第10話 ワタクシの脳を破壊するつもりなのね!

【オズリンド邸 グレイの自室】


 爽やかな小鳥の囀りと、カーテンの間から漏れてくる朝日。

 そろそろ起きる時間のようだ。


「うーん……もう朝なのか……」


 平民時代にはちっとも縁の無かったフカフカなベッド。

 その束縛力と吸引力には目を見張るものがあるが、アリシア様をお待たせするような事があってはならない。

 俺は懸命に布団の誘惑を振り払い、起き上がろうとして――


 むにゅっ。


「……んっ?」


 右手が何か、柔らかな感触をしたものに触れる。

 しかも、ただ柔らかいだけではなく、ものすごく温かい。

 そしてほんのわずかに動いている感触……これは、生き物?


「にゃぁ……」


「なんだ猫か……って、そんなわけあるかーい!」


 謎のノリツッコミをしながら、俺は掛け布団をバサッと捲る。

 すると、その中に隠れていたのは……


「ふぇ……? お布団さん、バイバイしちゃったぁ……」


「……誰?」


 そこにいたのは小さな女の子であった。

 いや、ただの女の子ではない。

 白色のふわふわとしたロングヘアをしたお人形のように可愛らしい美少女だ。


「えっと……」


 なぜ、こんな美少女が俺のベッドの中にいたのか。

 理解が追いつかに困惑していると……ある事に気付く。


「あっ、その瞳は……」


 眠たそうに目を擦っていた少女の手が下ろされるのと同時に、ハッキリと見えたのは見覚えのある真紅の瞳。

 いや、紅い瞳だけじゃない。幼い風貌で気付くのが遅れたが、その顔立ちも間違いなくアリシア様の面影がある……。


「もしかして、フランチェスカ……様?」


 アリシア様に似ている幼い少女という情報から思い当たる人物は一人しかいない。

 モリーさんから聞いた、アリシア様の従妹だというフランチェスカ・ルヴィニオン様だ。


「わぁっ! フランちゃんの名前を知っているなんて嬉しいわ!」


「ちょっ!?」


 俺が名前を口にすると、フランチェスカ様は嬉しそうに瞳を輝かせてから、俺の胸に飛び込んでくる。

 避けるわけにもいかないので、俺は彼女をガッチリとキャッチした。


「ど、どうして……?」


 なぜ、アリシア様の従妹が俺の部屋のベッドにいたのか。

 もしかして俺はまだ夢の中にいるのかも……と、思ったその時。


「ねぇ、グレイ。もう起きているかしら?」


「ゲェッ!? アリシア様!?」


 コンコンコンと扉がノックされ、外の廊下からアリシア様の声が聞こえてくる。

 馬鹿な!? あの朝に弱いアリシア様が俺よりも先に起きている……だと!?


「あら、どうやら起きているみたいね。ちょっと貴方と話したい事があって、いつもより早起きしてみたのよ。ふふっ、偉いでしょう?」


 俺の声を聞いたアリシア様が、嬉しそうに声を弾ませる。

 そしてそのまま、彼女はガチャリとドアノブを回して扉を開こうとする。


「(ヤバい……!)」


 俺は慌てて、抱きとめているフランチェスカ様を引き剥がそうとしたのだが……


「あはっ♪ あったかぁーい」


「ほわぁっ!?」


 フランチェスカ様は俺の背中にガッチリと両腕を回してホールドしている上に、俺の胸へスリスリと頬ずりを行っていた。

 そのせいで、俺は彼女を引き剥がす事は出来ず……


「だ、だからね、ご褒美に今日は私の事をいっぱい甘やかして……えっ?」


「あっ」


 目と目が合う。

 部屋に入ってきたアリシア様の瞳は、まず最初に青ざめた俺の顔を見て……そして徐々に下がっていき、俺と抱き合っているフランチェスカ様の方へと。


「う……そ……? フラン……チェスカ……?」


 呆然とした顔で、アリシア様がその場でガクリと膝を落とす。

 そしてそのまま前の方に倒れるようにして……四つん這いの体勢で崩れ落ちていく。


「アリシア様!?」


「ひぅっ!?」


 こうなっては、もう躊躇っている暇は無かった。

 俺はフランチェスカ様の両肩を強く押して、ベッドの方へと引き剥がす。

 彼女はベッドの上にボフンと倒れていったみたいだが、そんな事は気にせずに俺はアリシア様の方へと駆け寄る。


「大丈夫ですか!?」


「あ…………え? グレイ……グレイ、よね? ああ、グレイ……良かった。まだ、まだ貴方はワタクシのものよね?」


 アリシア様が震える手で俺の頬に触れる。

 俺はその手を握り返すと、彼女の瞳を見つめながら頷く。


「はい。私はアリシア様のものです」


「ああ……グレイ」


 安堵の笑みを漏らすアリシア様。

 一体どうして、こんなにも取り乱したのだろうか。

 これは俺が何かをしたというより、あのフランチェスカ様を恐れているような……


「フランチェスカ様、申し訳ございません。アリシア様のご体調が優れないようですので、失礼致します」


 俺は急いでアリシア様を抱きかかえると、猛ダッシュで部屋を飛び出す。

 フランチェスカ様の事は、また後で考えるとしよう。


【グレイ達が去った後 オズリンド邸 グレイの自室】


 グレイのベッドの上。

 大の字で寝転びながら、天井を見上げるフランチェスカ。


「あの男……フランちゃんを突き飛ばした」


 ボソリと、一言漏らす。


「平民のクソ野郎の分際でぇ、このフランちゃんがわざわざ、気持ち悪いのを我慢してベタベタしてあげたっていうのにさぁ……!」


 ギリギリと歯を噛み締めながら、怒りの表情をあらわにする。

 それはさっきまでグレイに甘えていた天使のように愛らしい表情からはまるで想像も出来ない、悪魔のような形相であった。


「でも、まぁいっか。さっきのアリシア姉様の顔……間抜け過ぎて傑作だったしぃ。きゃはははははっ!」

 

 上体を起こし、ケタケタと笑うフランチェスカ。

 その傍らにはいつの間にか、一人の女性が控えていた。


「フランチェスカ様。手筈は整えておきました」


「上出来ね、イブ。さぁ……いよいよ楽しい時間の始まり始まりー」


 ベッドから飛び降りて、フランチェスカは首を左右に動かしてコキコキと鳴らす。

 

「待っていてね、アリシア姉様♪ 姉様の大切なナイトを、フランちゃんが奪って……グシャグシャに壊してあげるから……くすくすくすっ」












【フランチェスカがグレイに心の底から惚れて、どうしても手に入れたいと駄々をこねるもまるで相手にされず、イヤイヤと泣き出してグズりだすまで……残り3日】


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