第49話 浮気調査をするわよ!!【前編】

【???】


 あら? ここはどこかしら?

 さっきまでグレイと一緒にいたと思うのだけれど……


「グレイ……? どこなの?」


 ワタクシの最愛の人を呼ぶ。

 不思議ね。こうして名前を呼ぶだけで幸せな気持ちになれるなんて。

 ああ、彼が近くにいてくれればもっと幸せになれるのに。


「グレイ……あっ!」


 周囲を見渡していると、遠くにグレイの姿を見つける。

 ワタクシは急いで、グレイの元に駆け寄ろうとしたわ……でも。


「え?」


 グレイの隣には一人の少女が立っていた。

 顔はよく見えないけど、桃色の髪の……


「私は貴方のものです」


「うん。嬉しい」


「!?!?!?!?!?!?」


 どういう事なの!?

グレイがその少女をいきなり抱きしめて、あんな言葉を……!


「グレイ!! 違うでしょう!? 貴方はワタクシの……!」


 ワタクシは必死に叫ぶ。でも、グレイはこちらを見てくれない。

 それどころか、少女の手を握り……どこかへ行こうとしている。


「待って!! お願いよ! グレイ……!」


 どんどん遠ざかっていくグレイと少女。

 嫌、嫌よ……! ワタクシを置いていかないで!! ワタクシを一人にしないで!!


【オズリンド邸 アリシアの寝室】


「グレイ……!!」


 ガバッとワタクシは上半身を起こすようにして跳ね起きる。

 そして、未だにぼんやりとする意識の中……ここが自室のベッドだと気付く。


「はぁっ、はぁっ……今のは、夢?」


 肩で息をしながら、さっきまでの光景が悪夢だった事を知る。

 それと同時に、ワタクシは一気に安堵したわ。


「良かった……ふふっ、ワタクシとした事が、悪夢で目を覚ますなんて。恥ずかしいわ、ゲベゲベ」


「(スゴイウナサレテタネ)」


 隣に転がるゲベゲベを持ち上げ、ぎゅっと抱きしめる。

 そうよね。グレイがワタクシを置いていくなんてありえないわ。

 だって……きゅふふふっ、グレイとワタクシは相思相愛なんですもの!!


 コンコンコン。


「あっ」


 ほら、なんて考えていたらすぐにノックの音。

 もうっ! グレイったら、タイミングがバッチリすぎよ!

 偉いからちゅっちゅしてあげる。ほっぺに二回と首筋に一回。

 そうしたら今度はワタクシの方にも……


「失礼します」


「グレイ、ちゅー!」


「ふぇ!? アリシア様!?」


「…………あ?」


 ワタクシはベッドから飛び降りて、扉から入ってくるはずのグレイにちゅーをねだろうとしたわ。

 でも、部屋の中に入ってきたのはグレイじゃなくてメイドのメイ。


「メイ? どうして貴方が……? グレイはどうしたの?」


 いつもワタクシを起こしに来るのはグレイのはず。

 それなのにどうしてこの子が……


「その、グレイさんなら今日はおやすみです。アリシア様が昨日……継承戦で勝利したご褒美に休暇をあげるっておっしゃったとか」


「……そう、だけど」


 勿論、そんな事は覚えているわよ。

 でも、グレイは休日の日だって欠かさずにワタクシを起こしに来てくれるの。

 そしていつものように髪を梳いてくれて、朝食までの時間はベッドの上でいちゃいちゃちゅっちゅをして過ごすの。

 それがワタクシ達の一日を始める上で、絶対に必要なルーティーンなのよ!!


「まぁいいわ。メイ、グレイを呼んで来てちょうだい。休みとはいえ、ワタクシの世話を放棄するなんて許せないもの」


「あの、そうしたいのは……山々なんですけど。それは無理です」


「は?」


 この子は何を言っているの?

 ワタクシがグレイを呼んでと言っているのよ。

 ワタクシがグレイに会いたくて会いたくて震えているのよ。

 こんなにもちゅっちゅしたいと願っているのよ。

 それなのに、どうして……!!


「ア、アリシア様!! 魔力をお鎮めください! 凍りついてしまいます!!」


「なら、その前にグレイを呼びなさい」


「ですから、それが出来ないんです! グレイさんは屋敷にいませんので!」


「…………えっ」


 全身から漏れていた魔力の渦がピタリと止まる。

 グレイが……屋敷にいない?


「なんで?」


「いえ、私は理由までは……」


「なんでぇ……っ?」


「アリシア様?」


「なんでぐれいいないの? ワタクシにだまっていなくなってるの? やだやだやだやだぁ……グレイいないのやだぁ!」


 じんわりと両目に涙が溢れてくる。

 ダメ、泣いたら駄目よ。ワタクシはグレイの胸の中でしか泣かないと決めているの。

 でも、うぅっ……グレイがいないのやらぁ……」


「も、申し訳ございません!! 私ではお力になれそうに……その、失礼しました」


 こんな状態のワタクシを見ていられなくなったのか、メイは気まずそうに部屋を出ていく。こうして残ったのは……ワタクシだけ。


「…………」


 グレイはどこへ行ったのかしら。

 たまの休日くらい、羽根を伸ばしたいのは分かるけど……。

 せめて、行き先くらいは言って欲しかったわ。


「ねぇ、ゲベゲベ。貴方もそう思うでしょ?」


「(グレイナラケサキタヨ)」


「ワタクシに隠し事なんて許さないわよ、グレイ」


「(オテガミヲオイテイッタヨ。ツクエノウエニ)」


「でも、わざわざコソコソと出かけるなんて……まさか、浮気?」


「(トドカーナーイ。トドカーナーイ。コノオモイヲー)」


 脳裏に浮かぶのは、さっき見た悪夢。

 知らない女と一緒に、どこか遠くへ行ってしまうグレイの姿。


「……浮気なんて、だめぇ。グレイはワタクシのものなのぉ」


 こうなったら、どんな手を使ってでもグレイを見つけ出すわ!

 狩りに浮気をしていても、すぐに取り戻してやるだけよ。

 グレイはワタクシのもの! 誰にも渡したりしないんだからー!!


【王立騎士学校 練習場】


「ここが……グレイの居場所ね」


 あれから、ワタクシはありとあらゆる手を使ってグレイの居場所を突き止めたわ。

 使用人達全員を締め上げて聞き込みをした結果、グレイと仲の良いモリーとかいう掃除係が居場所を知っていたの。

 そして今、ワタクシは身を隠しながらグレイの姿を探しているわ。


「おわっ!? なんでこんなところにクマの着ぐるみがいるんだ!?」


「さぁ? 何かのイベントとか?」


 通りかかる騎士学校の関係者達も、ワタクシの正体には気付かない。

 そう、ワタクシは今……クマの着ぐるみ(等身大ゲベゲベ)の中に入っているの。

 最高級の素材で作られたこの着ぐるみはとても軽くて動きやすいし、多少熱が籠もってもワタクシは自分の魔力で冷却する事が可能。

 つまり、身を隠すのにこれほど最適な格好は無いのよ!!


「……さて、グレイはどこかしら」


 騎士学校の練習場に行くと言っていたそうだけど、姿は見えない。

 もしかしてガセ情報? だとしたら、あのモリーとかいう男には相応の……


「ありがとうございました、マインさん」


「いや、礼を言うのはこちらの方だ」


「!!」


 モリーをどのように抹殺するか考えていると、愛しいグレイの声が聞こえてきた。

 ああ、声だけでも格好いい♡ しゅき♡ しゅきしゅきしゅき♡


「……アレは?」


 声のする方向にコソコソ移動すると、グレイの姿を見つける。

 その隣に立っているのは……ファラの騎士であるマインだったわ。


「あんなにも激しい動き……堪らなかったぞ」


「あははは、俺もかなり苦労しましたよ」


「しかし、こんなにも【疲れる】とは……お前のスタミナは無尽蔵だな」


「いやいや、マインさんこそ凄いですよ。俺なんてもう汗だくですし」


 二人は笑いながら、そんな会話を交わしている。


「あんなにも激しい動き? こんなにも【突かれる】……ですってぇ!?」


 しかも二人とも汗だく……まさか!

 まさかこんなに朝早くから貴方達は、神聖なる学び舎で……!?


「ふっ、ふぎぎぎっ……! 落ち着くのよ、落ち着くのよワタクシ!」


 まだそうだと決まったわけじゃないもの。

 そうよ、きっとワタクシの勘違いに決まっている。


「しかし、本当に強いなグレイ。私をどれだけメロメロにするつもりだ?」


「いっ!? えっと、その……」


「ふふっ、いずれ……アリシア様からお前の心を奪いたいものだ」


 ……は?


「冗談はやめてくださいよ。じゃあ、俺は先を急ぐので」


「ああ、あの人との約束があるんだったな。じゃあ、またな」


 マインと分かれて、去っていくグレイ。

 そう、まだ誰かと会う予定なのね。

 それも気になるけど……その前に。


「ふっ、グレイはますます強くなっていく。私も負けないように修行を……む?」


「……」


「ク、クマの着ぐるみ!? なぜこんな場所に? だが、よく見ると……か、かわいい……」


「フリージング・シェル」


「ふぇ!?」


 ワタクシは魔法でマインを氷漬けにする。

 大丈夫。今日は日差しも強いし、死ぬ事はないから。


「さて、グレイを追いかけましょう」


 ワタクシはグレイを見失わないように、慌てて走っていく。

 その時、背後の方から……


「マインさん、グレイさんとの修行は終わりましたか? ジュースを買ってき……きゃああああああっ!? どうして凍ってるのー!?」


 ファラの叫び声が聞こえてきた気がするけど、気のせいよね。

 そんなことより、グレイの浮気調査を続けないと!





【アリシアにグレイの浮気相手と勘違いされて氷漬けにされる犠牲者の数……残り4人】

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