第2話 旅立ち

「いらっしゃいませ!あっ!!」

「あれ?君は……」


 彼が初めて街頭ハグを行なった日から半年が過ぎていた。あの日依頼、彼は羽付帽子フェザーハットのプロハガーの元で毎日修業に暮れている。筋トレ、抱き姿勢や呼吸法などのハグのかた、ボイストレーニングに着こなし術など毎日厳しいトレーニングを積み重ねていた。彼は既に千人ハグもこなし、小鬼族ゴブリン粘塊族スライムなどの他種族をハグできるまで成長している。

 そんなある日、彼は街の抱具屋ほうぐやにやって来た。そこに彼が初めてハグした少女が働いて居たのだ。


「君、この店の人だったの?」

「はい。セレーヌと言います。偶然ですね。私とハグした時とは見違えるぐらい逞しく成られましたが、プロに成られたんですか?」

「そうなんだ。まだ修行中の身だけどね。実は僕、君が初めてのハグ者だったんだ。あの時は下手くそで本当にごめん」

「いいえ。実は私も初めてだったんですよ。父から『抱具屋の娘がハグ未経験じゃお客様に失礼だろ』って言われちゃって。それであの日、優しい方を探して街を歩いてたら貴方と目が合って『この人だ!』と直感したんです。私の方こそ、ぎこちないハグだったでしょ?ふふっ。それで今日は何をお探しに?」


 抱具屋はボードや種族別言語辞書など、主にフリーハグ活動に必要な道具を売っている。セレーヌが働くこの店は街でも一番大きく、抱具販売だけでなく喫茶スペースまで有り、ハガー達が寛ぎながら情報交換や仲間パーティー探しなどをする社交場にも成っていた。


「雨の日もハグ出来るような防水レザーの服を探しに来たんだ」

「まあっ!雨の日も活動するんですか?」

「そうなんだ。師匠がプロなら毎日休まず千人ハグ出来るように成らないといけないって言うから……」

「毎日千人?!それは大変だわ!そうだ!先日、モフモフ熊さんの着ぐるみを入荷したんです。女子や幼児の人気者に成れるから、毎日千人も簡単ですよ」

「駄目だよ!そんな道具に頼り切ったハグ活をしたら師匠に怒られるよ!」

「あ、そうか。もう、プロですもんね。ごめんなさい。ふふっ」


 ハグ活動は相手に不快感を与えないよう、身嗜みも大事である。その為、抱具屋には衣装や香水なども数多く取り揃えている。中には魔法族ウィザードが調合した魅力薬なども置いて有るが、かなり値が張るので一般のハガーでは手が出せない。


魔族デーモンを含めた全種族をハグする旅ですか?」


 セレーヌは、喫茶室の席に座った主人公に温かいハーブティーを差し出しながら聞いた。


「そうなんだ。師匠の夢を引き継ぐんだ」

「素敵な夢。でも、危なく無いんですか?」

「危険は承知してる。僕なんかが出来るかも正直わからない。けど、チャレンジする。あのまま生きてても僕はただの引きこもりに成るだけだった。人とのふれあいの大事さを教えてくれた師匠の為。そして、その愛の形を魔王を含めた全種族に伝えたい」

「全種族か……でも――」


 セレーヌが何かを言いかけた時、いきなり店のドアが勢いよく開き、一人のハガーが叫びながら入って来た。


「大変だ!!羽付帽子フェザーハットさんが魔族デーモンに連れされた!!」

「えっ?!師匠が?!」


 それは突然の悲報だった。飛行する魔族に彼の師匠はいきなり攫われ、上空に消えていったのだという。


「助けに行かなきゃ!!」

「魔族の棲家にですか?一人では無理です!」

「誰か!僕と一緒にパーティを組んで貰えませんか?師匠を助けに行きたいんです!!」


 彼は喫茶室に居たハガー達に頼んだ。だが皆が顔を伏せ、応える者はいない。


「無理だよ……もう、殺されている。生きていたとしても闇落ちして魔族の仲間にされてるよ。魔族相手にハグは通用しない」


 知らせに来たハガーにそう言われ、主人公はセレーヌにお茶代を払うと足早に店を出た。セレーヌは慌てて追いかける。


「行くのなら私もお供します」

「君は駄目だ!修行をしていない!」

「でも……」

「大丈夫!これから僕は全種族をハグする旅に出る。その中で仲間を集め、そして魔族と会って師匠を解放してもらう」

「……分かりました。ではコレを」


 セレーヌはそう言って彼に体力回復の魔法薬ポーションを渡した。


「私が良くしてもらっている魔女ウィッチから頂いた物です。僅かしか有りませんが必ず役立つはずです」

「有難う。お代はいつか必ず」

「いりません。その代わり約束して下さい。何か有ったらココに戻る事を。私はそれまでに抱具屋として魔王をハグ出来る装備を用意してみせます」

「分かりました、約束します。必ず貴女の元に……」

「どうかご無事で……」

「貴女も……」


 二人はハグを交した。

 そこには初めて交した時のような、ぎこちなさは無い。

 見る者全てに微笑みを与える自然なハグだった。




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