第13話 全てを白状なさい

【オズリンド邸 中庭】


「ぜぇー……はぁー……ぜぇー……はぁー……」


 静寂に包まれた夜更けのオズリンド邸。

 その庭を荒い息を立てながら、一つの怪しい人影が動いている。


「誰だ!?」


 アリシア様がご就寝された後、いつものように剣の鍛錬をしていた俺は……その怪しい人影が何者かを問い正す。

 すると、そこにいたのは……


「おわっ!? びっくりした!?」


「あれ? モリーさん?」


 全身汗だくで、背中には大きな風呂敷を抱えているモリーさん。

 何をやっているんだ、この人は……? 


「そういえば今日一日、姿を見ませんでしたけど」


「当然だ! 俺はフランチェスカ様の素晴らしいお姿を撮影する為に、この映像水晶を買い集めて来たんだからな!」


 そう答えて、モリーさんは風呂敷の中から綺麗な水晶玉を一つ取り出した。

 映像水晶。俺のような平民には縁が無いほどの効果な値打ち物だ。


「画像だけではなく、映像まで撮影できる超高級品だ! これを街中駆けずり回って、貯金の5分3を注ぎこんだのさ!」


「いくらなんでも買いすぎじゃないですかね」


 ざっと見積もっただけでも100個近くはありそうだけど。

 こんなに大量に撮影するほどの人物かね、フランチェスカ様。


「フランチェスカ様のファンは多いからな。彼女を撮影した映像をファンクラブに高く売れるんだ……あっ、ちゃんと本人からは許可を貰って撮影するぞ?」


「分かってますってば。では、俺はもう行きますね」


「あ、待ってくれ。これをお前にやるよ」


 これ以上相手するのもしんどいので、屋敷に戻ろうとした俺にモリーさんが水晶を一つ投げてきた。


「どうせお前の事だから、フランチェスカ様じゃなくてアリシア様を撮影するんだろうけどさ」


「……」


 これでアリシア様を映せば、いつでも彼女の姿を見られるという事か。

 そうなれば……いや、でも、しかし。


「じゃ、そういうことで!」


 笑いながら去っていくモリーさん。

 一方の俺は映像水晶を手に持ったまま、悶々とするのだった。


【オズリンド邸 廊下】


「いや、でもなぁ……アリシア様がなんて言うか」


 未だに映像水晶をどう扱うか悩みつつ、自室に戻る為に廊下を進む。

 すでに照明のほとんどが消されて薄暗いが、外からの月明かりの光で歩く程度には困らない……と、思っていると。


「…………?」


 ピタリと、俺は立ち止まる。

 なんだろう。妙に背中がざわつくというか……この感じは。


「っ!?」


 風切り音。それとほぼ同時に、俺はその場にしゃがみ込む。

 そして、俺の首があった場所を……何かがもの凄いスピードで通過していく。


「……ほう? 今の一撃を回避するとは、やりますね」


「!!」


 背後からの声を受けて、俺は前方に転がりながら距離を取る。

 それから顔を上げると……そこには、つい最近目にしたばかりの人物の顔があった。


「貴方はたしか……」


「イブ・ハウリオと申します」


 紫色の髪をポニーテールにした、中性的で耽美な顔立ちの女性。

 その顔立ちや、高身長でスラッとしたスタイルから、最初に目にした時にはまるで舞台女優のようだと思った人だ。


「どういうつもりですか? フランチェスカ様の従者である貴方が……なぜ、こんなことを」


「おや? 私の事に気付いておられたとは」


 月の光に照らされるイブさんの顔は無表情だが、その声に微かな驚きの色が含まれる。


「先程、私の一撃を回避した事も含め……貴方、ただの平民ではないようですね」


「買いかぶりすぎですよ。今のは運が良かっただけです」


 俺は立ち上がり、戦闘態勢を取る。

 なぜかは知らないが、この人は俺を襲う気満々のようだからな。


「攻撃に関してはそうかもしれませんが、私の存在に気付いた理由にはなりませんよ」


「どうも美女には目が無いものでして。特に、貴方みたいにとびっきりの美人なら見過ごせないですよ」


 なんて、取って付けたような理由で茶化す。

 今はとにかく時間を稼ぎたい。

 悲鳴でも上げて助けを呼べよ、と思われるかもしれないが……手練だと思われるイブさんを倒せる人物なんてこの屋敷内にはいない。(屋敷の護衛は正門にいる)

 逆にイブさんによる被害者を増やしかねないというわけだ。


「美女……美人……」


「ん?」


 俺が思考を巡らせていると、イブさんの様子が明らかに変わる。

 薄暗いせいで良く見えないが、ほんのりと顔が赤らんでいるように見えた。


「歯の浮くようなセリフですね。それでアリシア様にも取り入ったのですか?」


「……ええ。こういう言葉を言うと、それはもう可愛らしい反応を見せてくださいますよ」


 



             へっくちっ!




「…………」


 今どこかから、すげぇ可愛いくしゃみが聞こえて気がする。

 まずい。急いでこの場を離脱して、アリシア様が寝相で蹴飛ばしたと思われる掛け布団をもう一度掛けに行かなくては!


「なるほど。やはり貴方はそういう方でしたか」


「はい?」


「ならばこちらも、容赦せずに……こういう事を出来ます」


「っ!!」


 俺の視界からイブさんが消える。

 そして次の瞬間には俺の眼前に彼女が迫っていた。

 回避? いや、この体勢だと間に合わない。


「くっ!?」


 俺は両腕を顔の前に十字に組み、イブさんの攻撃に備える。

 しかし、彼女の目的は他にあったようで。


「甘いですね」


「え?」


 トスッという音と共に、鋭い痛みが俺の右腕に走る。

 バックステップし、ズキズキと痛む腕を見てみると……小さな針が刺さっていた。


「まさか、毒……!?」


「ええ、これは猛毒です。貴方を地獄へと叩き落とす……最悪のね」


「……そんな」


 毒を受けてしまっては、もうどうする事もない。

 これがどんな毒なのか分からければ解毒のしようがないし、イブさんが俺に解毒薬を使ってくれるわけがないのだから。


「俺は……こんな場所で死ぬのか」


「ご安心ください。その毒は、命に関わるものではありません」


「え?」


 だとしたら、一体どんな毒なんだ?


「強力な自白剤ですよ」


「!!」


「それを受けた者は数日間。訊ねられた質問の全てに、正直に答えます。それがたとえ、どれほど隠し通したい秘密であってもね」


 イブさんの顔に初めて、感情の色が浮かぶ。

 俺のこの状況を待ち望んでいた、という喜びに満ちた笑み。


「さぁ、貴方には洗いざらい、全てを白状してもらいましょう」


「な、何を……?」


 まさか、フランチェスカ様の目的はアリシア様の弱みを俺から引き出す事なのか?

 だが、俺は特にアリシア様を苦しめるような秘密は知らないが……


「どうです? 慌ててきましたか?」


「くっ……! 俺は毒なんかに屈したりしない!」


「いいでしょう、ならば試してみますか? では手始めに……」







「私の事を美女だと言いましたが、それは本音ですか?」


「いや、本気です。アリシア様にも負けずとも劣らないほどの美人だと思います。まずその切れ長の瞳。闇夜に浮かぶ金色はどちらかと言えば格好いいというイメージですけど、それでも貴方の顔を見ていると綺麗だという感情の方が湧き上がってきますよ。それにそのバランスのいい体型も見事だと思います。細いながらも、しなやかに力強く動ける実践的な筋肉が付いているようですね。貴方がフランチェスカ様の従者としていかに優れた守り手であるかが手に取るように分かります。それと俺の周りには騒がしめの人が多いので、その多くを語らないクールな雰囲気も新鮮でグッときます。それとさっき攻撃を避けようとした時に感じたんですが、貴方からは良い匂いがします。香水のように派手な匂いというわけじゃなくて、貴方自身の持つ匂いといいますか……とにかく、もっと嗅いでいたいと思えました。あっ、みるみる顔が赤くなってきましたけど、そこも可愛いです。アリシア様もそうなんですが、普段は落ち着いたイメージの人が照れている姿ってどうしてこんなに可愛らしいんでしょうかね。出来れば明るいところでじっくりと拝見したいのですが、それは叶いそうにないので、今じっくりと見物させて貰います。うんっ、可愛いっ!そんなに可愛いのにどうして従者を?貴方なら王都で一番の舞台女優だって夢じゃありませんよ。俺が今まで見てきた人物の中でぶっちぎりに綺麗……なのは流石にアリシア様ですが、貴方はそこに並ぶほどの美人なんですから!!」


「は、はわっ……はわわわわぁ……っ!?」


 なんということだ!!

 あんな単純な質問をされただけで、俺の中の感情が濁流のように口から発せられる。

 一応、途中口を覆い隠そうとしたのだが、それは叶わなかった。

 これが自白剤の力というわけか。


「んなっ、なななっ……にゃ、にゃにを、ふぇぇ?」


 そして、俺の言葉を受けたイブさんが自分を抱きしめるような体勢で後ずさる。

 まずい。これは完全にやべー奴だと思われてる!?


「いや、今のはちが……」


「本気で、私をそんな風に……?」


「はいっ!」


「ふぇぇぇっ……?」


 イブさんの顔が赤一色となる。

 そして彼女は、その目をぐるぐる巻きにして……


「~~~~~~~っ!」


走って逃げていった。


「……え? どうなっているんだ?」


 状況がよく分からないが……

 とにかく、助かった……のか?


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