央で向かい合う俺とドラガン様。
周囲には俺達の決闘を見物しようという里の人達が集まっており、その中に混ざってアリシア様達の姿もある。
「我には分かる。貴公は強い」
「私も分かりますよ、ドラガン様の強さ」
「フッ……お前は妹の婿となる男だ。義兄の威厳を示しておかねばな」
ドラガン様は地面に突き刺していた巨大な斧を軽々と片手で持ち上げる。
うわー、アレの一撃は受け止めたくないなぁ。
「すみません。私も、アリシア様の騎士として……」
だから、負けられない。
たとえ相手が、どれだけ強くても。
「最強でなければならないんです」
俺はただ勝ち続けるだけだ。
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