号外:迷惑


“号外!! 堕剣ネビ・セルべロス死亡! 宗教都市アトランティカの大虐殺の果てに自決か!?


 階歴663年2月14日、連合大国ゴエティアの宗教都市アトランティカで歴史に残る惨劇が起こってしまった。

 聖騎士協会ナイトチャーチの本部があることでも知られる敬虔な街が、この残虐な大事件の舞台になってしまったのは何の因果だろうか。

 “聖女”ヨハネス・モリニーを始めとした聖騎士協会の幹部達が、計られたように街を不在にしていた際に行われた凶行。

 堕剣討伐の名目で“火の騎士”オルフェウス・イゴールや“地の騎士”クリコ・デュワーヌと共に深層都市ジャンクボトムに聖女ヨハネスが滞在している隙に、罪のない無辜の民たちが数えきれないほどに命を奪われてしまったのだ。

 実際に深層都市で堕剣ネビ・セルべロスを後一歩まで追い詰めたが、最終的に取り逃がしたことについて重く責任を感じたのか、今やヨハネス女史は精神的不安を訴え療養中となってしまった。

 深層都市ジャンクボトムで実際に堕剣を目撃した、“地の騎士”クリコ・デュワーヌは神妙な面持ちでその際の印象を語る。


『堕剣の死亡、そんでもって宗教都市で大虐殺っすか。いやぁ、今でも正直言ってあんま信じられないっすね。大虐殺の末に罪の意識から自決っすもんね? う〜ん、なんていうか、あんましっくりこないっていうか。ぶっちゃけ、うちは直接言葉を交わしたわけでもないっすし、どんな人なのかよく知らんすけど、なんか罪の意識とか感じなそうなタイプだったっすけどねぇ。剣帝ロフォカレとか聖女先輩ですら殺しきれない奴が、自決。まあ、常識が通じる相手じゃないのは確かだし、うち如きが理解しようとすることがお門違いかもしれんす。始まりの女神様が死んだって言ってんだし、死んだのは間違いないんすもんね』


 地の騎士クリコ曰く、堕剣ネビはあの剣帝ロフォカレと聖女ヨハネスを同時に相手にしてなお、逃げおおせたという。

 神下六剣の一人であり、現人類最強と称される加護持ちギフテッドである剣帝ロフォカレ・フギオ。

 さらに魔術と呼ばれる奇跡に近い特別な異能を操る聖騎士の幹部級を相手どり、それでもなお生き延びた堕剣が、なぜ次に向かった街で大虐殺を行い、その果てに自らの命を終わらせたのか。

 実質最後に堕剣ネビと顔を合わせたとされる剣帝ロフォカレにも言葉をもらうことができたが、その返答はあまりに端的だった。


『そうか。ネビ君は死んだのか。じゃあ、仕事は終わりだな』


 各国の王からの連盟による堕剣討伐依頼。

 その任務の完了だけを確認し、剣帝ロフォカレはまた別の魔物を狩りに向かった。

 どこか実感のない、他人事のような印象を受けてしまうが、それも無理はないだろう。


 なぜなら、堕剣ネビの遺体はまだ見つかっていないからだ。


 実感が薄いのも仕方のないことだろう。

 率直に申し上げて、この記事を書きながら私もどこか現実味がないような感覚を抱いている。

 それにも関わらず、なぜ堕剣ネビの死亡を報じているかといえば、読者の皆様もご存知の通り、またもや始まりの女神ルーシーからの衝撃的な“福音ゴスペル”によって知らされた疑いようのない事実だからに他ならない。



“堕剣ネビは死んだ。宗教都市アトランティカでの大虐殺の果てに、自らの首を刎ねて死んだ”



 これは読者の皆様も強く記憶しているであろう、始まりの女神ルーシーによる今回の福音の前半部分だ。

 まずほとんどの方が、この福音が告げられるまで、そもそも宗教都市で大虐殺が行われたことすら知らなかったはずだ。

 それもそのはず。

 なぜならこの大虐殺の生き残りはほとんどおらず、実際に堕剣ネビの姿を見た者すら見つかっていないのだから。

 残されたのは、形容しがたいほど悲惨な街の残骸のみ。

 一方的な暴力に晒された市民の、五体不満足な遺体が町中に散らばっていることに気づくまでに、ずいぶんと時間が経ってしまった。

 さらに残念ながら、私たち一般市民にとっての問題の種はまだ残っている。

 死してなお、堕剣が蒔いた災厄の種は、燻り続けているのだ。


『初めてじゃないかしらぁ。あたし達が全員召集をかけられるのは。ああん。楽しみねぇ。だっているんでしょ? 裏切りの神が、。ゾクゾクしちゃう。とっても官能的だわ』


 これは数年振りに姿を見せた、第四柱“愛神あいじんアスモデウス”の言葉だ。

 当然、あの始まりの女神の福音の後半部分について語られた内容になる。

 第九柱から第一柱。

 最序列の神々と呼ばれる、神の中でも特別視される存在。

 その世界の頂点に立つ神々が、始まりの女神ルーシーによって呼びかけられたのだ。



“最序列の神々は、全員始まりの女神ルーシーの下に集え。この福音に従わなかった者は神としての権利を剥奪し、神罰を下す。堕剣ネビに手を貸した愚か者として、死を持って神の座から降ろす”



 それはある意味で、堕剣死亡よりも衝撃的な福音だった。

 なんと最序列の神々の中にも、今は亡き堕剣ネビに手を貸していた神がいたというのだ。

 死を持って、神の座を降ろす。

 その言葉は、あまりに重い意味を持つ。

 なぜなら本来ならば、“七十二の誓約サンクチュアリティ”によって神が神の命を奪うことは禁忌タブーとされているからだ。

 つまりは、誓約の反故。

 神と神が争う禁断の時代に、世界が足を踏み入れようとしていることを意味している。


『いいぜ。最高だな。殺れるもんなら、殺ってみろ。全員、殺してやるよ』


 これはすでに始まりの女神の召集拒否を表明している第三柱“殺神さつじんパイモン”の言葉だ。

 堕剣ネビに手を貸したことこそ明言しなかったが、明確な敵意を始まりの女神に向けた。

 最序列の神々の中でも好戦的な性格で知られる殺神の謀反。

 これで最低でも一柱は、最序列の神々の中でも犠牲が出てしまうということだ。


  他にも元々数十年間行方不明となっている“第二柱”や、堕剣ネビの死亡以降姿をくらました“第八柱”も始まりの女神の召集に応じないことが有力視されている。


 堕剣ネビが死んだ今、やっと世界に平穏が戻るはずだったにも関わらず、むしろ混沌はより大きく広がり続けている。


 なぜ堕剣は世界を裏切り、最序列の神々すら味方につけ、そして最後に自ら命を絶ったのか。


 全ての謎は闇に葬られ、想像すらできないほどの絶望だけが迫り続けている。

 

 神と神が、争い始める。


 もはや私達は、何を信じればいいのかわからなくなっている。


 最後に、深層都市ジャンクボトムで堕剣ネビを見かけたらしいスピアという名前の少年の言葉で記事を結ぼう。


 どうして何の変哲もない、一般市民である彼の言葉を載せようと思ったかは、読んで貰えば理解して頂けるはずだ。



『ネビ・セルべロス、ね。忘れらないよ。てか普通にトラウマ。あー、うん。なんというか、サイアクだったよ。死んだって? んー、なんか死すら喜びそうなとこあるからな。あの人が絡んだものは全部、血と錆びだらけになっちゃうんだ。生きてようが死んでようが、とにかく関わらない方がいいよ。もう俺についたこの錆びは、堕ちないみたいだし。本当に、はた迷惑な人さ』



 全くもって、同感である。


 迷惑。


 一連の堕剣ネビに纏わる出来事に対してこれ以上相応しい言葉はないだろう。



 著 ジョン・ライター”

 


 

 

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