HUGS(ハグズ)

押見五六三

第1話 スーパーハガー

 次元が歪んだこの世界は、邪悪な魔族達が蔓延りだしていた。それにより各地で種族間での強奪や争いが起こり、秩序が乱れていく。友好や信頼は影を潜め、世界中に深い悲しみや憎しみが浸透する。そんな世界を変えるべく、愛と平和のフリーハグ活動を行なう人々が世界中に増加していった。彼等はハガーと呼ばれ、決して武器を持たず、言葉と抱具ほうぐ、そしてハグだけで平和な世界を取り戻そうとしていたのだ。そんな勇敢な彼等の姿に人々は心を震わせ、プロハガーを目指す若者が後を絶たない。この世界の人間族ヒューマンの間では、フリーハグは空前のブームであった。

 だが、この物語の主人公はとてもシャイで、見ず知らずの人と触れ合う事を嫌い、フリーハグには興味を示さなかった。心優しい少年だったが、「ハグだけで世界を平和に出来るわけがない」とさえ思っていた。しかし、運命は彼を変えていく。


 ある日、体調の優れない彼は近くの診療所に診てもらったのだが、そこで医師から「悪性の急性コミュ症」だと告げられる。この病気は放っておくと、一生自宅から出られなく成る病気で、治療法は街頭でのフリーハグ活動しか無いらしい。


「毎日百人と10日間!?」

「そうだ。君は千人ハグを乗り切らないと、若くして家に引きこもったままに成る」


 そう医師に言われ、彼は仕方なくフリーハグ活動を初める事にした。

【FREE・HUGS】と書かれた手作りのスタンドボードを置き、街中に立つ。嫌嫌やってるのが分かるのか、時たまチラッと振り向く人は居るが、ほとんどの人は無視して通り過ぎて行く。隣りで同じようにスタンドボードを置いて立っている、羽根付き帽フェザーハットをかぶった男性が居るのだが、その男性にはハグ待ちの行列が出来ていた。どうやら男性はプロハガーらしく、ブームでも素人とプロでは歴然の差があった。

 三時間経っても主人公の元には誰もハグをしに来ない。完全に心が折れた彼は溜息と共に項垂れる。諦めて帰ろうとスタンドボードを畳んでいると、前方の人混みの中から一人の少女が近づいて来るのが見えた。十代位の可愛い子だったので、彼は「まさか」と思っていたのだが、明らかに微笑みながら歩み寄ってくる。少女は彼の目の前に立つと、顔を赤らめてモジモジしていたが、やがて意を決したのか「ハグ……よろしいですか?」と言ってきた。彼はしどろもどろに成りながら「は、はい」と答える。少女は目を瞑りながら思いっきり抱きつく。彼は一瞬頭の中が空っぽに成り、棒立ちに成ってしまったが、隣から「何してんだ!抱き返してあげなきゃ」と、言われて慌てて抱き返す。

 腕に彼女の温もりが伝わってくる。

 優しい温もりが……。

 暫くして女の子が離れた。彼女は赤ら顔で「愛に満ちた平穏な世界に戻したいですね」と言った後、走りながら人混みに消えて行った。彼の腕に柔らかな感触を残したまま……。


「邪心の無い良いハグだったぜ!プロを目指してるのかい?」


 さっき声を掛けてくれた隣の羽付帽子フェザーハットの人が、グッドサインの拳を彼に向けていた。


「僕は貴方達みたいに立派な志しでフリーハグをやってるんじゃ無いんです。病気を治す為に仕方なくやってるんです」

「病気を治す?病気を治したいという事は、未来に希望を持っているって事だろ?どうだろう。俺が教えるから世界を変えるスーパーハガーを目指してみないか?」

「世界を変えるスーパーハガー?」

「そうだ。世界中を巡る冒険に出るんだ。そして全種族とハグをするんだよ」

「全種族?まさか屍生族ゾンビ巨人族タイタンともハグするんですか?」

「勿論。最後は魔王ともハグする。そして世界を平和に導くんだ」

「魔王と……ハグ?」

「そうだ。本当は俺がやるつもりだった。けど、残念ながらそれはもう無理そうだ。だから誰かに託したい」


 そう言いながら羽付帽子フェザーハットの男は右腕を見せる。彼の右腕は木で作られた義手だった。


雪姫スネグーラチカとハグした時に凍傷に成り、失っちまった。だが後悔はない」

雪妖精ジェドマロースの一族とハグした事が有るんですか?貴方ほどのプロハガーでも腕を失うほど過酷なのに、素人の僕が継げるとは思えません!ましてや魔王とハグなんて……」

「そんな事はない、君には才能がある」

「才能?」

「足元を見てみな」


 言われて彼は足元を見る。足元には仔猫がいた。仔猫は喉を鳴らしながら彼の膝に頭を擦り付けてくる。


「ああ。僕、昔から何故か動物や小さな子供には懐かれるんです。無下にも出来ないからついつい構ってしまって……」


 彼はそう言いながら仔猫を抱き上げると、優しく頭を撫でた。彼は昔から懐く動物や子供達と遊んでしまう為、同い年以上の友達が少ないのだ。それで他人との距離が開き、コミュニケーションが下手に成っていたのだ。


「動物や子供は本能で見抜くんだ。この人には信頼と安心の包容力が有ると」

「包容力?」

「そうだ。プロハガーを目指すなら必要不可欠な力だ。そして君の内からは類稀なる包容力を感じる。天性の物だろう。君なら魔王さえハグ出来るかも知れない。勿論、修行や経験を積んでこその話だ。今のままじゃ家妖精族ブラウニーさえハグする事は出来ない。どうだろう。俺の元で修行してみないか?必ず立派なスーパーハガーにしてみせるぜ」

「僕が……プロハガー……」

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