第21話 あらあら、可愛い負け犬だこと


【オズリンド邸 応接室】


「ファラと仲直りしたい……ですって?」


「……うん」


 平民から貴族になる方法について。

 アリシア様とじっくり話し合いたい気持ちを堪え、リムリス様の要望を訊ねてみた結果……返ってきたのはそんな答えだった。


「あの件についてはアタシも悪かったと思うしさ。だから……」


「無理。ワタクシに出来る事は何もないわ。さぁ、お帰りはあちらよ」


「諦めるの早くないっ!?」


 まるで羽虫を追い払うような仕草でシッシッと、手を振るアリシア様。

 うーん。これも照れ隠しではなく、本気で嫌がっている様子だ。


「そもそも貴方、どういう神経しているわけ? 貴方が今まで、ワタクシにどんな事をしてきたか……忘れたわけじゃないでしょう?」


「ふぎゅっ……!? そ、それは……」


「いえ、ワタクシへの陰口や暴言なんてどうでもいいわ。何よりも一番許せないのは……!」


 アリシア様は震えるリムリス様の胸ぐらを右手で掴み、ギリギリと締め上げる。

 そして、すっかり怯えきったリムリス様を睨みつけながら吠える。


「よくも……! よくもワタクシのグレイを貧乏くさいと馬鹿にしてくれたわね!」


「えっ!? そっちぃっ!? そんな冴えない平民使用人のどこが……ひぃっ!?」


「ふ、ふふふっ……殺してやるわ。いますぐこの場でぶっ殺してあげる」


「あ、ああっ、わぅっ……!?」


「全身の皮を剥いでから、ありとあらゆる内蔵をグチャグチャに砕き潰して、えぐり出した貴方の双眸の前にばら撒いてあげる……!」


「どうどうどう。アリシア様、落ち着いてください」


 負のオーラを全身から迸らせるアリシア様の背中をポンポンと叩く。

 すると途端に、彼女はケロッとは態度を一変させる。


「だってぇ……! この負け犬がワタクシのグレイを……!」


「きゃぅーん……」


 恐怖のあまり、白目を剥いて口から泡を吹いているリムリス様をゆさゆさと揺らしながらアリシア様は拗ねたように唇を尖らせる。


「お気持ちは嬉しいですが、俺は気にしていませんよ。むしろ俺は、アリシア様の悪口を言われた方がムカつきます」


「あっ、ずるいわ! ワタクシも同じなのよ?」


 自分の事よりも大切な誰かの悪口が許せない。

 それは俺も、アリシア様も一緒の価値観である。 

 そうした感性の一致の一つ一つが、なんだか嬉しいな。


「はが、がががが……はぁっ!? あ、あたしってば何を!?」


「チッ、だから……いつもいい雰囲気で邪魔をして」


 アリシア様は意識を取り戻したリムリス様を椅子の上に突き飛ばすと、不愉快そうに自分も元の椅子へと腰掛けた。


「リムリス、二度とグレイの悪口を言わないで。もし、それを破ったら……」


「は、はいっ! 分かったわ! それはもう十二分に!」


「……謝罪」


「そそ、そうよね! そこのよく見ると凄く優しそうで格好いい使用人! さっきは無礼な事を言って申し訳ありませんでしたぁーっ!」


 テーブルに額を擦りつけながら、俺への謝罪を声にするリムリス様。

 笑っちゃいけないんだが、その必死さに思わず吹き出しそうになる。


「ふふっ、気にしないでください。別に怒っていませんので」


「あ、ありがと! どう、アリシア? これで……」


「あ? 何をワタクシのグレイに色目を使っているの? 殺されたいわけ?」


「あばばばばばばばっ……!?」


「……アリシア様。リムリス様で遊ぶのはやめてください」


「あら? やっぱり貴方にはバレバレだったわね。くすっ……ごめんなさい」

 

 俺から見ればアリシア様が怒っていない事など一目瞭然であったが、普段から【氷結令嬢】呼ばわりしていたリムリス様からすれとても恐ろしかっただろうな。


「でも、ケジメは大事でしょう? それに、ここでしっかりと序列を弁えさせておかないと……負け犬の分際で調子に乗っちゃうじゃない」


 アリシア様は震えるリムリス様の顎に手を置き、クイッと顔を上げさせる。

 そして、その真紅の瞳で見下ろしながら……口を開く。


「いいわ、リムリス。貴方の望み通り、ファラと仲直りする為の機会をあげる」


「ほ、本当にいいの!?」


「ええ、ただし……1つだけ条件があるわ」


「条件……?」


「全てが終わって、貴方の家を救う事が出来た暁には……ワタクシとグレイの未来の為に働いて貰うわよ」


「分かったわよ。その程度なら……」


「リムリス、違うでしょう? 飼い犬がご主人様にする返事は……?」


 そう言って、アリシア様はリムリス様の眼前に手のひらを差し出す。

 その意図を理解したらしいリムリス様は、苦悶の表情を浮かべたが……やがて、他に頼る相手がいないと諦めたのか。

 プルプルと震える手を、アリシア様の手の上に乗せた。


「……わんっ!」


「いい子ね。ワタクシ、あまり犬は好きじゃないんだけど……従順な飼い犬は可愛がるタイプなの。よーく覚えておいて」


「わうっ、わうわうーん!」


 もはやヤケクソなのか、涙目で犬の真似をするリムリス様。

 かつての自分の振る舞いが原因とはいえ、なんと哀れな姿だろうか。


「おーう……」


 ほんのちょっぴり、アリシア様のドSっぷりに面食らっていると。

 それに気付いたアリシア様が違う違うと、首を左右に振ってきた。


「グレイ、安心して。ワタクシも悪意でこんな事をしているわけじゃないの」


「え? と、いいますと……?」


「……リムリスはね。昔から、こういうのが好きなのよ」


 言われて、俺はリムリス様の方へ視線を向け直す。

 するとそこには、さっきまで不快そうに泣いていたリムリス様の姿はなく……


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……なんで? こんなに悔しいのに、体が熱いの……もっと、もっと命令されたくなっちゃう……!」


「ね? 悦んでいるでしょ?」


「うわぁ……」


 鼻息荒く、恍惚の表情を浮かべるメス犬の姿があった。


「ねぇ、何か命令しなさいよ! 今なら、なんだってシてあげるからさぁ……!」


「とりあえず……黙っておいて貰えません?」


「……くぅーん」


 貴族って、クセの強い人ばかりなんだなぁ。



【数日後 王都リユニオール 城下町の一角】


 メス犬……もとい、リムリス様の要望であるファラ様との和解。

 その目的を果たすべく、アリシア様はとうとう重い腰を上げた。


「誰の腰が重いですってぇ……!?」


「いでででっ、そういう意味じゃないですってば!」

 

「最近はウエストを減らしたのよ? それでいて体重はそのまま! バストもアップしたんだから! ほら、確かめなさいっ!」


「わぁっ!? そんな場所を触らせないでくだ……柔らかっ!?」


 馬車の中で揺られながら、城下町を進む最中。

 なぜか理不尽に怒られる一幕を挟みつつ、俺達は目的地へと到着した。


「んー……はぁ。グレイと密着できたのは良かったけど、やっぱり馬車は窮屈ね」


「ええ、そうですね(今度からは御者の隣に座らせてもらおう)」


「……させると思う?」


「しれっと心を読まないでください」


「いつもワタクシの心を読む貴方がそれを言うわけ?」


「うっ……!」


「はい、ワタクシの勝ち~」


 してやったという表情で、クスクスと笑うアリシア様。

 相変わらず可愛いなぁ……と俺が和んでいると。


「アリシアさん! 使用人さん、こんにちは!」


「「!!」」


 目的地である仕立て屋の入り口前。

 そこに立っていた少女が、こちらに駆け寄りながら声を駆けてくる。


「こんにちは。あの晩以来ね」


「はい。お誘い頂けて嬉しいです!」

 

 以前、リムリス様と一緒に舞踏会に参加していた貴族の女性。

 素朴で地味な化粧と衣装を身にまとう彼女こそ。


「さぁ、ファラ。今日はワタクシが貴方に魔法をかけてあげるわよ」


「お、お願いしますっ! 私もアリシアさんみたいに綺麗にしてください!」


 今回、俺達が説得を試みないといけない相手……ファラ様だ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る