第50話 浮気調査をするわよ!!【後編】
【王都リユニオール 町外れの服飾店】
「ここは……いつもの店ね」
浮気疑惑のあるグレイを追いかけて、ワタクシがたどり着いたのは……行きつけの服飾店だった。
まぁ行きつけと言っても、そこまで頻繁に足を運んでいるわけじゃないわ。
最後にここに来たのも、ファラを連れて来た時だもの。
「……」
しかしそれにしても、グレイはこの店になんの用があるのかしら?
さっきから店内に入らず、懐中時計ばかり気にしているようだけど。
「あっ、グレイ君! お待たせ!」
「あ、どうも主任さん(29歳・母親に結婚をせっつかれている)、お久しぶりです」
グレイはお店の中から出てきた女……たしか、あの店の主任(29歳・仕事終わりのビールが中々やめられない)だったわね。
あの女がどうしてグレイと……?
「例の件なんですけど、いい感じですよ」
「本当!? いやぁ、グレイ君に相談して良かったわ!」
「いえいえ、こちらこそいつもお世話になっていますから」
「ううん、こっちは仕事だし。あ、でも……グレイ君のお世話なら、仕事抜きでも喜んでやっちゃうけどなぁ」
どういう話なのかは分からないが、主任(29歳・最近、運動した後は関節が痛む)は、グレイに擦り寄って色目を使っている。
あの卑しい雌豚が……
「ひっ!?」
「どうかしました?」
「う、ううん。歳のせいかしら、今なにか背中に寒気が」
「もしかしたら風邪かもしれませんよ。モリーさんとのデートの為にも、今日はもう帰って休まれたらどうです?」
「そうね……そうするわ。あ、でもグレイ君が看病してくれてもいいかなーって」
「え? いや、すみません。この後にも人と会う予定がありまして」
「あ、あははっ! やだなー! 本気にしないでよ! ただの冗談だから……うん。ただの冗談だってば……」
「そうですか? じゃあ、俺はもう行きますね」
グレイはペコリと頭を下げて、主任(29歳:新人の若い子の話についていけない時がある)と別れて去っていく。
さぁて、それじゃあ……グレイを追いかける前に。
「あーあ、グレイ君はやっぱり脈ナシかー。大人しく、紹介された人と真剣に付き合ってみよっかな……って、ええっ!? なんでこんなところにクマが!?」
「……」
「きゃー! よく見ると可愛い! これ、どこのマスコットかしら?」
「ブリザードフラワー」
「つべだっ……!?」
ワタクシの魔法で、主任(29歳:もうすぐ30歳の誕生日)は氷の華の中に閉じ込められる。皮肉ね、泥棒猫ほど綺麗な氷の華が咲くわ。
「グレイ……一度ならず二度までも、女とコソコソ会ったりして! さらにまだ他の女と会おうというの! 許せない……!!」
問い詰めた後でたっぷりとお仕置きしないと駄目ね。
数日は立ち上がれないほどのちゅっちゅ責めの刑よ。
いいや、お風呂ですりすりごしごしの刑も追加しないと駄目かもしれないわ。
「うふふ……その時が楽しみだわ」
ワタクシはウキウキ気分で、グレイの後を追いかけていったわ。
「(なんで私、クマさんに凍らされたのかな……?)」
【王都リユニオール マリリーの店】
「あらぁ、グレイちゃん! 待ちくたびれていたわよぉん!」
「お久しぶりです師匠!!」
「あらぁ、少し見ない間に……前よりも男に磨きがかかった顔になったわねぇ」
「そ、そうですか?」
「ええ、大きな何かを乗り越えた男の顔よ」
「そんな大層なものでもないと思いますけど」
「まぁいいわ、中に入りなさい。こっちの腕が錆びついていないかチェックよ。もし鈍っていたら……後でたぁっぷりシゴいてあ・げ・る」
「お、お手柔らかに……」
カランカランとカウベルの音を鳴らして、店内へと消えていく二人。
まさか、グレイがマリリーとも密会していたなんて。
「何よ……! あんな風に仲良さげに肩まで組んで!!」
※マリリーが一方的に組んだだけです
「たしかにマリリーは素晴らしい人間よ。男性としても女性としても、尊敬すべき相手だと思うわ。でも、だからって……!」
ワタクシは入り口に近づいて、聞き耳を立ててみる。
二人は一体、中で何をしているのかしら?
「あぁ、イイ……イイわよグレイちゃん! でも、ちょっと違うわ。ほら、(気を付けるのは)ココよ……優しく、撫でるように(メイクして)。ああんっ、そうよ!」
「こ、こうですか? ここを……こうして(メイクするんですね?)」
「んぅ~~!? ああんっ! 素晴らしいわ(メイク)! もっと、もっとちょうだい! 貴方の全て(メイク技術)をアタシに見せてっ!」
「頑張ります……」
店内からは悶えるマリリーの声と、何かに苦労しているらしいグレイの声が聞こえてくるわ。
もしかしなくても、これはそういう事……?
「ああ、グレイ……そんな!」
頭がクラクラする。
そうよね、グレイも男の子だもの、溢れ出る性欲を抑えきれないのも無理は無い。
ワタクシを抱けない以上、他の相手で発散しようとする気持ちは分かるわ。
「……憎い、憎いわ。どうしてワタクシは貴族なの……!!」
もしもワタクシがグレイと同じ平民なら。
彼はきっとワタクシを抱いてくたわよね。
荒れ狂う肉欲をぶつけ、激しく腰を打ち付けながらワタクシの中に熱い子種を注ぎ込んで……孕ませてくれていたはずなのに!
「グレイ……ワタクシだって」
その場に座り込んだワタクシは、膝を抱えてうずくまる。
もう、何もしたくない。
グレイに愛してもらえないワタクシなんて……生きている意味がないもの。
「……」
それから、どれくらいの時間が経ったのか。
「ありがとうございました! おかげで、自信が付きました!」
「うふふん、また(練習)シたくなったら、いつでも来て。たぁっぷりと虐めてあげるからねぇ」
「あははっ、そうならないように今後も励みます。じゃあ、これで」
情事を終えたグレイが、マリリーの店から出てくる。
そしてそのまま、彼はどこかへと去っていく。
「グレイちゃん……男になったわね」
ああ、グレイ。貴方はマリリーに男にされてしまったのね。
どちらが攻めか受けかは分からないけれど。
さぞかし、お楽しみだった事でしょう。
「あらぁ? どうしてこんなところにクマちゃんがいるの? かっわいー!」
「……」
マリリーがワタクシに気付いて近付いてくる。
その余裕の表情……どこか、勝ち誇っているように見えるのは気のせいかしら?
「うぅぅぅぅっ!!」
こんな八つ当たりなんて最低だとは分かっている。
それでも、ワタクシは高まる魔力を抑えられない。
「アブソリュート・レイン!!」
「きゃあっ!!」
ワタクシの放った魔法により、全てを凍り付かせる雨がマリリーに降り注ぐ。
その雫の一粒にも触れた時点で、全身が凍り付いてしまう最上位魔法。
「……あっ」
魔法を放って少し頭が冷えたのか。
ワタクシは自分がとんでもない事をしたと気付く。
今までの魔法は全て手加減していたけれど、この上級魔法は洒落にならない。
このままではマリリーが凍死して……
「ふぅんっ!!」
「ほぇ?」
バリーンと、全身に張り付いた氷を筋肉の膨張で弾き飛ばすマリリー。
ウソ……でしょ!?
「あぁんやだぁ、体がびしょびしょだわぁ。それにちべたぁーい」
「え、え? ええ?」
まるでダメージを受けていないという様子で、マリリーはピンピンしている。
ど、どうなっているの……?
「……分かっているわよ」
「!!」
動揺するワタクシを見るマリリー。
まさか、ワタクシの正体に気付いて……?
「グレイちゃんとのレッスンで熱く滾ったアタシの炎を鎮めてくれたんでしょう?」
「……???」
「ありがと、おかげでスッキリしたわ。またいつかお願いするわねぇ」
「あ、はい」
るんるんとスキップしながら店内に戻っていくマリリー。
ま、まぁ……いいわ。マリリーの事は考えないようにしましょ。
【オズリンド邸 中庭】
「お兄さーんっ!! 継承戦の勝利おめでとぉー! ぎゅぅー!」
「私もぎゅーします」
「わわっ!? フランチェスカ様!? イブさん!?」
マリリーの店から帰ってきたワタクシの目に飛び込んできたのは、中庭でグレイに抱き着いているフランチェスカとイブ。
あらあら、とっても楽しそうね。
ワタクシの気も知らないで……ふふっ、ふふふふっ。
「ご褒美にちゅっちゅしてもいーい?」
「グレイ君、いいですよね? ねっ? ねっ?」
ふーん? ちゅっちゅね。
今日はワタクシと一度もちゅっちゅしていないっていうのに。
その子達とはするの? へぇ、そう。
「いや、それはちょっと……自分はアリシア様としかちゅっちゅしないので」
「「えーっ!?」」
グレイ……!! ああっ! グレイ!!
ごめんなさいっ! 一瞬でも貴方を疑ってしまった愚かなワタクシを許して!
何をしてでも償うわ! ううん、ワタクシの人生全てを貴方に捧げるわ!!
「いいじゃんいいじゃーん! フランちゃん、久しぶりの本格登場なのにー!」
「そうですよ! グレイ君はいけずです」
「そう言われましても」
「姉様にバレなければいいでしょ?」
「隠れて浮気というのはクセになるそうですよ? さぁ、お試しください」
「「ちゅー……!!」」
「待ちなさい」
「「え!?」」
ワタクシはグレイに迫る二人の肩を掴んで、こちらを振り向かせる。
怪訝そうにワタクシの顔(クマ)を見た二人は、ぎょっと目を見開いた。
「クマ……ですか?」
「あっ、コレってアレだー! 姉様が昔から大切にしているクマのぬいぐるみ!」
「正解よ。そんな貴方達に……」
ワタクシが手を置いている二人の肩から、パキパキと冷気が広がっていく。
「「いいっ!? まさか、中身は……!!」」
「今さら気付いても遅いのよ!! スノーオブジェクト!!」
「「あっ」」
真っ白に凍り付くフランチェスカとイブ。
それはまさしく、冬の風物詩とも呼ぶべき雪像ね……。
「アリシア様?」
「……っ!」
フランチェスカ達が凍らされた事に、きょとんとしている様子のグレイ。
「よっと」
グレイが着ぐるみの頭部を掴み、それをカポッと外す。
そうして顕になったワタクシの顔を見て、グレイはさらに驚いた顔を見せたわ。
「汗だくじゃないですか! もしかして、今日一日ずっと……?」
「ええ、そうよ……朝からずっと。貴方の後を追いかけていたの」
「へっ? なんでそんな事を……?」
「なんで、ですってぇ!?」
ワタクシは着ぐるみの手で、グレイの胸をぽかりと叩く。
「貴方が、貴方がワタクシを置いていくからじゃないっ! 起こしにも来てくれなくて、顔を見られなくて……うっ、うぅぅぅぅぅっ! ワタクシがどれだけ寂しかったか分かっているの!? うぇぇぇぇぇぇんっ!!」
「……すみません」
本当は分かっている。グレイは何も悪くない。
自分の休暇に何をしようと勝手だもの。
それなのに、こうして我儘を言ってしまう自分が嫌いよ。
グレイを困らせて、嫌われてしまったらどうすればいいの?
頭ではそう思っても涙が止まらない。
グレイの胸の中で、子供のように泣きじゃくってしまう。
「俺がバカでした。色々と不安でしたよね。あんな手紙じゃなく、ちゃんと直接伝えておくべきだったのに」
「ふぇ……手紙?」
「あれ? 机の上に置いておいたんですけど、読んでいませんか?」
「……」
そういえば今日は悪夢で目を覚ましてから、すぐにメイが来て。
グレイがいないと知ったワタクシは大慌てで……
「えへっ」
「えへっ、じゃないですよ。もう、だからこんな格好をしてまで」
「だって、だってだってだってぇ! グレイがいないのやだだったの! いやいやだったのぉ!」
「あはははっ、ありがとうございます。じゃあ、今日はこれからずっと一緒にいます」
「ほんと!? お風呂も一緒!?」
「……い、いいですよ。今日は自分も悪かったですし」
「じゃあ、夜も一緒に寝てくれる?」
「それは……」
「今夜は離れたくないの……! 昨日、怖い夢を見たから……」
グレイが何者かに奪われて、遠くへ行ってしまう。
そんな光景が、頭の片隅からずっと消えない。
「分かりました。私はアリシア様の騎士ですから。怖い夢なんて俺が退治してやります」
「わぁっ!? ありがとうグレイ!」
着ぐるみ越しにグレイに抱きつく。
うーん、やっぱりこのままじゃ駄目ね。グレイの感触が伝わってこない。
「まずはお風呂を先に済ませましょうか。汗を流したいでしょうし」
「うんっ!」
グレイと手を繋いで屋敷へと戻る。
ああ、やっとグレイと話せた。グレイと一緒にいられた。
「グレイ、あのね」
「はい?」
「……こんな面倒な女でごめんなさい」
「ええ、本当に面倒ですね」
「ひぅっ!?」
「でも、そこも可愛いんです。俺はアリシア様の全てが大好きですから」
「グレイ……♡」
ああ、神様。ワタクシ、こんなに幸せでいいのかしら?
「(結局、フランちゃってばこんな扱いじゃーん!!)」
「(解凍が済んだら、お風呂に乱入しましょう)」
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