集結
「あらあら、なんだか汚らしいドブネズミが転がってると思ったら、もしかして潔癖のノア・ヴィクトリアさんですかぁ? あまりにみすぼらしくて気づきませんでしたぁ」
「なんであんたがネビ様と一緒にいるの大体そもそも死んだはずでしょ今更出しゃばってこないで目障りすぎ」
「やだなぁ。勝手に殺さないでくださいよ。それに、どらかというと今にも死にそうなのはノアさんの方じゃないですかぁ? あ、今、トドメとか、さしましょうか? 同期のよしみで、特別ですよ?」
「黙れいつまでも格上余裕ぶらないで欲しいアカデミー時代のままだと思ったら大間違い過去の威光に頼ったままとかダサすぎ」
「そうですかねぇ? 頭の出来の差は一生埋まらないと思いますけどぉ?」
「いい度胸今からその心底ムカつく頭を地面の底に埋めてあげる」
ゴツ、と金髪碧眼の少女と錦糸のような白髪をした少女が、額をぶつけ合いながら瞬き一つすることなく睨み合っている。
“
黄金世代と呼ばれるギフテッドアカデミー三十三期生で名を馳せる二人だった。
「わ、わ、やばいよ、ネビ。なんかナベルちゃんとノアちゃん顔合わせるなりめちゃめちゃ険悪になってるんだけど!」
「ああ、あの二人、知り合いだったのか」
「そう。セルべロスくんと私と同じ同期。つまりズブズブの仲、と思ふ」
「同期だったのか。どうりで仲が良さそうなわけだ」
「いやどこがっ!? どっちかっていうと今にも剣でズブズブの仲なんですけどっ!?」
そんな視線で火花を散らしあうナベルとノアを眺めながら、ネビとグラシャラが穏やかに笑い合っている。
渾神カイムだけが一人焦りながら、おどおどとしていた。
「へぇ、君ぃが噂のコメットくんか。話は聞いとるよ」
「貴方はまさか、第八柱“廃神ダンタリアン”? 驚いたな。こんな大物に会えるとはね。ボクみたいな無名の
「ネビぃと関わりのあるものは、全部、知ってるよ? 君ぃらが知らんだけで、神はすぐ側で見たいものを見てるんや」
全層図書館の最奥にある神層。
崩れ去った本棚の下に座り込む“
「これから、ネビはどうするつもりなんだ? あの人には、一体世界がどんな風に見えている?」
「さあ? そんなこと、僕ぅ如きにわかるわけ、ないよ。ネビぃは、もっと深くて暗いところにおる。何も、見えへんよ。どんなに目を凝らしても、何も、見えてこない」
コメットは改めて、恐ろしくなる。
第八柱の神すら、自らを如きと称するほど。
堕剣ネビ・セルべロス。
少し離れた場所で、床に倒れ込んだギャオと呼ばれる巨大な
「だから、触るしか、ないよ? ネビぃを少しでも、欠片でも理解したいんなら、直接触れるしか、ないよ? どんなに痛くても、二度と取れない錆がついたとしても、実際に手を伸ばして触れる以外に、術は、ないよ?」
ズゥ、と廃神ダンタリアンが顔をコメットににじり寄せる。
思わず、息が止まる。
蛇のような縦割れの瞳。
心の奥底まで見透かすような、狡猾で聡明な眼差し。
「……理解しようとなんて、思ってない。ただボクは、想像するだけだ。もしネビなら、世界をどんな風に視るのか、死ぬまでそれをイメージし続ける」
「シシャシャッ! ええやんええやんおもろいやん? ネビぃを自分の中で育てるってことやんな? えらい気色悪いことしてんねんなぁ? でも、ええよ? 君ぃは、合格や。もうちょいまともやったら、殺してたかもしれんなあ」
そこでやっと廃神ダンタリアンは、自分の顔をコメットから離れさせる。
無意識の内に止めていた呼吸を再開させる。
ねっとりとした脂汗を、手の甲で彼女はゆっくりと拭った。
「見た顔だと思ったらコメットか。ダンタリアンと知り合いだったのか?」
「いんや。初めましてや。ちょっと挨拶してた、だけやんな?」
「……久しぶりだな。ネビ。言いそびれていた、
「あれはいい
「gya、gyao!?」
すると白い肌をした巨体の魔物の尻尾に、赤錆を突き刺したまま近寄ってきたネビが、コメットの想像とは裏腹に気軽に声をかけてくる。
僅かに緊張に身体を強張らせるが、ネビの方は旧友と話すときのような自然体だった。
「これから貴方はどうする?」
「次か? 始まりの女神を殺すよ。約束したからな」
始まりの女神を殺す。
かつてコメットを絶望の淵から救った堕ちた剣聖は、第一柱の神を殺すと、当然のように宣言する。
「……何かボクにできることは、あるか?」
「お前に? いや、ないな。俺一人で、殺すよ」
思わず、手に力が入る。
わかっては、いた。
コメットにできるのは、想像することだけ。
背中を追いかけることは、できない。
それが、少しだけ、悔しかった。
「だから、ルーシーを殺したら、会いに来るよ。また一緒に、レベリングをしよう」
気づけば俯いていた顔が、そこで上がる。
頭二つ分背の高いネビを、コメットは見仰ぐ。
穏やかな表情で、堕剣と呼ばれる元人類最強の男は、必死に逃げようとするギャオと呼ばれる魔物の尻尾を器用に地面に縫い付けている。
「……どうも貴方は、寄り道が好きらしい」
「ああ、レベリングの道は、真っ直ぐにはできていないからな」
追いつけはしないが、立ち寄ってはくれる。
その男に憧れてはいけないとわかっているのに、どうしても視線を奪われる。
コメットは、なぜその元剣聖が堕剣と呼ばれているのか、理解する。
(心が、堕とされる)
一度触れたら、その錆はもう落ちない。
そしてネビはコメットから視線を逸らすと、彼にしか見えない場所へと爛々と赤い視線を向けるのだった。
「ああ、待ち遠しいな。早く。早く。行こう。戦いだ。レベリングとアスタが俺を待っている」
————————
グリモワール大陸の最北にある大国クスコ。
そこには
更に北の大国クスコの国境を越えた更に北方の領域は、人類未踏の地であり、唯一人々が知るのは真っ黒な塔が一つ建立されているということだけ。
“塔王バベル”。
かつてバベルの斜塔として今でも歴史に名を残す、何百人の人間の命を奪った大虐殺の首謀とされる凶悪な怪物。
「ネビ・セルべロスが死んだ。ロフォカレ・フギオも力を一時的に失っている」
人間の文字が書き連なった紙を爪先に乗せて、一匹の竜が嗄れた声で話す。
一対の二翼を、時折はためかせるたびに、風が唸り声を上げる。
黒塔の最上階で、大きな宝石が付いた首輪をつけた灰色の竜が、宣言する。
「今こそ進軍の時だ。人を、滅ぼす」
彼の名は、塔王バベル。
賢く、気高い、魔物の王。
息を潜めて、忍耐強く、彼は待ち続けた。
自らの支配地を広げるべき、正しい時を。
「ソレ、すっごくエッチだねぇ」
屋内にも関わらず傘をさす小柄な魔物が、変に甲高い声でニヤつく。
外見は酷く年老いた老人のよう。
脇差を抱え、執拗に自分の股間を弄っている。
“
気配なく、影に溶け込む彼もまた、
「キャッキャッ! ウチ、カレシ、ホシー!」
隠王ハーミットの隣で、異形がノイズ混じりの低い声で叫んでいる。
巨大な竜である塔王バベルに負けず劣らずの巨躯。
黒い糸が何本も絡み合ったような、細く鞭のようなグロテスクな四つの前脚で立ち、真っ黒で卵のようにつるつるとした頭部には、上から様々な人間の顔のパーツがバラバラに貼り付けられている。
“
全く動かない真紅の唇の裏側から、カレシ、ホシー! とざらついた声で何度も同じ言葉を叫び続けるソレもまた、王族階級の一角。
塔王バベルの呼び掛けによって集まった、
ある魔物は思想の下、ある魔物は欲望の下、ある魔物は感情の下。
それぞれが協力関係を結び、神々と人間に奪われた世界を取り戻そうと蠢く。
「さあ、我々の世界を、取り堕とそうではないか」
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