ある夏の日
女子高生A「そうですね。クラスでは浮いていました。ね?」
女子高生B「うんうん。いつもタバコ臭くて。不良でした」
女性記者「そうなのね……。あなた達、ご家族の事は何か知ってる?」
女子高生A「いえ、私達、あの子とはほとんど話をしたことありませんから」
女子高生B「近寄りがたい雰囲気だし、その、話しかけて来るなオーラがね?」
女性記者「なるほどね……、友達はいなかった?」
女子高生A「学校では、いつも一人でしたよ。良く図書室にいたようですけど」
女性記者「そう。わかったわ。今日はありがとう。他の子達にも話を聞いてみるわ」
女子高生B「もういいんですか?あの、ハンバーグ、追加で頼んでもいいですか」
女性記者「ええ、好きなだけ頼んで、どうぞ」
女性記者は店員を呼び、インタビューを受けている二人の女子高生は追加で注文をする。
一万円札をテーブルに置いて、女性記者はレストランを後にした。
私は、一人一人の表情を思い出す。
隣のテーブルで行われていた女性記者と女子高生のやり取りは、ある一人の女の話だった。
どうやら、行方不明らしかった。
私の家にいる女は、一昨日の夜、河原に居た所を保護した。
女は河原に座り込み、川を眺めていた。
昼前からの曇天は、夜になっても同じで、私が女を発見した時にはわずかに雨が降り始めていた。
「あの、大丈夫ですか?」
私が、その小さな背に声を掛けると、女は「大丈夫じゃない」と言って、膝に顔をうずめた。
「雨が降ってきますよ、もう遅いですし、家に帰った方が……」
そこで、私は気づいた。
女の身なりが普通ではない事に。
そして、腕に無数の擦過傷があった事に。
「何か、あったのですか?」
「ええ。……とても悲しい事がありました」
女は、言ってから私に振り向いた。
私は、どこかの病院から抜け出てきたであろうこの女を、保護しなければならないと思った。
この時の私の脳裏には、虐待や暴力といった言葉があった。
私自身がそういった世の中の問題にとても過敏に反応する質であるからだ。
「帰る家は、ありますか?」
私の問いに、女は首を横に振った。
誘拐になるだろうか。失踪届が出ている可能性は高い。
「どこかに連れて行ってくれませんか」
女はそう言って立ち上がった。
私は着ていたジャケットを女の肩から被せた。
女は痩せていたが、綺麗だった。
「とりあえず私の家に行きましょう、着替え貸しますから」
私が言うと、女は頷いた。
裸足である事に気付く。足背の方まで汚れていた。
手を差し出すと、女は嫌な顔をせずに添えるように手を重ねた。
「暖かい」
女の手は冷たく、血が通っていないようだった。
三年の月日は、瞬く間に過ぎて行った。
その間、すっかり居ついた女の身元を、私は気づかれないように調べた。
女は、地元で知られている指定暴力団の幹部の娘で、しかし、私には関係のない事だった。
この時期、反社会的勢力の悉くは、暴対法の強化によって派手な活動が出来なくなっていた。
いまさら、親元へ返す事など出来るだろうか。
女はスーパーのレジ袋から野菜や冷凍食品を出してテーブルに並べている。
「ねえ、お豆腐は?」
女は言いながら、くりっとした、子供のような大きな瞳を私に向ける。
「入ってない?」
私はネクタイを緩め、ワイシャツの第一ボタンを外す。
「ダイズ、ジュウヨウデスノヨ」
外国人の真似をするのが、この時期の女の流行りだった。
「着替えたら、コンビニで買ってくるよ」
私が言うと、女はくしゃりと笑顔になり、「うん」と頷いてみせる。
無邪気、無垢。
過去の無念を漏らさない女は、私といる時は笑顔で居る。
私はこの時に、彼女をずっと守っていたいと思ったのだ。
「あ、これ、まりちゃんに持って行かなきゃ」
女は、漢方薬の箱を手に言う。
行ってきていい?と、同意を求める目は、私の機嫌を窺っている様にも感じる。
頬が赤らんでいる。
「すぐに帰ってきなよ?」
「うん」
女はサンダルを履くと、スキップでもするように軽快に玄関を出て行った。
まりちゃんは、女の養父母の元にいる娘であり、女にとって歳の離れた妹だ。
血の繋がりは無いが、まりちゃんもまた、女と同じようにどこかから来た娘のようだった。
そして、これまた同じように、精神的な弱さを持っている。
幼少期のトラウマなのか思春期の底知れない不安なのか私には分からないが、女を観ていると、その純粋さがゆえの、世俗の汚さを許容できない性質が、精神を蝕んでしまうのだろうと思うのだ。
私は心から、女の幸せを願っている。
いつ別れる事になるのか、それは今は分からない。
ただ今だけは、私が傍に居られる今だけは、不自由なく楽しい時間を享受させてやりたいと、身勝手ながら、そう思うのだ。
LIFE 土釜炭 @kamakirimakiri
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