第20話 貴方にその覚悟があって?
【オズリンド邸 中庭】
「ぬぅーん……」
「モリーさん……大丈夫ですか?」
フランチェスカ様の騒動が一段落した翌日。
中庭を歩いていた俺は、虚ろな瞳で箒を握りしめているモリーさんを発見した。
「やぁ……これが大丈夫な人間の顔に見えるかな?」
「見えませんね」
「そうだろうとも! あれだけ大金を払って手に入れた映像水晶が全部無駄になっちまったんだからな!」
「あー……それはショックですね。かなり費用も掛けたみたいですし」
フランチェスカ様の撮影用に、全財産の5分の3を費やして購入したという100個近いアレの事か。
彼女の本性が明らかになり、その使い道は途絶えてしまった。
「いや、たしかに金も痛いが。それよりも、俺が許せないのは……!」
歯を食いしばり、抑えきれない怒りを表現するモリーさん。
やはり、彼らを騙していたフランチェスカ様を許せないのだろうか?
「……フランチェスカ様をあんな風にさせてしまった俺達自身が許せないんだ!」
「え?」
「まだ幼いフランチェスカ様をあれだけチヤホヤしていたのに、その本性を知っただけで……手のひらを返すなんてさ。いくらなんでも、ダサすぎだろ」
「モリーさん……」
「だからさ、あの時フランチェスカ様を庇ったお前が眩しく見えたよ。俺なんかが言えた義理じゃねぇけど……ありがとうな」
モリーさんはそう言うと、パンパンッと両手で自分の頬を叩く。
そして吹っ切れた顔で笑い、拳を高く突き上げる。
「俺はこれからも、追っかけをやめるつもりはねぇぜ! それに、俺の他にもきっと同じ気持ちの連中もいるはずだ!」
「……ふふっ、そうですね」
「うぉぉぉぉぉぉっ! 天使系ロリは最高だが、小悪魔系腹黒ロリもイケるのが本物の紳士だぁぁぁぁぁっ!」
ああ、良かった。フランチェスカ様は悪い子ではあったが、その内にちゃんと可愛い部分もある事が伝わっていたらしい。
これならば、またこの屋敷に彼女が遊びに来た時。
また以前のように明るく受け入れられるに違いない。
【オズリンド邸 廊下】
「あの、グレイさん!」
モリーさんと別れた後、アリシア様の元へ戻ろうと廊下を歩いていると。
突然、後ろから呼び止められる。
「あ、メイさん。どうも」
そこにいたのは茶髪とそばかすが特徴的な、新人メイドのメイさんだった。
「あの、少しよろしいですか?」
「はい。なんですか?」
「実はその、正門の方にお客様がいらっしゃっているんですが……お通ししてよいものか、許可を頂こうかと」
「ああ、ディラン様でしたら書斎にいらっしゃると思いますよ」
「いえ、そうではなくて。お客様がお会いになりたいというのは……アリシアお嬢様の方なんです」
「…………えっ」
アリシア様を訪ねて来たお客様だって?
いまだかつて、俺がこの屋敷で働いて以来……一度もそんな事は無かった。
「ほ、本当に? 一体誰が……?」
「御本人は、お嬢様のご友人だとおっしゃっていますけど……ただ」
「ただ?」
俺が訊ね返すと、メイさんは酷く気まずそうに俯く。
そして、ほんの少しの沈黙の後。ようやく意を決したように口を開いた。
「すごく……! ムカつく感じなんです! はわぁ、言っちゃったぁ……」
「はい?」
「態度とか、口調とか、なんかもう……ムカムカして! だから、お嬢様に会わせたくないなって……」
「ああ、そういう事か」
しかし、そういう態度という事はほぼ確実に貴族。
黙って追い返すわけにもいかないし、とりあえずアリシア様に伝えに行くか。
「それで? その人の名前は……?」
「は、はいっ! えっと、たしか……リムリス様と」
「え?」
【オズリンド邸 応接室】
「ちょっと! 人をいつまで待たせるつもりなのよ!」
アリシア様を訪ね、応接室へと通された客人……リムリス様。
彼女はかつて、舞踏会にてアリシア様とひと悶着を起こした相手である。
その時点で顔見知りではあったようだが、俺の見た感じはとてもご友人には……
「……グレイ」
「はい、なんでしょうか?」
「今すぐこの女を追い出して。二度と顔も見たくないわ」
俺が応接室にお連れしたアリシア様はリムリス様の顔を見るなり……心底気分が悪そうな態度で、吐き捨てるように呟いた。
「んなっ!? 待ちなさいよ、アリシア! 人がわざわざ、会いに来てあげたっていうのに!!」
当然、リムリス様はその言葉に怒りを覚える。
バンッとテーブルを叩き、おもむろに立ち上がってきた。
「誰がいつ、会いに来て欲しいって言ったの? 貴方に用なんかないわ」
「うっ……!? と、友達に会うのに、用が必要なわけぇ?」
「友達……? 誰と誰が?」
嫌悪でもなく、怒りでもなく。
ただひたすら本当に……意味が理解できない。
そんな態度でアリシア様が小首を傾げる。
「は、ははーん……! 無駄よアリシア。アンタがいくら強がろうとも、そこにいる使用人がいるんだから!」
「「は?」」
「ほら、そこの貧乏くさい使用人! アリシアの本音を代弁しなさい!」
「……いいんですか?」
「ええ、当然でしょ? ま、主人が恥をかくのを見たくない気持ちは分かるけ……」
「『正直どうでもいいわね。というかこれから昼食を食べるつもりだったのに、こんな奴のせいで台無しだわ。ああ、さっさと帰ってくれないかしら?』と、本当は言いたかったようですね」
「…………わぅ?」
「あら、ダメじゃないグレイ。本当はもっと辛辣な言葉だったはずよ?」
「そこはほら、私なりにオブラートに包んだといいますか」
「…………」
頼みの綱だった俺にも梯子を外され、リムリス様は呆然としている。
その姿はまぁ……ちょっと可哀想に思えなくもない。
「アリシア様……話くらいは聞いてあげてはどうです? なんだか、様子がおかしいみたいですし」
以前、俺が見た彼女はケバケバしい化粧に、ど派手なドレスという格好だった。
しかし今の彼女は化粧もまともにしていないし、服装もどことなく地味なものだ。
さらにまじまじと見ると、ところどころ汚れているようにも見える。
「当然でしょ。この子の家……もうすぐ、潰れるんですもの」
「え? そうなんですか!?」
「ファラの家を怒らせたんだから、当然よ。そもそもリムリスの家系は元々、平民上がりの貴族だから力が強くないのよ」
「ふぐぅっ……!?」
事実を語られ、涙目で呻くリムリス様。
しかし、今の俺にはそんな彼女の光景は目に入らなかった。
だって今、アリシア様がとんでもない言葉を口にしたからだ。
「平民上がりの……貴族?」
「……そういえば、フランチェスカのせいですっかり言いそびれていたわね。って、邪魔よリムリス。今いいところだから下がっていて」
「きゃいんっ!?」
アリシア様は俺を見てニッコリと微笑むと、棒立ちのリムリス様を蹴り飛ばす。
それから、俺の肩に手を乗せて……告げる。
「実はね、平民でも貴族になれる方法があるのよ」
「……っ!!」
「それはとても険しく、困難な道なのだけれど……グレイ、貴方がもしも本気でワタクシを愛しているのなら」
「アリシア様……」
「貴族になって、ワタクシを貴方のお嫁さんにして」
絶対に届かないと思っていた。
決して手に入らないと諦めていた。
でも、もしも本当に……アリシア様を手に入れられるのならば。
「はい。かしこまりました。この命に変えても……必ず」
「ああ、グレイ……!」
俺は――もう逃げない。
「くぅーん……アタシは?」
「「(じゃ、邪魔……!)」」
でもまぁ、とりあえず。
先にこの人の問題を解決するとしよう。
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