第2話
「ただいまー」
そう言うと、リビングの方から、何やら別の人の声が聞こえてきた。が、扉のせいで何を喋っているのかは、よく聞き取れなかった。
「ん?ただいま」
リビングに入り、再び言う。彩夢は、多分『ただいま』の一言が聞けるまでしつこく言うだろう。だが、二回目でしっかりと返事が返ってきた。
「あぁ、お帰り。もうすぐ、飯出来るから、先に風呂に入ってこい」
「はいは~い」
キッチンの奥の方から、声がしたが、姿までは見えなかった。そこまで、見る必要もなかったので、少し匂う血の臭いを落とすためにバスタブに向かった。と、キッチンにいた彼女(・・)が机におかれていた封筒の中身を見る。
「この人数を一人で、、、、、か。まさに、『死神』だな」
「ん?なんか言った?」
「いや、何も。早く入ってこい」
そう言って、再びキッチンに戻り、彩夢は風呂へ向かった。
彩夢が短い髪の毛をタオルで拭きながら出てくると、リビングの机に料理が並べられていた。温かいご飯のいい香りが、彩夢の食欲をそそった。と、キッチンから急須を持ってきた彼女が先に席についた。彩夢も、向井側に座った。
「さてと、いただきますか」
「そうだな。いただこう」
夕飯の品は、鮭の西京焼きに、味噌汁、漬物と卵焼き。そして、意味ありげにおかれたかっぱ巻き。彩夢眼は、味噌汁から手を付けるが、彼女の方はというと、かっぱ巻きから食べ始めていた。
「相変わらず好きよね、かっぱ巻き」
「それで、彼氏とはどうなんだ?そろそろ、破綻か?」
「まったく、失礼ね。そういう、霞は彼氏いたっけ?」
「皮肉を言うな。別に、ほしいとはこれっぽちも思ってない」
彼女の名は、百鬼 霞(ひゃっき かすみ)。親の遺伝なのか、髪はその名の通りに真っ白だった。霞の家柄は、代々続いてきた武士だ。数年前から、彩夢の家へ移り、それからなんやかんやで共に生活している。服装も、見るからに和風で、今は浴衣を着ている。私服ならまだ、ましなのだ。だが、問題は、制服まで和貫いている所だ。赤羽高は、下に指定の制服を着ていれば、カーディガンなどを羽織ることが許可されている。彩夢も、寒い日には灰色のカーディガンなどを羽織ることがあるのだが、霞はそうはいかない。霞の場合、暑くても寒くても常時、色々な柄の羽織を着ている。恐らく、和物の服を着ていない霞の姿を見れるのは、体育の時だけだろう。
「ま、別に、そういった問題はなさそうだな。彩夢はよく顔に出るからな」
「あ、来月、終夜が大会出るんだけど、一緒に応援に行かない」
「一人だと、場が悪いだけだろ」
「む、別に、そんな事ないし」
その言葉を聞いて、彩夢は少しイラっとした。だけど、実際、女の子一人で会場におもむくには何があるかわからない。流石に、公の場で『殺し屋』としての姿をあらわには出来なかった。
「はいはい。都合がよかったら、行ってやる」
それを聞いて、彩夢の表情が少しだけ元に戻った。流石に、「やっぱり顔に出るな」とは言えなかった。何も言わずに、霞は二人分の食器を片づけた。
霞は、彩夢の隣の和室の部屋を使っている。彩夢の部屋も霞の部屋も、広さはさほど変わらなかった。それでも、家にはまだ一部屋ガランと空いたままだった。別に、使いたい訳でもないので、トレーニングに使っていた。二人しかいない家は、昼でも夜でも変わらず静かだった。
彩夢の朝は早かった。毎朝、日が昇る前に目を覚まし、一日が始まる。パジャマから、スポーツウェアに着替え、トレーニングシューズを履く。そして、欠かさず行っているジョギングへと出かける。河川敷まで行き、日の出を見届ける。途中、近所の人が犬の散歩をしているのに会うからか、いつの間にか仲良くなった。と、走っている途中で向こう側から歩いてくる影を見つけた。挨拶するか、走り去るかのどちらかが普通なのだが、その顔を知っていたので仕方なく止まった。
「おはようございます。渡海先生」
「相変わらずだな、刻鳥」
いつもの白衣とは違い、かなりラフな格好だった。だが、その異様な雰囲気は隠れてはいなかった。
「先生は、なんでこんな時間に?」
「別に、昨日から寝てなくてな、時間が出来たから散歩でも、ってな」
「また徹夜ですか?先生も相変わらずですね」
彩夢がランニングをするのは、単なる体力づくりがすべてではない。こういった、出会いや、何気ない毎日を忘れないようにするのもあった。
ー殺し屋やってると、つい日常を忘れちゃうのよね。はぁ、どうにかしたいわけじゃないけど、どうにかならないかしらー
家に戻り、シャワーを浴びる。制服に着替え、朝ごはんを食べる。霞は、朝は食べないのでほっておくのがいつものことだ。霞が起きる頃には、家を出ていた。学校まで走るとしても、この時間に起きてなお間に合うのが不思議だった。
エントランスで、ポストを確認し、大事な物が入っていないのをチェックする。仕事の依頼等がはいっていなかったのは、特に珍しいことでもなかった。
ーそういえば、最近になってから、仕事の量が減ったわね。ま、別にいいんだけどー
学校に着き、教室に向かう。途中、渡海先生を見かけたが、朝に会っていたので、そのまま教室に向かった。教室に入ると、すでに数人いた。その中には、終夜の姿もあった。少し話したかったが、例の主将と部活動の話をしていたので、首を突っ込まない様にした。自分の席に着き、筆箱をだす。しばらくの間、次の仕事が何かを考えていたら、後ろから肩を叩かれた。振り返ってみると、
「おはよ、彩夢」
「あ、おはよ、終夜」
話を終えた終夜だった。一時限目が始まるまで、まだしばらく時間があったので一緒に話していた。今朝のことだったり、こんどいつ空いているかだったり、色々と。話している途中で、いつの間にか来ていた霞に声をかけられた。
「おい、彩夢。あんた宛で預かりものだ」
霞が持っていたのは、どこかで見たことがあるような茶色い封筒だった。彩夢は、それを仕方なく受け取り、鞄の中にしまった。もちろん、終夜はその中身が気になった。
「ありがと。で、他にはなんかもらった?」
「時間厳守だ、とは言われたが、時間を破るお前じゃないだろ」
「なんの話だか、俺にはさっぱりだ」
「ごめん。うちのバイト先から。多分、来月のシフトだと思う」
もちろん嘘だ。表向きにはバイトだが、実際は正式な仕事だ。彩夢が暮らせているのは、仕事があるからだ。今回は珍しく、半ば強制だ。今までや、前回のは、事前にやるか否かの確認をとってから、封筒がきた。
ーこうやって来るのは、ずいぶん久しぶりね。どんな任務なんだか、、、。ー
昼頃、彩夢は一人で図書室にいた。以前から借りていた本を返しに来たのが一つ。もう一つは、朝渡された封筒の中身を見ることだ。昼間の図書室は、人気が少なく、特に問題が起こる心配がないからだ。先に、カウンターで本の返却手続きを行い、新しい本を探すかのように本棚の列に入る。一応、辺りに誰もいないことを確認してから、封筒を開ける。
『こんにちはだね、死神くん。まずは、突然の依頼ですまない。だが、君を選んで正解だったと思っている。君なら、急でも確実に任務を果たすだろうと信頼しているからね。
前置きはさておき、本題に入ろう。今回の任務は、我らのお得意様からだ。詳しい内容は内容は、直接聞いた方が早い。本日、16:00に、早速向かってくれ。今言えることと言えば、この任務は君のためにもなるかもしれないことだ。
検討を祈っているよ、死神くん、もしくは、Wname』
それ以外には、ある場所が書かれた紙が一枚だけ入っているだけだった。相変わらず、人騒がせなものだ。
「Wname(ダブルネーム)ね、、、、。すごい、抽象的」
Wname、それは、上級の殺し屋だけが持つことの出来る称号だ。基本、誰でも一つはコードネームらしき物がある。彩夢の場合も、最初は一つだけだった。だが、上が彩夢の実力を認め、Wnameに昇格したのだ。彩夢の近くにも、一人だけ、同じWnameがいるが、すぐにその姿を現すだろう。
流石に、何も借りずに戻る気にはなれなかったので、返した本と同じ作者の本を借りてから教室に戻った。教室に入ると、終夜がいたので、話すことにした。
「あれ?図書室行ってきたの?」
「うん。前に借りてた本を返して、新しいの借りてきた」
終夜に借りてきた本の表紙を見せてみる。首を少しかしげていたので、多分知らない本なのだろう。だが、作者の名前には反応があった。
「関川って、最近有名なあの教授さん?」
「そ、人間物理学で有名だよね。人間の進化とか、退化とかの研究してるんだってさ」
「へぇ~、あんまりそういうのは読まないかな」
そこで、校舎に授業開始のチャイムが鳴り響いた。話すのを止め、自分たちの席についたすぐ後に、先生が入ってきた。
「はい、号令」
「規律!気を付け!令!」
日直が号令をかけ、一同が揃って礼をする。そこから、午後の授業が始まった。
午後の授業が終わり、予定の時間に遅れないように教室を出た。終夜も一緒に出たが、目的地は違った。
「終夜はこれから部活か、、、、。頑張ってね」
「彩夢も、これからバイトだろ?頑張れよな」
「うん、頑張る。じゃあね」
下駄箱で、靴を履き替えて、校舎を後にしようとしたが、スマホに通知が来た。普段から、通知は最低限にしていたので、内容が少し気になって、すぐに確認してみた。終夜かと思ったら、珍しく霞からのメールだった。
『to.彩夢
from.霞
要件:楽しんでこい
もう一度言うが、時間厳守だぞ。前に、お前が怒られた時に、こっちにとばっちりが来たからな。それと、今回の依頼先からの仕事は私も一度任されたが、それほど難しくはなかった。お前にとっては、少しだけ退屈なのかもしれないが、まぁ、適当に頑張れ。最後に、もしかしたら、お前の推しに会えるかもな。夕飯は、てきとうに作っとく』
読んでみたが、ほとんど意図は測れなかった。首をかしげてもみたが、何も変わりはしない。返信しても、どうせ返ってくる訳でもないので、結局そのまま学校を出た。
「はぁ、ここ数年間、ずっと一緒に暮らしてきたけど、いまだに霞の事はよく分かんないのよね。ま、それでも人よりかは知ってるけど。、、、、、、今度、真面目に聞いてみようかしら?」
以前から、何回かそういったことを聞いたことがあったが、ないがしろにされるか無視されるか、真面目に答えてくれないのがほとんどだった。別に、今の生活に支障はないので、特に深入りするつもりもなかった。
そうして、この日の仕事が始まった。
彼女の裏は、殺し屋でした。 花鳥風月 @katyouhugetu
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