異世界うどん

結騎 了

#365日ショートショート 195

 熱い出汁に、よく分からない色の麺が浮かんでいた。ネギのようなものも乗っている。

 しかし、これは確実にうどんだ。店先の暖簾には「うどん」と記してあった。メニューにもそう書いてあった。店員も「こちら、うどんです」と言いながら持ってきた。どう考えても、これはうどんなのだろう。……この世界では。

 ふと足を踏み外し、車道に飛び出してしまった次の瞬間。あの衝撃は、トラックに轢かれたからか。あるいは世界を跳躍したからか。気がついたら、私は見知らぬ世界にいた。紫色の植物。頭が地面に突き刺さったキリンらしき動物。空に浮かぶ黒い塊。ここがいわゆる異世界であることは、一目瞭然だった。

 しかし、この世界で生きていくための銭がない。幸い、言語は通じるようだが……。地べたを這いずり回り、道の端で硬貨を拾い集め、なんとか一食分を手に入れることができた。そんな時に目に入った「うどん」の三文字。その暖簾に吸い込まれていく。ああ、熱いうどんが食べたい。つるつるとした麺、小麦粉でできたあのずっしりとした麺を、胃に流し込みたい。

「こちら、うどんです」

 運ばれてきたそれは、およそ私の知るうどんとは違っていた。色味も質感も、全体的に違う。しかし、これはうどんなのだろう。なら大丈夫なはずだ。

 ずるずるずる……。豪快に音を立て、麺を口に含んでいく。ああ、幸せだ。美味しい。こんなに美味しい食事があってたまるか。

 幸せに浸っていたその直後、喉の奥がぴりりと痺れた。やがてそれは嘔吐のように込み上げ、喘息となって表れた。まずい。ぜえ、ぜえ、と息を切らし、どたんっと椅子から転がり落ちる。どうして。これは、しかし……。

 店員が駆け付けてきた。「どうしました、お客様。うどんに、なにか変なものが入っていましたか? 大丈夫ですか?」。血相を変えて私の背中をさするが、激しい喘息は一向におさまらない。肌という肌に蕁麻疹が出て、赤みがかってきた。

 店員が嘆く。「そんな。ただいつも通り、うどんの実を粉にして麺を打っただけなのに……。どうして!」

「実…!?」

 私は涙目で叫んだ。辛い。ああ、辛い。重度の蕎麦アレルギー持ちは絶対に異世界に来るべきじゃなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界うどん 結騎 了 @slinky_dog_s11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ