第3話 森妖精族

 初夏の風が齎す新緑の薫りは、長旅の疲れを癒やしてくれる。現在、彼は四方を緑に囲まれていて、まるで木々の胸で抱かれているかのような錯覚をおこしていた。心地の良い錯覚だ。


「何て安らぐ森なんだ。是非ココに住む方と仲良く成り、友好のハグを交わしたい」


 旅を初めてから3日目、彼は大きな農家に立ち寄り、納屋に住んでいた農場妖精族トムテと知り合いに成ってハグを交わした。そのトムテから近くの森に古くから住む種族が居る事を聞き、ココにやって来たのだ。


「すいません!!誰か居ますか!?」


 そう大声で叫んだ瞬間、耳に何かが掠った。

 彼の耳を掠めた物は地面に刺さっている。

 それは木で作られた矢だった。

 彼の安らいでいた心は、一瞬で緊張に包まれる。


「何しに来た?人間族ヒューマンの男」


 姿は見えないが、声は明らかに上から聞こえる。廻りを囲む大木の何処かに隠れているのだろう。


「貴方達と友好のハグをしに来ました」

「友好のハグ?また森を一つ消しに来たんじゃないの?人間族ヒューマンって何時も表向きは綺麗事ばかり言うじゃない」

「信じて下さい!僕は――うわっ!!」


 矢が立て続けに飛んできて、彼は慌てて走って逃げた。大木の陰や繁みに隠れてやり過ごそうとするが、直ぐに見つかって次の矢が飛んでくる。


「何処に隠れても無駄よ。私は内なる声が聞ける」

「えっ?読心術テレパスですか?凄いですね」

「そうよ。動物だけじゃなく、植物の声もね。人間族ヒューマンには聞こえないでしょ?貴方達に意味なく切り倒された木々の嘆きが!」


 彼は隠れても無駄だと悟り、手を広げた格好で少し開けた場所の中央に立つ。

 その彼の数メートル先に、大木の上から音もなく何かが降り立った。

 緑色の衣装に尖った耳、美しい女の森妖精族エルフだ。その左手には弓が握られ、右手に持った矢の先は、彼の左胸に向けられている。


「どうした?人間族ヒューマン!武器を持って抵抗しないのか?」

「僕の武器はこれだけです」


 そう言って彼は【FREE・HUGS】と書かれたボードを掲げた。


「傷つける武器は憎しみと悲しみしか生みません。憎悪の連鎖です。貴女も過去にそんな体験をしたんじゃないんですか?その武器を置き、一緒に思いを伝えに行きませんか?全種族と友好のハグをしに」

「全種族とハグ?戯言ざれごとを!何が目的だ!!」

「偽りは有りません。疑うなら僕の胸の内に聞いて下さい」

「馬鹿ね!私は本当に……あれ?何?……この温かい感情は?アンタ!まさか伝説の……」

「えっ?何か分かりませんが、疑いは――」

「危ない!」


 彼は急に意識を無くして前方に倒れかかったが、エルフは走って倒れる寸前だった彼を支えた。まるでハグするかのように。


 それから数時間して彼は目を覚ました。


「あっ!起きた?」


 そう言いながらエルフは草むらで寝そべる彼の顔を覗き込んだ。


「あれ?僕、寝てました?」

「ごめん、ごめん!やじりに眠り薬を塗ってたから、耳に掠ったのが効いちゃたのよ。それより見て!コレ作ったわよ!」


 そう言ってエルフは【FREE・HUGS・但し鍛冶小人族ドワーフはNG】と書かれた手作りボードを見せてきた。


「えっ?!これって?」


「森の声の代弁者としてアンタと一緒に『全種族フリーハグの旅』に行くわ!私の名前はエルフィヤ!宜しくね」

「あ、はい!宜しくお願いします!」

「言っとくけど私は森を守りたいだけで、本当はハグには興味ないんだから、私には気軽にハグしないでね!」

「はい!」

「ま、まあ……たまに位なら、いいんだけどさぁ……」


 こうして心強い仲間を加え、旅は続く。


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HUGS(ハグズ) 押見五六三 @563

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