第22話 ワタクシにデレた貴方が悪いんですのよ?


【王都リユニオール 城下町の服飾店】


 アリシア様が贔屓にされているドレスの仕立て屋。

 俺も何度か足を運んだ事があるのだが、この店はいつも異様なまでの緊張感に包まれている。


「いらっしゃいませ! アリシア様のご来店を従業員一同、心待ちにしておりました」


 店の扉を開くなり、女性の従業員達全員が整列してアリシア様と俺達を歓迎する。

 誰一人として寸分の狂いも見せないプロ根性は実に見事だ。


「……そんなにかしこまらなくても構わないわ。普段通りに接客してちょうだい」


「とんでもございませんっ! アリシア様は当店にとって、最上級のVIPですので!」


「そう、まぁいいわ。それよりも、今月の新作を見せて貰える?」


「はいっ! 少々お待ちくださいませ!」


 実際、王都の中でも隅の方に位置するこのお店の生命線はアリシア様だろう。

 彼女が毎月のようにドレスや衣装を購入する事で、平均的な平民が数年は遊んで暮らせる金が動くのだから。


「ふわぁ……すっごい。私、こんなにオシャレなお店に来るのは初めてです」


 アリシア様の後ろから続いたファラ様は、店内を見渡しながら感嘆の声を漏らす。


「それはそうよ。この店は昔からワタクシが徹底的に教育してきたんだもの」


「教育……自分好みにという意味ですか?」


「いいえ、違うわ。常に流行の最先端を調査し、今は何が売れるのか。これからは何が売れるのかを見極め、その流行をいち早く取り入れるという教育よ」


 アリシア様はそう説明して、入り口の傍で飾られているドレスに手を添える。


「客は店のブランドに流されるだけじゃダメ。ブランドも中身を見ない馬鹿な客に甘えて努力を怠ってはいけない。店が客の為に苦心して生み出した最高の品だからこそ、ワタクシはそれに見合った金額を支払うの」


 一流のデザイナーが、自分の名前ならどんな服を作って売れるからと……その仕事に手を抜いたり、客を顧みない品を作ったりする事は多いのだという。

 アリシア様はそんな悪習を絶対に許せないタイプというわけだ。


「もしもそれが出来なくなったのなら……ワタクシはもうこの店を利用しない。ただそれだけの話だわ」


「か、かっこいい……」


「ワタクシが気に入ったデザインなら、たとえ新人が作った衣装でも言い値で買うわ。ファラ、貴方も淑女なら……自分で自分の審美眼を養いなさい」


「はい……」


 ファラ様は胸の前で両手を重ね合わせ、恍惚とした表情でアリシア様を見つめる。

 たしかに男の俺から見ても、今のアリシア様には憧れたくなっちゃいそうだ。


「アリシア様、お待たせしました! 試着の準備が整いましたので……おや、そちらの方は?」


「友人のファラよ。彼女にも何着か、ドレスを見繕う予定よ」


「左様でございましたか! ファラ様にも当店をお気に召して頂きますよう、精一杯に努力致します!」


「よ、よろしくお願いしまひゅ……」


「ふふっ、最初に採寸から行いましょうか」


「ああ、店長。ワタクシも今日は採寸をお願いするわ。胸が前よりもキツくなって、ウエストが細くなった事を……どこかの誰かさんに証明したいのよ」


 そう言って、アリシア様がギロリと俺を睨む。

 いやはや、さっきの事をまだ根に持っているようだ。


「かしこまりました。では、お二人ともこちらへどうぞ」


 店長に連れられていくアリシア様とファラ様。

 男の俺は当然付いていけないので、とりあえず邪魔にならなそうな場所で待機しておく事にした。


「先輩……アレが噂の【氷結令嬢】ですか?」


「ええ、そうよ。あの方のご機嫌を損ねたら、この店は終わりなんだから気を付けなさい」


「こわぁ……」


 待っていると、店の隅から店員同士のヒソヒソ声が聞こえてくる。

 どうやら、こんな場所にもアリシア様の悪名は轟いているらしい。


「あっちの優しそうなご令嬢が常連になってくれればいいのに」


「そうなれば嬉しいけどね。でも、店長が言うには……あの【氷結令嬢】のおかげで、あれほどの腕前になれたんだってさ」


「えー? 嘘でしょ? それは店長の元々の才能ですってば」


「私もそう思うけど……」


 好き勝手言っている店員二人。

 さて、どうしたものか。

アリシア様がいない場所で問題を起こすわけにもいかないが、かといってあんなふざけた態度を見逃すなんてもってのほかだ。


「…………」


 無駄口を叩いている店員を一瞥し、警告しに行こうとした……その時。


「貴方たち、ちょっと裏に来てもらえる?」


「「あっ、主任!」」


「少しお話があるの」


 二人の後ろからやってきた主任さん(29歳独身)が、二人の店員を従業員専用のスペースへと連れて行く。

 その最中、主任さん(29歳・5年付き合った彼氏と別れたばかり)が、俺の方を振り向き、パチンとウインクをしてきた。


「……いい人だよなぁ」


 何度も店に足を運べば、主任さん(29歳・趣味は飼い猫と遊ぶ事)のように顔なじみの従業員は増えてくる。

 中でも店長と主任さん(29歳・得意料理は里芋の煮っ転がし)は、アリシア様の厳しい指導を耐え抜いてきた実績もあってか。

 アリシア様の噂を鵜呑みにするような真似はせず、彼女への敬意を忘れない……素晴らしい人達だ。


「この前、フリーの男を紹介してくれと頼まれたし。モリーさんと食事の場をセッティングしよう」


 モリーさんはロリコンである点を除けばかなりの優良物件だからな。

 顔もいいし、性格も明るく優しい。うん、きっとお似合いだろう。


「グレイ、ちょっと来てもらえる?」


「あ、はいっ!」


 なんて考えていると、アリシア様からお呼びがかかった。

 俺は急いで、彼女の方へと向かう。


「ほら、見てみなさい! バストは4cmもアップ! ウエストも3cm減っているわ!」


 俺が到着するなり、得意げな顔でツーサイズの書かれた紙を見せてくるアリシア様。

 え? なぜツーサイズなのかって?

 だって紙の下半分が無惨に破り取られているんだもんよ。


「……ヒップはどうでしたか?」


「…………」


「ヒップのサイズを教えてください」


「グレイ、ヒップは関係ないでしょう? 大切なのはワタクシの胸が大きくなって、ウエストが絞られたという事実だけよ」


「アリシア様の、豊満なお尻の、サイズを、お教えください」


「…………これ」


「はい。確認します」


 渋々と言った様子で、アリシア様が俺に破り取った紙の残りを見せる。

 あー……なるほど。やはりとは思ったが、これはまぁ。


「以前の来店時より5cmも増えていますね」


「……あぅっ! お願い、嫌いにならないでぇ……」


 ジワっとアリシア様の瞳に涙が浮かび始める。

 そんな彼女に対し、俺は首を左右に振る事で……その懸念を否定した。


「嫌いになんてなるはずがないでしょう? ウエストを減らして、バストとヒップを増やすなんて……実に素晴らしいですよ」


「……ほんと?」


「はい。俺は大きい胸とお尻が好きです。それが特にアリシア様のものなら」


「ああ、グレイ。嬉しい……!」


 俺の返答に満足したらしいアリシア様は、ニヘラと表情を緩める。

 あー……たまんねぇ。

 こんなにも可愛い女の人、この世界中のどこを探しても見つからないだろうな。


「ちゅっ……ちゅちゅ……」


「うん?」


 って、よく見るとアリシア様の目が座っている。

 マズイ! こんな場所で甘えん坊ちゅっちゅモードになる気か!?

 それはあまりにも危険過ぎる!!


「いけません、アリシア様!」


「ちゅぅーっ……」


 ジリジリとにじり寄りながら、俺を壁際へと追い詰めてくるアリシア様。

 こうなったアリシア様は俺の頬に数十回ものキスをして満足するまで元には戻らないというのに!


「こ、こうなったら!」


「ちゅ?」


 俺はアリシア様の手を引き、近くの更衣室の中へと連れ込む。

 と、次の瞬間……角の方から二人の声が聞こえてきた。


「あら? アリシアさんがいなくなっちゃいました」


「おかしいですね。たしかにこちらに向かわれたと……」


 ファラ様と店長だ!

 危なかった。間一髪、姿を見られる事は無かったらしい。


「でも、問題は……ふむぐっ!?」


 気を抜いたのも束の間、アリシア様の両手が俺の顔をガッチリとホールド。

 そしてそのまま彼女は、すぼめた唇を俺の頬へと近付け……


「ちゅちゅちゅちゅちゅ~~~っ!!」


「~~~~~~~っ!?」


 声が漏れないように、俺は必死に堪える。

 だが、それでもキツイ。密着したアリシア様は、サイズアップした胸をこれでもかと押し付け……あっ、ダメ。耳たぶカリカリは……あひぃぃぃっ!?


「ぺろぺろちゅっちゅ、ちろちろかりかり……」


「あっ、あっ、あっ、あっ、あ~~~~~っ!?」


【数分後 城下町の服飾店】


「あっ、アリシアさん! 試着室にいたんですね!」


「あら、ワタクシを探していたの? ごめんなさいね」


 試着室から出てきたアリシアを見つけ、嬉しそうに近寄るファラ。

 そして彼女はすぐに、アリシアの異変に気付く。


「あれれ? なんだかアリシアさん、さっきよりもお肌のツヤが……」


「そう? 気のせいじゃないかしら?」


「いいえ、私には分かります! 数分前より、絶対にお綺麗になっています!」


「ふふ、おだてても何も出ないわよ。それよりも、早く試着に移りましょう」


「はいっ!」


 並んで店の奥へと戻っていく二人。

 しかし、そんな睦まじい光景の裏……カーテンに閉ざされた試着室の中で。


「じ、じぬぅ…………」


 アリシアの激しい責めで足腰が立たなくなっているグレイがいるのだが。

 幸いにも、誰にも気付かれずに済んだのであった。


※一線は越えていませんのでご安心くださいませ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る