第1話
「って、事ももう一か月前か」
学校のカフェテリアで、料理を受け取る列に並んでいた。並んでいる間に、一か月前に告られた事を思い出していた。そんな事を思い出している間に、隣に当の本人がいることを忘れていた。顔を見てみると、少し頬が赤くなっていた。
「あのな、そういうのは一人の時にやってくれないかな。恥ずかしくて死にそう」
「あはは、ごめんごめん」
彼の名は、暁 終夜(あかつき しゅうや)。一か月前、彩夢に屋上で告り、それから憧れの彼女持ちになった。成績優秀で、彩夢同様に上位に二人ともいる。剣道部で小学校の頃から、剣道以外をやったことがないらしい。剣道においても、県の大会で過去に優勝するほどの実力を持っている。そんな事なので、無論、女子からモテモテだった。
無論、彩夢と付き合う前は、毎月のように、告白されていた。だが、その全てを断り続け、思い続けてきた彩夢と付き合ったのだ。彩夢も、最初は周囲から反感を買うのかと思ったが、周囲の反応はその真逆だった。二人が一緒に通った後には、二人を奉るかのような雰囲気が残るようだった。つまり、誰も二人を咎めたりはしなかった。
「そういえば、あの言葉って、自分で考えたの?」
「一応、事前に何を言おうかは考えてたけど、目の前にしたら全部吹っ飛んだ」
「へぇ、じゃ、アドリブだったんだ」
「まあな、変なこと言ったんじゃないのかって、めっちゃ冷や汗かいたよ」
そんな中でも、列が徐々に進んでいき、二人は事前に買っていた食券を受付の人に手渡す。食券通りの物がトレイに乗って渡される。
「そういえば、彩夢って基本学食だよな。お弁当とかって、」
「家、一人暮らしだから、朝にそんなに時間ないんだよね」
彩夢の両親は、小さい頃に交通事故で亡くなっていた。叔母に引き取られ、兄とともに育っていった。兄の方が先に独り立ちし、叔母が年で亡くなるのと同時に一人暮らしをし始めた。マンション一部屋で、衣食住をしていた。普通の学生なら、一人で暮らすのは精一杯だろうが、彩夢の場合は仕事で稼ぎ、それほど困る事もなかった。
「そっか、大変だよな。家も、親は福島だし、一人暮らしと言えばそうなんだけど、家賃とかは親が出してくれてるし。そう考えると、彩夢って凄い頑張ってんだな」
「ううん、別にそんな事はないよ。家賃とかは自分で何とかしてるし、学費に関してはお兄ちゃんが払ってくれてるから」
「彩夢のお兄さんか、、、。なんか、想像しづらい」
「フフッ、今度、こっちに来た時に会わせてあげる」
当たり前のように、二人用の窓際の席に向かい合って座る。この学校、「赤羽中高教育学校」は、全校生徒の半分ほどがカフェテリアを利用している。「赤羽」と名がついているのにも関わらず、学校があるのは新宿区だった。昔、赤羽にあった学校が新宿に移転してきたのだ。全国でも、難関学校の一つで毎年、授業についていけない数人が学校を去っていた。
『「いただきます」』
二人にとってはいつもと何ら変わらない味だが、学食のよさはこの学校の取り柄の一つだった。その他にも高い教育の質や、構内の広さ、先生の専門性など、取り柄は多かった。その分、全国でも、難関学校の一つで毎年、授業についていけない数人が学校を去っていた。
二人は同じクラスで、高1-B組だ。中学の時から、ずっと同じクラスで出席番号もそう離れていなかった。
「次の授業って、理科で実験だっけ?」
「うん。確か、化学反応による変色反応だっけ?」
「俺、渡海先生あんまり好きじゃないんだよな。なんか、よくわかんないって言うか、なんと言うか、、」
「分かんなくはないかな。いつもどこにいるか分からないし、勤務時間終わったら即帰宅するしね」
そんな話をしていたら、二人に一つの影が近づいてきた。学生と異なり、背格好が大きく、Yシャツの上には真っ白な白衣を着ていた。
「お前ら、普通に駄々漏れだぞ」
「噂をすればなんとやらね」
「でも、先生ってなんか独特ですよね」
「俺がどうであろうと、ここの教師であることには変わらん。それより、授業前に教卓に置いておいたプリントを全員に配っておいてくれ」
それだけつたえると、職員室の方へ戻って行ってしまった。本当に、つかみどころのない先生だが、何かと頼りになったりする先生の一人だ。
「渡海先生って、昔は医者だったんだって。そっから、ここに引き抜かれたんだって」
「マジで⁉医者には見えないけどな。そんな事より、今日、放課後空いてたりする?」
「あ、ごめん。今日は、バイトはいてっるんだよね」
「そっか、じゃ、また今度だな」
行けないのは仕方がないのだが、どこになにをしに行くのかが少し気になった。基本的に、彩夢は欲求が少ない方だ。だから、デートのプランや行きたい場所は終夜の方が決めていた。彩夢も、終夜の行きたい場所に行ければそれで満足だった。
「どこに行きたかったの?」
「ん?いや、大した所じゃないよ。ただ、今日は雲が少ないから、丘の方で夕日でも見ないかなって」
「確かに、今日はいい夕日が見れそう。ま、また今度行こ」
彩夢はバイトがあり、終夜は部活等で忙しかったが、お互いの予定が揃えば近場でも一緒に何かをするか、どこかに出かけていた。もちろん、終夜が大会の時には必ず応援に行っていた。
午後3時過ぎ、いつものように学校が終わり、生徒たちは部活に行くなり、家に帰るなりをしていた。今日は二人ともすぐに帰宅しようと、校舎を後にした。
「そういえば、終夜、来月大会でしょ?何処でやるの?」
「前までは、『行ってもいい?』だったはずなんだけどな。次のは、うちでやる予定だ」
「午前中からでしょ?もしかしたら、行けるの午後からなんだよなぁ」
「安心しろ。そんな、一回戦敗退とかにはならないから。彩夢が来るまでは勝ち残るよ」
終夜が出た最近の大会は、その全てを優勝し、他の選手を圧倒した。中には個人ではなく、学校としての団体戦もあった。普通なら、終夜が主将になるべきなのだが、終夜がそれを断り、他の人が主将になり終夜は副将として活躍した。基本的に、主将を断る人はいないのだが、終夜は主将になると彩夢との時間が減ると考えたのだ。顧問の教師はその理由にあきれていたが、どうやらOBが理由に納得し、顧問に説得したらしい。
「今度のは個人戦だから、ま、張り切ってやるか」
「そう言って、団体でも、余裕なんでしょ?主将の人も、ものすごく強いじゃない」
「まあな。他のやつらも、そこそこの成績残してるしな」
その後も、しばらくの間は、一緒の道だった。大きな通りに出て、さらに進むと交差点にあたった。彩夢の家は、その先、まっすぐの所にあるが、終夜の家は交差点を左に曲がらなければならなかった。
「じゃ、また明日」
「うん。じゃあね、また明日」
お互いに軽く手を振り、互いの帰路を進んでいく。彩夢の家は、マンションになっていて、坂道をのぼったすぐ傍にある。
オートロックの扉を開け、ポストに何も入っていないことを確認し、エレベーターで部屋がある6階まで上がる。入り口には、『刻鳥』と彫られている表札がある。鍵を開け、部屋に入る。靴も、サンダルが置いてある以外は何もなかった。
「ただいまー」
誰もいないことを知っていながら、帰って来たことを実感するためにそう言う。そのまま、自分の部屋に入り、部屋の照明をつける。学校指定の鞄を置き、リビングへと向かう。リビングも一人で使うにしては広かった。コーヒースタンドでコーヒーを淹れ、自分のPCの電源をつける。コーヒーに口を付け、PCでお気に入りの音楽を流す。部屋の中が、曲のリズムでいっぱいになる。歌っているのは、そこそこ有名なVtuberで、デビュー当時から見ている人だった。
PCで曲を流し始め、横に置いてあった封筒の中身を出す。中には、折りたたまれた紙が数枚入っていた。一番表に、時刻と場所、周辺の地図が乗っていた。軽く見た後に、次へとめくる。2枚目以降には、顔写真と名前、経歴などの個人情報が盛りだくさんだった。一度、その中身には目を通していたので、軽く見た後にもとあったように中身を戻す。
時計の針が5時を過ぎた辺りで、自分の部屋に戻りクローゼットの中の服に着替える。赤いTシャツの上から黒いパーカーを羽織る。スカートではなく、ズボンをはく。隣の扉を開けると中は、厳重に完備されている金庫らしきもので埋まっていた。ダイヤルをまわし、鍵を開け扉を開けると、中には日本にあるはずのないピストルやナイフなどがずらりと並んでいた。横にかかっていたベルトを取り出し、ピストル2丁とナイフを一つ差し込む。
部屋を出て、地下の駐車場へと向かう。マンション利用者の車が多く並ぶなか、バイクがまとまっている所へ行く。灰色にコーティングされているバイクにまたがり、エンジンをかける。頭全体を覆うヘルメットを被り、マンションの外へ出た。誕生日が比較的早い彩夢は、すぐに免許を取得した。
外に出ると、真っ赤に輝いた夕日が見えた。
「わぁ、すごい綺麗。終夜が言ってたとおりね」
バイクを走らせて、目的地に着いた時には、すでに日は落ちていた。今回の仕事場は、都市部から少し離れた廃ビルだった。一見、中には誰もいないように見えるが、近くに止めてあった車のナンバーが目的の人物達がいることを示していた。バイクを止め、廃ビルの中へと入る。一階と二階には、誰もいなかったので、三階に全員がいることも容易に分かった。
三階に上がる途中、中から数人の足音と声が聞こえてきた。声は低く、足音も大きかった。
ーさて、お仕事はじめますかー
ナイフを片手に持ち、扉の前で中を疑う。そして、あえて落ちていた空き缶を蹴る。当然のように、周囲に音が響き渡る。静かだったせいで、音は余計に響いた。もちろんの用に、中にいた男たちもそれに気付いた。
「あ?何だ?おい、誰か見てこい」
近くにいたと思われる人が、扉の方へと近づいてきた。足音は、扉の目の前で止まり、ドアノブが回る。開けると、錆びた扉独特の音がする。
「兄貴ー、誰もいないっすよ」
「そんな事はねぇだろ。もっとよく見ろ」
指示通りに、辺りを見回すーーーーー。前に、男は後ろから心臓の部分を刺された。
彩夢は、刺したナイフを抜く。男が地面へ倒れ、辺りを血で染め上げていく。その男を気にもかけずに中へと入る。中には、数十人の男たちがその光景に驚いていた。
「だ、誰だてめぇ」
そのうちの一人が、そう聞いてきた。気分が悪いわけでもないので、仕方なく答えることにした。
「そうね、、、、。強いていうなら、善人と悪人を計る 『天秤』かな?」
「てめぇ、ほざいてんじゃねぇぞ。なめてんのか知らんが、仲間殺しておいてただじゃすまねぇぞ」
「大丈夫、大丈夫。どうせ、すぐに終わるから」
最初の頃とはずいぶんと変わり果て、辺りは血を流している死体でいっぱいだった。壁にも、血が飛んでいる。彩夢は、返り血で汚れてしまった手袋をとり、近くに倒れている死体の近くに置いておいた。
停めていたバイクまで戻ってから、スマホを取り出す。スマホで、『ある場所』に電話をかける。数回コールがなった後に、向こう側がすぐにでた。
「もしもし、仕事はかたずけておいたわよ。片づけお願い」
『了解しました』
「あ、後、いつもの弾が少ないから、」
『いつも通りに、1箱手配します』
「ありがと」
そこで電話を切った。相手側も口数は少なく、それほど長くは話さなかった。時間は9時を過ぎていて、月が空高く輝いていた。星が見えないかと思ったが、ここの近くは高層ビルが多かったので、そこまでよくは見えなかった。
ー今度の夏、終夜と星を見に行きたいなー
「はぁ、大した相手じゃなかったし、部下に回しとけばよかった」
ため息をつきながら、ヘルメットを被る。髪には血がついていなかったので、香りはしなかった。大分前に、血の臭いのせいでヘルメットを処分したのだ。それ以降は、少し気をかけることにしている。
エンジンをかけ、家の方向へ走らせる。スーパーで、漂白剤を買っておきたかったが、流石にこの時間だ。開いてないだろう。一応、目の前を通り確認してみたが、当然のように閉まっていた。
バイクを停め、鍵をかけたのを確認して、部屋へ戻る。家を出た時には電気を消していたはずだが、出た時とは違い、中は明かりがついていた。彩夢は、不思議と気にも止めずに中へと入った。もちろん、鍵も閉めたが、扉に鍵はかかっていなかった。
「ただいまー」
そう言うと、リビングの方から、何やら別の人の声が聞こえてきた。声の持ち主は、、、、、、、また、別の機会にしよう。
これが、彩夢の何気ない一日なのだ。
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