第51話 次なる標的が決まったわね
【オズリンド邸 ディランの書斎】
「グレイ、アリシア。改めて、継承戦の勝利……おめでとう」
継承戦での初勝利から数日後。
俺とアリシア様はディラン様の書斎に呼び出されていた。
「先日、正式にアリシアの勝利が認められ、継承順位も上がったそうだ」
「当然ですわ。それでお父様、ワタクシの順位は何位になりましたの?」
「え? グラントを倒したんだから24位じゃないんですか?」
継承順位が入れ替わるのならば、29位のアリシア様はそのまま24位に変わる。
そういうものだとばかり思っていたのだが。
「チッチッチッ、甘いねお兄さん。チョコフラペチーノのキャラメルトッピングより甘いよ!」
「ですが、グレイ君のキスの方がもっと甘いと思います。というわけでちゅー」
「「「…………」」」
一応、継承戦に関する話し合いという事で。
昨日から屋敷に泊まっているフランチェスカ様達も参加している。
しかしなぜか、椅子に座らず両人とも俺の左右にピッタリくっついているのだ。
「離れなさいフランチェスカ、イブ。また凍らされたいの?」
「いーやっ! 昨日は姉様、フランちゃんとイブのアタックの邪魔をしたでしょ!?」
「同盟時の契約では、私達からのアプローチは認められているはず。拒否出来るのはグレイ君だけですよ!」
「あらそう。じゃあ同盟は破棄するわ」
「待て待て、アリシア。ここでフランチェスカ達の力を失うのは惜しい。継承戦が始まった以上、味方は多いに越した事はないのだ」
秒で同盟破棄を決断したアリシア様だったが、ディラン様に諌められる。
「あの、じゃあ俺が拒むので離れてください」
「「ぶぅーっ!」」
「くっつくより、さっきの話の続きをお願いします」
「あっ、そうだったね。簡単に言うと、グラントとの継承戦の後に……自ら継承権を放棄した人達が続出したって事」
「え? どうしてですか?」
まだ継承戦は始まったばかりだというのに、辞退するなんて勿体ない気がするけど。
「グレイ、貴方ってば自覚がないの? ワタクシはてっきり、見せしめの意図もあると思っていたのに」
「はい?」
「ジータスの命乞いを遮って首をチョンパしたところとか、姉様と一緒にグラント入刀したところとかねー。周りはすっごく怖かったと思うよー?」
「ぶっちゃけグレイ君ではなければドン引きでした」
た、たしかにそう言われてみると。
あの時は殺意に意識が乗っ取られていたせいで、言動が少し危うかった気がする。
「騎士はともかく、継承戦に参加した候補者も殺された。命を賭けた継承戦を挑んでくる相手がいると知って、みんなが怖じ気付くのも無理ないって感じ?」
「うっ……!? アリシア様のイメージがまた下がってしまったのか……」
「そんなのどうだっていいわ。むしろ、余計なザコを相手にする必要が無くなってお得だもの」
アリシア様はそうおっしゃられるが、俺としては複雑な心境だ。
やっぱり惚れた女が周りからとやかく言われるのは気分が悪い。
「それで伯父様! 姉様は何位になったの!?」
「ああ。アリシアは本日付で皇位継承権19位となった。そしてその1つ下の順位であったフランチェスカは20位に繰り上がりだ」
「あら? 予想より低いわ」
「やったー! 何もしてないのに10位もランクが上がっちゃったー!」
「グレイ君ぎゅー!」
「あの、イブさん? なんで今、抱き着いてきたんですか?」
「いえ、この勢いならイケそうかなって」
何もイケそうじゃないと思うんですけど。
「お父様、上位陣に変動はありましたの?」
「死亡したグラント、そしてアリシアとフランチェスカを除く19位以下の者達がほとんどリタイアしたそうだ」
「という事は1位から18位に変動はないのか」
「上位は手強い相手だもの。あの程度でビビらないというわけね」
9位と10位の騎士、エドとオウガさんでもあの強さだ。
1位とかの金騎士はどれだけ凄いんだろうか。
「なぁに、焦る必要はない。11位から18位の者達は恐らく、10位以上の座を狙って上位同士で潰し合う筈だからな」
「数が減ってきたところでノーマークのワタクシ達がかっさらう。そういう作戦ですわね」
「いいえ、それは少し楽観的すぎるかと」
「あら、どうして?」
「潰し合いを待っている間に、アリシア様とフランチェスカ様のように同盟を組んで上位を狙う者達が現れるかもしれません。そうなれば後手に回る事になりますよ」
イブさんの指摘はもっともだ。
いざ上位を狙おうというタイミングで、連続して継承戦を挑まれでもしたらマズイ。
上位からの継承戦が断れない以上、一度でも負傷をしたら畳み込まれてしまう。
「逆にフランちゃん達の味方を増やして行かないとね」
「でも、こちらから勝負を持ちかけても相手にされるかどうか分からないわよ。グラントの場合は、ワタクシという餌があったから上手くいったけど」
「だーかーらー! このフランちゃんの出番ってわけだよー!」
ポンッと控えめな胸を叩いて、フランチェスカ様がニヤリと笑う。
自信がある、というよりは悪事を企んでいるような笑顔だ。
「各界に大勢のファンを持つフランちゃんなら、候補者達の裏事情を調べるなんて楽ちん楽ちん、おちんちんだもんね!」
「……人に取り入るのが得意な貴方らしいわ。それで、今のところ有益な情報を掴んでいるのかしら?」
「うんっ! イブに調べさせたんだけど、継承権15位の奴がちょーっと困っているみたいで。姉様との交渉次第では順位を奪えるかも」
15位。フランチェスカ様の話が本当ならば、これまた一気にランクアップ。
念願の10位へとかなり近付けるな。
「それで、その15位というのはどんな人なんですか?」
「うーん……人っていうか、龍っていうか」
「「龍?」」
俺とアリシア様は揃って、素っ頓狂な声を上げる。
え? これって継承候補者の話をしているん……だよな?
「もう、二人とも知らないの? 継承順位15位は……ドラガン・ワルゲルス。アーブ火山に生息する竜族達のリーダーだよ!」
竜族。亜人種の中でも最強の呼び声が高い屈強な種族。
その竜族が王位継承候補者の一人なのか。
「アーブ火山か。あそこは魔物も多く、危険な場所だと聞いておる」
「大丈夫だよ、伯父様。お兄さんもいるし、フランちゃん達も同行するから」
「お任せください。この命にかえても、グレイ君をお守りします!」
「いや、そこはアリシア様を守ってくださいよ」
「フランちゃんも守ってよー!!」
「えー……?」
「イブ!! アンタ最近ちょっと生意気が過ぎるんですけどぉ!?」
取っ組み合いをするフランチェスカ様とイブさん。
そんな二人を無視して、俺はアリシア様に訊ねる。
「アリシア様、どうします?」
「ま、いいんじゃない? 他にアテがあるわけでもないし……どの道、ワタクシ達より上の順位なら避けては通れない相手ですもの」
というわけで、俺達はフランチェスカ様の提案通りにアーブ火山へと向かう事になった。
そこでどんな試練が待ち受けているのか……俺達はまだ、何も知らない。
【アーブ火山 竜族の里】
燃えたぎるマグマが定期的に吹き出すアーブ火山。
その中腹に存在する竜族の里。さらにその中心にある一際大きな屋敷。
「スズハ、具合はどうだ?」
一人の若き竜族の男性が、ベッドに横たわる同族の少女へと声を掛ける。
「兄さん……ええ、今日は体調がいいの」
そう答える少女だが、その顔色は優れない。
額には汗が滲み、声にもまるで力が籠もっていない。
「無理をするな。また新しい医者を連れてくる」
「……もう、いいわ。ずっと昔から、こうなんだもの」
「諦めるな!! お前の病気はこの我が必ず治してやる!!」
「うっ……!! げほっ、げほっ……!」
「スズハ!!」
弱りきった妹の姿を見て、青年はうろたえる事しか出来ない。
今までに何度も、こんなやりとりを繰り返してきた。
変わっているのは、スズハがだんだんと弱っていっている事くらいだろう。
「ねぇ、兄さん……一つだけ、お願いがあるの」
「なんでも言え! 一つとは言わず、全て叶えてやる!!」
「あのね、私……死ぬ前に一度だけでいいから、結婚してみたかったの」
「結婚だと!?」
「うん。私を救いに来てくれた……ちょっぴり冴えない風貌だけど、とっても優しくて、それでいて芯のある強さを持っている若い人間の男の人……それも騎士がいいわ。うんっと強い騎士さん。もっと言うなら、普段は使用人として主人に尽くしている系の騎士がいいの。あと周囲の女の子からすごいモテモテだとさらにグッドよ。ああ、でもそんな人がこの世にいるわけがないわよね……」
「この兄に任せるがいい、スズハ!! 我が必ず、その条件に合う男を見つけ出し、お前と結婚させてやろう!!」
「ああ、ありがとう兄さん……けほっ、けほけほっ」
ほんの少し笑みを見せた後、口から血を吐くスズハ。
それは、彼女の命が残りわずかである事を示していた。
「……待っていろ、お前は我のたった一人の家族だ」
青年――ドラガン・ワルゲルスは屋敷を飛び出す。
最愛の妹が口にした条件。それに当てはまる男を必ず見つけ出してみせる。
たとえ、その可能性が――限りなく低いとしても。
限りなくゼロだとしても!!!!!!!!!!!!!!!
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