第23話 さぁ、生まれ変わりなさいな

【王都リユニオール 城下町の服飾店】


 ちゅっちゅモンスターの猛攻になんとか耐えきった俺は、フラフラとおぼつかない足で店の奥へと進む。

 するとそこでは、アリシア様とファラ様が新しい衣装の試着を行っていた。


「すごい……! こんなにも綺麗なドレスを着たのは初めてです!」


 先程まで着ていた地味な装飾のドレスとは異なり、今のファラ様が着ているのは華やかながらも派手すぎないデザインのもの。

 純朴なイメージを放つファラ様にはピッタリだ。


「よく似合っているわよ。グレイ、貴方もそう思うでしょう?」


「ええ。ファラ様、不躾にも見惚れてしまった事をお許しください」


「そんな……! わ、私なんて……えへへへ」


 照れて両手をパタパタ振りながらも、やはり嬉しいのだろう。

 ファラ様の顔はだらしなく緩んでいる。


「……むむむむむ」


「いや、あの……?」


 一方でアリシア様の顔が嫉妬で染まり始める。

 いかん。こちらもちゃんと褒めておかないと!


「アリシア様、その衣装はやめておかれては?」


「あら? どうして?」


「これ以上、アリシア様の魅力が引き立ってしまっては……私はお側にいるのが辛くて仕方ありません。あまりの美しさに、かえって目の毒でございますから」


「……んふっ、貴方は本当にしょうがない使用人ね」


 慌てて褒めちぎる俺の言葉(嘘ではなく本音)に、気を良くしたらしく。

 アリシア様は得意げな表情を浮かべた後、店長にそっと耳打ちする。


「新作は全て購入するわ。それと……例のグレイ悩殺用、特製ネグリジェもね」


「ありがとうございます。きっと破壊力抜群だと思いますよ」


「「フフフフ……」」


「な、なんだぁ……!?」


 なぜかアリシア様と店長がドス黒い瞳で俺を見つめ、不敵な笑みを浮かべている。

 なんだか良く分からないが、ものすごい身の危険を感じるぞ。


「あ、あの! じゃあ、私もこのドレスを……!」


「それなら、ワタクシの会計と一緒に済ませてちょうだい」


「はい、かしこまりました」


「えっ!? アリシアさん、それは……!」


「勘違いしないで。一々、会計を分けるのも面倒でしょう? それに、この程度のドレスをプレゼントしたところで……大した金額じゃないもの」


 ドレスの購入を決意したファラ様に、そのドレスをプレゼントする太っ腹……


「……ギロッ」

 

ではなく、ウエストマイナス3cmのスリムなアリシア様。

 しかし、いくら貴族であるとはいえ、これはかなりの高額な品物だ。

 ファラ様が困った顔で、俺の方をチラリと見てきたので……


「アリシア様はこう仰っしゃりたいんですよ。『友情の証に貴方へドレスを贈るわ。貴方に喜んで貰えるのなら、このくらいは安い買い物ね』……と」


「!!」


 俺の解説を受けたファラ様は、瞳を輝かせる。

 心底嬉しくて仕方がないといった様子で、どこか熱の入った……いや、なんというか。


「ぽーっ……」


 ちょっと危うい印象を受けるのは俺だけだろうか。


「グレイ……!!」


「本当に素直じゃありませんね、アリシア様は」


 なんにしても、俺の役目は通訳係。

 ちゃんと誤解のないように説明しておかないとな。


「ふん、まぁいいわ。それじゃあ、ここでの買い物は切り上げて……次はサロンに向かうわよ」


「サロン……ですか?」


「ええ。格好は良くなっても、その微妙な髪型とメイクをどうにかしないとね」


 そしてアリシア様は次に、サロンへ向かう事を提案する。

 そこもまた、この店と同様にアリシア様が贔屓にしている店だ。


「言ったでしょう? 今日は貴方に魔法をかけてあげるって。やるからには徹底的にしないと気が済まないわ」


「…………きゅんっ」


 男前なアリシア様の言葉を聞いたファラ様の両目にハートが浮かぶ。

 アリシア様の魅力が伝わるのは嬉しいが、本当に大丈夫……なんだろうか。


【王都リユニオール とある美容サロン】


「あらぁ、アリシアちゃんじゃなぁい!」


 サロンに入店するなり、この店の主人が俺達を出迎えてくれた。

 なぜか上裸にエプロン。肌色の露出部分が激しい……オーガを思わせるほどの筋骨隆々のスキンヘッド男性。

 さらに、トレードマークでもあるイカついサングラスと顎に蓄えたダンディな髭の存在が彼のワイルドさに拍車をかけている。


「……今日は友人も一緒なのだけれど、お願い出来るかしら?」


「そうなのぉ? 初めましてぇ、マリリーでぇーす」


「ひっ……!?」


 ファラ様はマリリーさんの挨拶で、怯えたようにアリシア様の背後に隠れる。

 それを見た彼は、ニヤリと口角をつり上げた。


「へぇ? これはまた磨けば光りそうな子ねぇ。アリシアちゃん……悪いけど、今日はこの子にのみ、持てる力の全てを出させて貰うわよ?」


「構わないわ。それに、今のワタクシのメイクとヘアセットは……専属の使用人にしか任せていないもの」


「あらぁ~! 妬けちゃう! こんな未熟者の弟子にアリシアちゃんを奪われちゃうなんて!!」


 そう言ってマリリーさんは俺の背中を物凄い怪力(決して彼の全力ではない)でバシンバシンと叩いてくる。


「へ……? アリシアさんのメイクは、そこの使用人さんが?」


「そうよ。最初の頃は下手すぎて、とても部屋から出られない有様だったけど」


「アリシアちゃんの命令で、この店に修行に来たのよねぇ。手取り足取り、みっちりとアタシの技術を叩き込んであげたんだからぁ」


「その節はどうも。ですが、俺の力ではまだまだアリシア様の魅力を全て引き出す事は出来ません。なので、また近いうちに稽古をお願いします」


「こひゅっ……!?(ああもう無理。グレイしゅき。しゅきしゅきびんびんまるだわ。屋敷に戻ったらもう一度ちゅっちゅの刑ね)」


「きゃあああああっ! グレイちゃんってば、本当にアリシアちゃんの事がだぁいすきなのねぇ! んもうっ! 熱くて大胸筋がピクピクしちゃうっ!」


 とまぁ、そういう感じでマリリーさんと談笑をした後。

 ポカーンとしているファラさんへ、ヘアセットとメイクが施される事になった。



【数分後 マリリーのヘア&メイクサロン】



「おらおらおらぁぁぁぁっ! 美しく生まれ変わりやがれ! 以前の微妙な自分は死ねよやぁぁぁぁぁぁっ!!」


「あひぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


「動くんじゃねぇぇぇぇぇぇっ! メイクは命懸けだ! 微塵も気を抜いたらぶっ殺すぞごるぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 凄まじい剣幕でファラ様へメイクを施し始めるマリリーさん。

 その圧倒的なオーラに気圧され、ファラ様は悲鳴を上げるばかり。


「……腕は凄いのに、コレのせいで店が流行らないのよね」


「あはは……貴族が相手でも物怖じしないのは凄いですけど」


 一般的な貴族が客なら、一発で大問題になるからな。

 『最高の品を提供する店ならば客に媚びる必要はない』という考えを持つアリシア様だからこそ、この店を気に入っているわけだ。


「ワタクシにはもうグレイがいるから、この店を利用する機会はほぼない。だからこそ、代わりにファラが常連になってくれればいいと思ったんだけど」


「……最後まで耐えられますかね?」


「ま、無理だった場合はリムリスを送り込むわ。あの子ならきっと、罵倒されながらのヘアメイクはご褒美だろうし」


「あー、なるほど」


 恍惚の表情で体を震わせているリムリス様の顔は簡単に思い浮かぶ。

 それはそれでマリリーさんが、集中出来ないとブチギレそうだが。


「ところで、例の話はいつ切り出すんです?」


 リムリス様の話題で、俺は今回の目的を思い出す。

 彼女とファラ様の和解の為にも、色々と話を聞かなければならない。


「まだ慌てる必要はないわ。まずはあの子との約束を果たさないと」


「ええ。アリシア様のように、誰もが振り返るほどの素敵なご令嬢へと変身させてあげませんとね」


「……むすぅ。だからって、惚れたりしたら許さないわよ?」


「要らぬ心配ですよ。俺の心はすでに、アリシア様に奪い尽くされていますので」


「っ!!」


 最近になって思う事がある。

 俺は昔から、思った事はハッキリと口に出してしまうタイプなのだが。

 それを長所だと言ってくれる人もいるが、よくよく考えてみると……


「……ちゅっ」


「あっ」


 この正直な口のせいで、俺は損ばかりしているのかもしれないと。


「ちゅ、ちゅちゅ……! んちゅぅ……!」


「アリシア様!? 腕を引っ張らないで……そんな、そこはトイレで……あっ、首に吸い付くのは……んっ、んぁっ、あひゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 え? これはむしろ得だろって?

 そうかな……?

 いや、そうかも……。

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