第15話 ん?なんでも答えるって言いましたわよね?

【オズリンド邸 アリシアの自室】


 昼過ぎになり、アリシア様がようやくまともに会話出来るようになった後。

 俺はとりあえず、彼女に昨晩何が起きたのかを説明する事にした。


「なるほどね。様子がおかしいと思えば、昨晩にそんな事があったのね」


「むー! むむーっ!」

 

「フランチェスカの考えそうな事ね。ワタクシとグレイの絆を壊すつもりだったんでしょうけど」


「むー……! むぐぐぐぐーっ!」


「全く、無意味だわ。ワタクシ達の絆は、決して揺らがない。そうだものね?」


「むぐぐぐぐぐぅぅぅぅっ!」


「落ち着きなさい。悪いようにはしないから」


 俺は現在、猿轡をされた状態で椅子に縛り付けられている。

 というのも、今の俺は少しでも口を開けばアリシア様への愛が口から漏れてしまう状態であるからだ。


「むぐがががが、むぐごごごご」


「え? 猿轡はともかく、縛る必要は無いですって?」


「コクコクコク」


「ダメよ。両手が自由になったら、その手で猿轡を外してしまうでしょう?」


「……むが」


「ね? だからしばらく、そのままでいなさい」


 たしかにその通りだ。

 なんとなく縛られているのは嫌なので抵抗していたが、ここは大人しく従っておいた方がいいかもしれない。


「……」


「……むっ?」


「今のグレイは……なんでも、質問に答えてしまうのよね」


「むぐがぐぐご」


「……ゴクリ」


 椅子に座る俺を見下ろすアリシア様の紅い瞳に、怪しい輝きが浮かぶ。

 そしてチロリと舌なめずりをして、アリシア様は俺の膝の上に跨ってきた。


「むふぉごっ!?」


「しぃーっ……静かにして」


 俺と対面座位の状態(エロい意味ではなく)になったアリシア様は、俺の頭に腕を回し……猿轡にしているタオルに手を掛ける。


「グレイ。今から一時的に猿轡を外すけれど、騒いだらダメよ。いいわね?」


「……ほぐ」


 右手の人差し指を俺の唇に押し当てて、アリシア様がにっこりと微笑む。

 俺はその美貌に見惚れながら、小さく頷いた。


「いい子ね。じゃあ……はいっ」


「ぷはっ!?」


 息苦しい猿轡を外され、俺は久しぶりに大きく呼吸をする。

 だけどなぜアリシア様は、俺の猿轡を解いたのだろうか。


「ねぇ、グレイ。ワタクシの事が好き?」


「大好きです!」


「……くふっ。まぁ、なんて身の程知らずなのかしら。平民の分際で、たかが使用人如きがこのワタクシを好きですって?」


「愛しております」


「ふぁー!? 愛している! このワタクシを! グレイが!? まぁまぁまぁ、これはとんだ大事件だわ!」


 アリシア様は心底嬉しそうに俺の胸をポコポコ叩きながら、キャッキャと跳ねる。

正直、俺の上に跨った状態でそんなに跳ねられるのは……色々とまずい。


「正直、俺の上に跨った状態でそんなに跳ねられるのは……色々とまずい……あっ」


「ふぅん? 何がまずいの? ねぇ、グレイ……」


 しまった。俺は今、心の声がダダ漏れの状態だ。

 それを聞いて、アリシア様は目を細めると……俺の耳元に口を近付ける。


「グレイ、貴方はワタクシに何をしたいの?」


「……ぐぎぎぎぎぎぎっ!?」


 言ってしまう。俺の意思とは関係なく、アリシア様への邪な感情を。

 俺の心の奥底に沈めている欲望が……


「言っちゃえ、言っちゃえ♡ 言っちゃいなさいよ♡」


「あ、あっ、あああっ……」


 もう、ダメだ。

 俺はアリシア様に……いや、そんな事は許されない。

 しっかりしろ、俺。俺のアリシア様への愛はそんなものじゃないだろ!?


「がぐっ!?」


「……え?」


 俺は渾身の力を振り絞り、自らの舌を噛む。

 そしてそのまま、この舌を食いちぎりさえすれば――


「だめぇっ!!」


 俺が何をしようとしたのか気付いたアリシア様が、俺の口をこじ開ける。

 そしてその指先にポワッと淡い光を浮かべた。


「ごめんなさいグレイ! ワタクシが調子に乗りすぎたわ!」


「ほががが?」


 鋭い痛みが走ったはずの俺の舌に、暖かで気持ちの良い感触が走る。

 どうやらこれは、アリシア様の魔法の力らしい。


「治療の魔法よ。ああ、グレイ……! 貴方は本当に……!」


 俺の舌の治療を終えたアリシア様が俺を抱きしめる。


「やめてください。アリシア様は何も悪くないです。アリシア様に不遜な感情を持ってしまった俺が悪いんです」


「そんなことはないわ! それを言うならワタクシだって……!」


 涙目のアリシア様が俺を抱きしめる力が、更に増していく。

 そして、彼女は俺の顔を見つめると……そのまま、その唇を近づけてきた。


「グレイ……ワタクシに出来るお詫びは、これくらい……」


「ああ、いけませんアリシア様。俺は……」


 徐々に近付く俺とアリシア様の唇。

 そして、それらが重なり合おうとした……瞬間であった。


「信じられません」


「「ほあっ!?」」


 いつのまにか、俺とアリシア様の隣に立っていたイブさんが呟く。

 それを受けて俺達は慌てて、互いに距離を取り合った。


「イブさん!? 貴方がどうしてここに!?」


「……フランチェスカ様の命令ですよ。貴方達がこういう事をしているのなら、それを映像水晶に撮影してくるようにと」


 イブさんはそう説明してから、首を左右に振る。


「ですがご安心を。そんな事をするつもりはありません。この勝負は完全に、私達の負けのようですので」


「負け? それはどういう意味よ」


「私の調合した自白剤を、彼は自らの意思で乗り越えました。自白を拒み、舌を噛み切ろうとするなど……いまだかつて、誰も成し遂げられなかったことです」


 パチパチと拍手するイブさん。

 それはまさしく、観念したといった態度だった。


「グレイ……君。貴方は私が今まで見た事がないくらい、意思の強い方ですね」


 そして優しく微笑んだ彼女の表情は、なんとも素晴らしいものだった。

 だからつい、自白剤の力もあって……


「あっ、可愛い」


 そんな言葉が飛び出す。


「むっ!」


「……っ」


 俺を鋭く睨むアリシア様。

 照れたようにそっぽを向くイブさん。

 妙に張り詰めた空気が、周囲に漂う。


「こほん、そんな事よりイブ。貴方はどういうつもり? フランチェスカの企みを明かしただけではなく、諦めるなんて」


「……私はもう、フランチェスカ様に愛想を尽かしました。これ以上、あの方の悪事に手を貸すのはうんざりなのです」


「……信用出来ないわね。これもまた、あの子の策略じゃないの?」


 疑うようにアリシア様がイブを見据える。

 しかし彼女はその場で両手両膝を床に付けると、スッと頭を下げた。


「今さら、私やフランチェスカ様がしてきた事を許せとはいいません。ですが、私が貴方やグレイ君の力になりたいと思う気持ちは……本物です」


 そう謝罪してから、彼女は懐から小瓶を取り出した。


「これは自白剤の解毒薬です。まずはこれを彼に」


「……分かったわ」


 それを受け取るアリシア様。

 ひとまずは信用する事に決めたみたいだ。


「それで? フランチェスカを裏切った貴方が、これから一体何をしようって言うの?」


「……一つ、いい考えがあるんです」


「いい考え?」


「ええ。フランチェスカ様を、ギャフンと言わせる為の……ね」


 こうして、フランチェスカ様を裏切り、俺達に味方をしてくれる事になったイブさん。

 彼女がこれから口にしたのは、とんでもない作戦。

 だけど、それと同時に――


「ふふっ、面白いじゃない。いいわ、乗ってあげるわよイブ!」


 どうやら、アリシア様好みの作戦でもあったようだ。




【フランチェスカがグレイに心の底から惚れて、どうしても手に入れたいと駄々をこねるもまるで相手にされず、イヤイヤと泣き出してグズりだすまで……残り1日】

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