第19話 しゅきしゅきグレイちゅっちゅっちゅー♡

【オズリンド邸 アリシアの自室】


 かつて、母親のせいで歪んでしまったが、遂に改心したフランチェスカ様。

 そんな彼女の罪を許し、再び向き合う事をお決めになられたアリシア様。

 まさに誰もが認めるハッピーエンド……のはずだったのに。


「いーーーーやぁーーーーよぉーーーーっ!!」


「ちょうだいちょうだいちょうだい、ちょうだぁーいっ!」


 俺の右腕をガッチリ抱きしめながら、物凄い力で引っ張るアリシア様。

 俺の左腕にギューッとしがみつきながら、物凄い力で引っ張るフランチェスカ様。

 左右から勢いよく引かれる俺の体は、今まさに真っ二つになろうとしていた。


「ふざけないでフランチェスカ!! 貴方、反省はどうしたの!?」


「反省したもん! だからこそ、フランちゃんにはグレイが必要なのぉー!」


「グレイが必要なのはワタクシよ!」


「助けて……助けて……」


 為す術もなく引きちぎられそうになっている俺は、ソウルフレンドであるゲベゲベに助けを求める。

 しかし、彼はベッドの上からこちらを見つめているだけだ。


「(ソイツハムリナソウダンダゼ。ダッテボクハニンギョウダモノ)」


 ですよねー。


「グレイ君、大丈夫ですか?」


 そんな中、イブさんが俺の体を案じる声を掛けてくれた。

 彼女は身動きの取れない俺の頬に手を当てると、ゆっくりとその唇を近付けて……えっ!?


「んちゅー」


「って、こらぁっ!! 何をドサクサに紛れてキスしようとしているのよ!?」


 それに気付いたアリシア様が首をヒュンッと捻り、ツインテールの一本をシュルシュルと俺の顔に巻き付けてきた。

 そのおかげでイブさんの唇と俺の唇は髪の毛越しに触れ合う事になり、キスは回避され……あっ、アリシア様の髪、すげぇいい匂い。


「イブ……!? まさか、フランちゃんを裏切った理由って……!?」


「誤解なさらないでください。こうすれば、お二人が手を離すかと思いまして」


 なるほど、そういう事だったのか!

 あれ? でも、それなら実際に唇を触れ合わせようとする必要は無いんじゃ?


「とーにーかーく! グレイはワタクシのモノ! はい、この話はもう終わり!」


「うぅぅぅっ! 姉様の分からずや! 卑怯者!」


「卑怯でケッコー、コカトリスよ~! 誰がなんと言おうとも、グレイといちゃいちゃちゅっちゅするのはワタクシだけ~!」


「いや、しませんけどね」


「やだやだやだやだやだぁっ! フランちゃんもグレイといちゃいちゃしたいーっ! ちゅっちゅしたいのぉぉぉぉっ!」


 とうとう俺の体から腕を離したフランチェスカ様は、床の上に仰向けに寝転がってジタバタと駄々をこね始める。

 その姿は親に欲しいおもちゃをねだる幼子のようであったが。


「無様ね、フランチェスカ。グレイはワタクシがだぁいすきなの。ねぇ、グレイ?」


 そう言ってアリシア様が俺に抱きついてくる。

 スリスリと頬ずりまでしながら、俺の体に惜しみなくその豊満な胸を押し当てるというおまけ付きで。


「うっ、ひぐっ、うぅぅぅぅ……! ねぇ、グレイ? グレイだって、フランちゃんの方がいいよね? 今は姉様の方がおっぱい大きいけど、すぐにフランちゃんは越えちゃうよ? むしろ今の体も堪能出来るから、フランちゃんの方がお得だよ?」


 両目に涙を溜めて、フランチェスカ様がすがるように俺に懇願してくる。

 どうにか自分を選んでもらおうと必死なようだ。


「お断りします。俺は生涯、アリシア様の従者であり続けますので」


「んほっ」


「ふぐっ!?」


 俺がバッサリと断った瞬間。

 なぜか隣のアリシア様がゴリラのように呻いたが、まぁいいや。

 

「びぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! いやいやいやいやぁぁぁぁっ! グレイがフランちゃんにも優しくしてくれないとやぁーーーーーーーだぁーーーーーーっ!」


「やれやれ。フランチェスカ様、聞き分けが悪いですよ。こうも見事に振られたのなら、もう諦めた方がよろしいかと」


 泣き叫ぶフランチェスカ様を見下ろしながら、イブさんが呆れたように呟く。

 そして彼女はスススッと俺の傍に近寄ってくると、にっこりと微笑みながら続ける。


「さようなら。これからはお一人で頑張ってください」


「……イブさん? あの、どうして俺にしがみついているんです?」


「フフフ……いいじゃないですか。これから私達は同僚同士なんですから」


「はぁ!? 何を言っているのよ! うちの屋敷に貴方のような子は要らないわ!」


「そんな……!? この屋敷で拾って頂けないのなら、私は路頭に迷ってしまうんですよ……?」


 うーん。たしかにそれは可哀想だ。

 正直、この屋敷の使用人の大半はレベルが低いし。

 イブさんが加入してくれたら、こちらとしてはありがたい。


「だぁぁぁめぇぇぇっ! グレイに近寄る悪い虫は全員排除よぉぉお!」


「イブのばかばかばかばかばかっ! 自分だけグレイの傍にいようとするなんてずぅぅぅぅるぅぅぅぅいぃぃぃぃっ!」


「…………チッ!」


「あ、あの……イブさん。俺も貴方と一緒に働きたいとは思いますが、やはりここはフランチェスカ様の元に戻るべきかと」


「え?」


「ほら、彼女はまだまだこの様子ですし。イブさんが傍で見守ってくれるのなら、俺も安心出来るといいますか」


 もしもフランチェスカ様を孤独にしたら、また以前のように心を歪めてしまうかもしれない。だけどイブさんが一緒にいれば、そうはならないはずだ。


「グレイ君は……私を信用してくださるんですね」


「当たり前じゃないですか。今回だって、貴方のおかげで騒動が解決したんですし」


「んー……そこまで言ってくださるのなら、分かりました。正直、貴方と一緒にいられなくなるのは残念なのですが」


 イブさんはしょんぼりと肩を落としていたが、すぐに微笑みを浮かべると……俺の手を両手で握り込んできた。


「会えない時間が育てる絆……そういうのもありますものね」


「え、ええ? 多分、あるんじゃないでしょうか」


 正直、意味は分からないけれど。

 とりあえずここは頷いておくとしよう。


「グレイ!! ワタクシに抱きつかれながら、他の女にうつつを抜かすとはどういうつもりなの!? 許せないわっ!」


「やだやだやだやだぁーっ! フランちゃんを出し抜くイブなんていらないよぉー! 姉様、イブとグレイをぷりーずぷりーず交換しましょ!」


「それも絶対に嫌だって言ってるでしょ!! そうよね、グレイ!?」


「だから、俺はアリシア様の傍を離れませんってば」


「グレイ~♡ あぁ、貴方はなんて偉いの♡ ご褒美にちゅーしてあげる♡」


 そう言って、俺の頬にちゅっちゅを始めるアリシア様。

 それを見たフランチェスカ様はさらに、その泣き声を激しくする。


「ぶぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 姉様のばかぁぁぁぁぁぁぁっ!! グレイの意地悪ぅぅぅぅぅぅぅっ! でもすきぃぃぃぃぃぃっ!」


「わ、私も……好き、ですよ……ぽっ」


「ちゅちゅちゅちゅちゅっー♡」


「……なんじゃ、これ」


「(ボクニモワカラナイヨ……)」


 こうして、フランチェスカ様は最後まで激しい抵抗を続けたのだが。

 結局、一晩が明ける頃には泣き疲れてダウン。

 妙にねっとりとした視線で俺にしばしの別れを告げたイブさんと共に、馬車に乗ってオズリンド邸から去っていった。


【オズリンド邸 正門前】


「やっと……終わりましたね」


「……そうね」


 どんどん小さくなっていく馬車を見送りつつ、俺はアリシア様にずっとちゅっちゅされ続けて赤くなった頬をさする。


「んーっ……すっごく疲れたわ。でも、あの子のおかげで色々と良い思いも出来たし、良しとしておきましょう」


「……アリシア様?」


「うっ……!? ごめんなさい。少々、やりすぎた事は反省しているわ」


 少々どころではないと思うのだが……。

 しっかり反省しているようなので、ここは許すとしよう。


「それなら構いません。では、食堂へ参りましょう」


「ええ」


 アリシア様は俺を愛してくださっている。

 俺もアリシア様を心の底から愛している。

 だけど、身分の差で俺達が結ばれる事などあり得ない。

 だからこの距離でいい。


「ねぇ、グレイ」


「はい。なんでしょうか?」


 ああ、神様。

 どうかお願いします。


「……大好き」


「はい。俺もアリシア様の事が大好きですよ」


「んふふふふ……うんっ」


 この先もずっと、彼女の隣にいられますように。

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