第31話 騎士になれた貴方へのご褒美よ
【オズリンド邸 廊下】
「ふぅ……昨晩は酷い目に遭ったな」
ちゅっちゅモンスターに襲われた後、俺は気が付くと自分の部屋のベッドにいた。
恐らくだが、モリーさんがいつものように俺を運んでくれたのだろう。
今度お礼に、主任さん(29歳左手の薬指が寂しいというアピールをよくする)を紹介しようっと……
「さて、トイレに行ったらアリシア様を起こしに行かないと」
俺はこみ上げる尿意に震えつつ、小走り気味にトイレへと向かう。
そして、男性用トイレの扉を開こうとしたところで……反対側の女性トイレの扉が開いた。
「「あっ!」」
出てきたのはなんと、マインさんだった。
そういえば、アリシア様に泊まっていくように言われていたんだっけ。
「あ、その……マインさん」
「……」
ヤバい、これは気まずい。
かと言って、目が合った以上は無視するわけにもいかないし。
「お腹はもう大丈夫ですか?」
とりあえず、昨日のダメージを心配して……
「ち、違うっ!! 私は大きい方ではなく、小さい方を……!」
「へっ?」
「……えっ」
マインさんの反応を見て、俺はようやく気付く。
そうだよな。トイレから出てきたばかりの人にお腹は大丈夫かと訊ねたら、それはもう完全にアレの事だと思われる。
「……何をやっているんだ俺は」
しかも女性にそんな失礼な質問をしてしまうとは。
俺は失意のあまり、その場でガクリと崩れ落ちる。
「……ぷっ、くくくっ。なんだその顔は? そこまで気にするような事か?」
「マインさん……?」
俺が顔を上げてみると、そこではマインさんがクスクスと笑っている。
あれ? 昨日までのトゲっちい感じが……ない?
「ほら、手を貸そう。お前の方こそ、トイレに用事があったのだろう?」
「は、はい……では」
俺は腑に落ちないながらも、尿意には抗えずトイレに入る。
そして、しゃーっと出すものを出してから、手をしっかりと洗う。
それから再び廊下へ出ると……
「ほう、戦いの動きも速いが……まさか排便もこれほどのスピードとは」
「いやいやいや! 出したのはおしっこですよ!!」
「フッ、冗談だ」
さっきの仕返しのつもりだろうか。
マインさんはイタズラっぽく笑みをこぼす。
「それと……」
その後、すぅーっと息を大きく吸い込むと……意を決したように口を開く。
「……グレイ・レッカー。許される事ではないと分かってはいるが、これまでのお前に対する非礼……それを謝罪させて欲しい」
そう言って、マインさんは地面に膝を突いて土下座の格好を取ろうとする。
しかしそれは、俺が寸前のところで引き止めた。
「やめてください! 別にそんなに気にしていませんから!」
「だが、それでは!」
「むしろ、謝られた方が俺は嫌な気分になります。ですから、ね?」
「……優しいんだな、お前は」
ようやく納得してくれたらしいマインさんが立ち上がる。
これで俺も一安心、なのだけど……。
彼女は一晩でこんな風に態度を変えるなんて、一体何があったんだ?
「グレイ・レッカー、私は……」
「グレイでいいですよ。俺、あまり名字が好きじゃないので」
あのクソ親父と血の繋がりあるという事を、あまり考えたくないし。
「そうか。ではグレイ……1つ、聞かせて欲しい」
「なんでしょう?」
「……私の剣は弱かったか? なぜあんなにも容易く、私を打ち破れた?」
じぃっと俺の瞳を見つめ、真剣な面持ちで訊ねてくるマインさん。
これは素直に答えるしかないな。
「あまり言いたくなかったんですけど、ハッキリ言いますね」
「……よろしく頼む」
「貴方は俺を侮り過ぎですよ」
「っ!!」
「だって、あの十字切り……エドム教官に見せた技じゃないですか」
「……ほぇ?」
そう、例の入学試験の日。
俺の直前に教官と戦った彼女は、長い戦いの中であの技を何度も繰り出していた。
「しかも、技を使う前の掛け声が毎回同じでした。だから俺は貴方の姿を一度見失っても、次に来る攻撃を予想出来たんです」
「な、なっ……!!」
信じられない、と言った顔でマインさんが目を見開く。
正直、そこまで驚く事かな?
「あれじゃあ相手に「今から十字切りするぞ!」って宣言しているようなものですし」
「うっ……!!」
羞恥でマインさんの顔がみるみる赤くなっていく。
おっと、いけない。俺が本当に言いたかったのはこんな指摘じゃなくて……
「でも、逆に言えばそれが勝敗を分けました。もしも貴方が違う戦法を取って、俺の知らない技を使っていれば……結果は逆だったかもしれません」
「なん……だと?」
「ぶっちゃけヒヤヒヤでしたよ。貴方の高速の抜き足は俺には到底真似出来ませんし、柔らかな体から繰り出される鋭い剣筋にもゾッとしました」
「あ、え、うっ……?」
「女性の強みを巧みに活かしていて凄いですよ。俺の剣にも取り入れられる部分があると思うので、今度詳しく話を聞かせてくれませんか?」
「…………」
俺は素直な心のままに、マインさんにお願いをする。
だけど、いくらなんでもいきなりすぎただろうか?
「はははっ、そうか。お前にとっては、私が女である事が……強みに見えたんだな」
「え? だって、実際にそれで強いわけで……」
「女が騎士になろうとする事を、おかしいとは思わないのか?」
「なんでですか?」
俺は思わず、素早く聞き返していた。
だって、さっきからマインさんの言葉が意味不明過ぎる。
「むしろ、有利な部分も多いと思いますけど。ほら、女性の騎士なら令嬢も安心して警護を任せられそうですし!」
そうすれば令嬢がちゅっちゅモンスターと化する事も減るはずだ!
ああ、なんて素晴らしいのだろう。
「……そんな風に言ってくれたのは、お前が初めてだよグレイ」
マインさんは俺から顔を背けるように、くるりと反対側を向く。
「私は男よりも上になる事ばかり目指していた。私の強さを認めてくれた人も、男を超える事が出来ると……褒めてくれた」
「……?」
「だが、私には私の……騎士としての在り方がある。それをお前は教えてくれた」
そのまま彼女は、俺から離れるように廊下を歩いて行く。
だけど、その途中で一度だけ立ち止まり。
屈託のない、実に晴れやかな笑顔で……俺の方へと振り返る。
「ありがとう、グレイ! 私は一転して、お前の事が大好きになったぞ!」
「……はい。俺も、マインさんと仲良くなれて嬉しいです!」
「ふふっ、じゃあな! これからは同じ騎士見習い同士、また近い内に顔を合わせるだろう!」
「ははっ! その時を楽しみにしていますよ」
手を降って去っていくマインさんに、俺も手を振って返す。
良かった。
俺の何が力になれたのかは分からないけど……彼女が笑うようになってくれて、俺もすごく嬉しい。
「マインさん……か」
きっと彼女はこれから先、もっともっと強くなる。
だから俺もマインさんに負けないくらいに……今よりも強くならないとな。
「さて、じゃあアリシア様を起こしに……」
「……あら、ワタクシならここよ?」
「ほぁ?」
ギギギギッと、機械のように俺は首を後ろへと回す。
するとそこには……ニッコリと邪悪な笑みを貼り付けたアリシア様の姿がある。
「今朝は起こしに来るのが随分と遅いと思ったら……なに? こんな場所でコソコソと浮気? 信じられないわね」
「浮気ぃ!? いやいや、そんなわけ……!!」
「『お前の事が大好きになったぞ!』……なんて言われていたのに?」
「それは、仲間とかライバル的な意味かと……!!」
「……まぁ、今はそういう事にしておいてあげる」
俺の説得がなんとか通じたのか、アリシア様の表情が和らいでいく。
危なかった。一歩間違えば、またちゅっちゅモンスターに襲われるところだったぞ。
「グレイ、昨日は本当にお疲れ様。見事な戦いぶりだったわよ」
「あ、ありがとうございます」
「それでね。貴方が昨晩、『なぜか意識を失っている』間に……お父様に、とある許可を頂いておいたの」
「とある許可?」
『なぜか意識を失っている』の部分にツッコミそうになったが、それよりも引っかかった部分について俺は訊ねる。
その途端、アリシア様は俺の耳元にそっと唇を近付けてきた。
そして、脳を溶かし尽くすような甘ったるい声で……ボソボソと囁く。
「これから一泊二日。ワタクシと貴方だけで……温泉旅行に行くのよ」
「おっ、温泉旅行ぉぉぉぉっ!?」
早朝のオズリンド邸。
庭木の上で奏でられる小鳥達のさえずりをかき消すように……
俺の興奮に満ちた絶叫が響き渡るのであった。
【ネクストチャプターズヒント!】
・二人きりの混浴♡
・布団はなぜか一組だけ♡
・のぼせて火照ったカラダ♡
・はだける浴衣♡
・お願い、灯りは消して……♡
・あっ、そこは……ダメよ♡
・フランチェスカとイブ(乱入クエスト)
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