第12話 もはや眼中に無いんですのよ
【オズリンド邸 廊下】
「アリシア様、本当に大丈夫なんですか?」
「ええ、貴方のおかげでもう大丈夫。心配しないで」
朝の一件以来、ずっと部屋で塞ぎ込んでいたアリシア様だが、俺の励ましの効果もあってか……ようやく部屋から出てくれた。
「貴方がいてくれるなら大丈夫。もうフランチェスカから逃げたりしないわ」
やはり、アリシア様はこうでなくては。
俺に見せてくれるか弱い部分も魅力的ではあるが、彼女には自信に満ちた不敵な笑みがよく似合う。
「ふふっ、ご立派ですよ」
「あら、そんなのは当たり前でしょう」
この調子なら、きっと大丈夫だろう。
と、俺は思っていたのだが……
【数十分後 オズリンド邸 談話室】
人に愛される天賦の才能。
フランチェスカ様にはたしかに、その才能があると言えた。
「それでね、フランちゃんはアリシア姉様に初めてお会いしたんだけどぉ……」
彼女は無邪気に、健気に、なんの悪気もないようにアリシア様との思い出を使用人達へと語って聞かせる。
「フランちゃんはいけない子だから、姉様のお人形を壊しちゃって。それでいっぱいいっぱい怒られちゃったんだ。だから、姉様がフランちゃんを嫌うのも当然だよね……」
過去にどんな事があったのか。
そのエピソードにおいて、彼女はアリシア様を直接的に悪く言う真似はしない。
「でもね、フランちゃんは知っているの。本当の姉様はお優しい方で、いつかきっとフランちゃんとも仲良くしてくれるって!」
むしろ、アリシア様を庇うような言葉を口にする。
しかしそれは、周囲の者達には逆効果しか産まないのだ。
「おいおい。当時のフランチェスカ様はかなりの子供だっただろうに」
「人形を壊されたくらいでそんなに怒るか?」
「フランチェスカ様はこんなに謝っているのにさ……」
アリシア様は大人げない。
フランチェスカ様を嫌うなんて、拒絶するなんてどうかしている、と。
人形を壊された当時はアリシア様も幼い子供であったという事を、この愚鈍な連中は考えもしないのだろう。
だって【フランチェスカ様が正しくてアリシア様が悪い】という前提条件が彼らの中には存在しているのだから。
「うー……フランちゃんは、姉様の魅力をみんなに伝えたいのにぃ」
使用人達がアリシア様へのヘイトを高めている事を不服そうに、フランチェスカ様が顎に手を当てて呻く。
もしもこれが全て、彼女の計算通りなのだとしたら……こんなにも狡猾で醜悪な人間もいないと思う。
「貴方達、いつまでくだらない話をしているの?」
「「「「「!?」」」」」
「油を売っている暇があるなら働きなさい! 中庭の花壇にはちゃんと水を撒いたの? 窓も汚れていたし、廊下にもゴミが落ちていたわよ!」
そんな中。フランチェスカ様を中心に談笑している使用人達を叱りつける。
これは当然だ。使用人達は今朝からフランチェスカ様にべったりで、今日の業務は俺の目から見てもテキトーそのものだったからな。
「クビにされたくなければ、分かるわよね?」
「「「「「は、はいっ!!」」」」」
不満そうにアリシア様を睨みつけていた使用人達も、クビをチラつかされれば言う事を聞かざるをえない。
全員が慌てた様子で、それぞれの業務へと戻っていく。
「むぅー……駄目だよ、アリシア姉様! そんな言い方したら、みんなに嫌われちゃうよ?」
そんなアリシア様の態度を見て、フランチェスカ様はむくれた顔で忠告をする。
元はと言えば彼女が使用人達を捕まえていたせいなのだが……
「別に構わないわ。ワタクシに不満があるのなら、いつだって辞めて貰って結構。それに、この屋敷の使用人達には相応の給金を出しているのを忘れないで」
そう。アリシア様の相手をするという分も含めて、この屋敷で働く者にはかなりの高額の給金が出ている。
それなのに、業務を露骨にサボって談笑するなど、あってはならない。
「そもそも、ここはワタクシの屋敷よ。部外者である貴方に口出しされる謂れはないわ」
「そうだけどぉ……フランちゃんは姉様の事が心配なの。みんなから嫌い嫌いされていったら、最後はひとりぼっちになっちゃう」
「ひとりぼっち? 何を言い出すかと思えば、くだらない」
「……え?」
「ワタクシは絶対に、ひとりぼっちになんてならないもの。ねぇ、グレイ」
「はい。アリシア様」
俺は差し出されたアリシア様の手を握り返す。
二人の信頼と絆は絶対に揺らがないものだと、フランチェスカ様に見せつけるように。
「へぇ……?」
その時、ほんの一瞬だけフランチェスカ様の瞳に怪しい光が灯る。
それはまるで、獲物を見つけた蛇……獰猛な狩人のようであった。
「まぁ! ずいぶんと仲がよろしいのね!」
すぐに元の笑顔を取り戻し、パチパチと拍手をするフランチェスカ様。
「でもぉ、使用人との恋愛は……許されないんだよ、姉様」
「……そうね」
「お兄さんは優しそうで、格好良くて……素敵な方に見えるけど。このままだと、二人とも不幸になっちゃう。そんなの、フランちゃんは見たくないよぉ」
「…………」
「今がどんなに楽しくても、いずれ二人は離れ離れになる運命……姉様は伯父様の決めた婚約者と結婚して、それで……」
フランチェスカ様は両手で顔を覆い、悲しんでいる事をアピールする。
だが、それに対するアリシア様の返答はというと……
「間違っているわよ、フランチェスカ」
「ふぇ?」
そう。間違っている。
俺とアリシア様はそんな関係では……
「グレイは優しいんじゃなくて、とっっっっっっ………!」
「…………?」←フランチェスカ
「…………?」←グレイ
数分後。
「………っても優しいのよ! それに、ただ格好いいんじゃなくて、すっっっっっっっ………!」
「…………」←フランチェスカ
「…………」←グレイ
数分後
「…………っごく格好いいんだから! そんな事も分からないなんて、ワタクシと同じ血が流れているとは思えないほどの節穴ね!」
なげぇっ!?
いや、褒めてくださったのはすごく嬉しいんですけど……!
というか、否定するところはそこじゃなくないですかねぇ!?
「あと、ただ素敵なんじゃなくて……!」
「もういい! もういいですってばアリシア様!」
またも数分待たされては堪らないと、俺はアリシア様を引き止める。
しかし、アリシア様は止まらない。
「控えなさい、グレイ! ワタクシはまだまだ貴方の魅力を語り足りないのよ!」
「恥ずかしいじゃないですか!」
「このくらい我慢しなさい! ワタクシの専属使用人でしょう!?」
腕を取り合いながら、あーだこーだと言い争い合う。
こんな他愛のないやり取りは、俺達の日常の一コマである
だけど、フランチェスカ様にとっては……そうではない。
「(なんなのよ、これ……? このフランちゃんが、関係にヒビを入れてあげようとしたっていうのに……! 普段の姉様なら今頃、動揺して涙目になっているはずでしょ!?)」
俺とアリシア様の小競り合いを、呆けた顔で見つめているフランチェスカ様。
間に割って入ろうとするきっかけを失ったせいか、額に汗を浮かべて……少し焦っているようにも見えた。
「ね、姉様……? ど、どうして……?」
「……あら、フランチェスカ」
ようやく声を掛けてきたフランチェスカ様をチラッと一瞥したアリシア様は、まるでその辺にいる羽虫を見るかのような無感情な瞳で……呟く。
「貴方、まだいたの?」
「……っ!?」
フランチェスカ様の顔が驚愕の色に染まる。
それほどまでに、アリシア様の声色や表情は……フランチェスカ様への興味や関心を一切失ったものだった。
「ねぇ、グレイ。今日は昼食を抜いたから、お腹が空いたわ」
「最近のアリシア様は食べ過ぎですし、一食くらい抜いても構わないのでは?」
「むぅぅぅっ……!」
「いだっ!? だから脛を的確に蹴るのはおやめくださいってば!」
「文句を言う暇があったら、ケーキと紅茶の用意をしなさい!」
俺の腕を抱きしめ、グイグイと引っ張っていくアリシア様。
やれやれ。こうなったらもう、意地でも止まらないからなぁ……。
【グレイ達が去った後 談話室】
使用人達も、グレイ達も去っていき。
ただ一人残されたフランチェスカ。
「…………イブ」
彼女はフラフラとよろけるように、近くにあった椅子へと腰を下ろす。
そして……額に手を当てながら、自らの忠実な下僕の名を呼ぶ。
「こちらに」
「今の、見ていたわよね……?」
「はい」
「あの目……フランちゃんの事を、なんとも思っていないって。どうでもいいんだって感じだった。アリシア姉様の分際で、フランちゃんを……!」
フランチェスカはアリシアとグレイの絆を侮っていた。
貴族と平民の身分差をチラつかせれば動揺するはず。そしてその隙を攻撃し、二人の関係を険悪にしていこうと企んでいたのだ。
アリシアが恋愛関係を強く否定すれば、所詮は貴族なのだとグレイが失望しただろうし……逆に恋愛関係を肯定すれば、伯父様へチクる事も出来た。
父親、使用人、愛する男の全てを失ったアリシアの顔を愉しむはずが……逆に自分が情けない姿を晒す事になってしまった。
「いいよぉ、アリシア姉様。そっちがそんな風な態度を取るならぁ、こっちも本気を出しちゃうだけだしぃ」
「どうなさるおつもりで?」
「んー……あのグレイって男さ。所詮はアリシア姉様如きに惚れるような男なんでしょ? あーんな女で満足するような男ならぁ、付け入る隙はたっぷり!」
「では……例の作戦を?」
「ええ、まずは貴方が動きなさい。そして、このフランちゃんをコケにしたアリシア姉様を……深い絶望の底に叩き落とすの」
クスクスクスと、悪い笑みを漏らすフランチェスカ。
「分かりました。必ずや、あの男を堕としてみせましょう」
そして、決して揺らぐ事のない忠誠心を示す……怪しい美女イブ。
「あはっ……! 愛する人を奪われた時の姉様……どんな顔をするのかなぁ?」
こうして、フランチェスカとイブは本格的に動き出す。
グレイの心を奪い、アリシアを絶望させるその恐ろしい計画。
果たして、グレイとアリシアの運命やいかに……!
【フランチェスカがグレイに心の底から惚れて、どうしても手に入れたいと駄々をこねるもまるで相手にされず、イヤイヤと泣き出してグズりだすまで……残り2日】
【グレイを堕とそうしたイブが逆に惚れてしまったせいで、フランチェスカを完全に裏切り、アリシア達の味方になるまで……残り1日】←NEW!
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