掘り出し物
明らかに非合法な香りのする商店の中に、神という立場でありながら足を踏み入れていくカイムは緊張に冷や汗をかく。
扉の向こう側に広がる部屋は、外から見るよりは奥行きのあるつくりになっている。
窓からは光が差し込まない店内は、全て蝋燭とランプの火の灯のみで照らされていて、かなり薄暗い。
第十四柱“
どこか甘ったるいラベンダーに似た香りが漂っていて、僅かに眠気を誘うような空気感。
カイムはきょろきょろと辺りを見回しながら、ひぇーと声を上げていた。
「ね、ね、ネビ。ここ、まじなんなの? なんか超闇市感やばいんだけど?」
「話を聞いてなかったのか? 魔物専門店だ」
「いやいや、だからその魔物専門店ってなにって話なんだけど」
「——言葉の通りさ、お嬢さん。ここは、魔物の死骸から作られた様々な品や、魔物の何かしらの影響を強く受けた品を取り揃えている店だよ」
「ひゃっ!? あ、そ、そうなんですね!」
ネビに耳打ちするようにカイムが話しかけていると、いつからそこにいたのか彼女の隣りからマザーグースと呼ばれていた老婆が声をかける。
これほどの灯りが少ない店内にも関わらず、サングラスはかけたままで、余計に不気味に思えた。
「魔物専門店、か。面白い。それはルーシーに対する裏切りにはならんのか?」
「……なぁに。あたしは、自分で直接見たもの以外、何も信じない。人も、魔物も、神も、ね。ただそれだけの話さ」
「驚いた。ネビ以外にも、ルーシーを信じない人間がいたとはな」
「視るに、あんたら二人は“神”だろう? あんたらこそ、こんな店に来ていいのかい?」
「お! わかるか! わかるのじゃな! この私が神であると!」
「アスタちゃん、嬉しそうだね」
自ら名乗る前に神だと推定されたのがよほど嬉しいのか、アスタは分かりやすく鼻息を荒くしていた。
だが、実際にそれは中々に不思議なことではあった。
カイムも含めて、ルーシーを除く神々は実際に試練を受ける加護持ち以外には存在は知られていてもその外見は多くは知られていない。
そんな中で第七十三柱を自称するアスタを、一目で神々の一柱であると断言したマザーグースは奇妙ではあった。
「でも、どうしてわかるの? うちはアレとしても、アスタちゃんってわりと無名っていうか、つか自称神だよ?」
「おい! カイム! 誰が自称じゃ!」
「……あたしの左眼は特別性でね。心の顔が視えるんだよ。商売業には役にたつ」
「へ? どういうこと?」
そこでマザーグースがサングラスを少しずらす。
露わになる両目。
両目とも思慮深そうな青い瞳だが、左の瞳には六芒星のような紋様が刻まれていて、時々その紋様が回転していた。
「“魔眼”の一種か? お主、人間じゃないのか?」
「いや、あたしはただの人間だよ。ほんの少し、普通の人間より好奇心旺盛なだけのね。この眼も生まれつきじゃない。後天的なものさ」
「ほえー、すごーい。よくわかんないけど、その眼だと、心の顔? てのが視えるんだね」
「心の顔は相手の真の姿を映し出す。取り繕うことはできない。神の心の顔には共通点がある。だから分かるのさ」
「まじ? そうなの? どんな共通点があるの?」
「
「へぇー。そうなんだ。なんで角、生えてるんだろうね」
「さあ。そこまではあたしにもわからないがね」
自分の頭頂部を、カイムはぽんぽんと改めて触ってみるが、柔らかな羽根の感触がするだけで硬い角はどこにも生えていない。
もちろんそれはアスタも同様で、枝毛の一つもない銀髪が流れているだけだ。
「なるほどな。今思えば、このふざけた袋を被った男がネビだとすぐにわかったのも、お主のその眼のおかげか」
「……いや、それは別に扉をあける前からわかっていた。こんな来店の仕方をするのはネビの旦那以外にはいないからね」
「うちらの心の顔って、角以外はどんなふうに見えてるの?」
「あんたら二人のかい? そうだねぇ。賑やかなあんたは、わりとそのままだね。頭に花の王冠を被った無邪気な少女だよ」
「おー! なんか、悪くないね!」
「して、私は?」
「銀髪のあんたは、そうだね。心の顔の方は、外見よりもっと大人びている。喩えるなら、プライドの高い高貴な女王、いや、女神といえるかね」
「ふんっ。悪くない。ちゃんとよく見えてるようじゃの」
「えー? アスタちゃんが高貴な女神? こんな愛らしい少女なのに?」
「節穴はカイムだけじゃ。お主も魔眼を貰った方がいいんじゃないか?」
ジトっとした目つきで睨んでくるアスタを見ても、カイムには到底大人びた女神の気品は感じられなかった。
「ちなみにネビの心の顔はどんな感じなの?」
「よく言えば、純粋そうな真っ直ぐとした目の少年かね」
「ネビが純粋そうな少年!? どこが!? なら悪く言うとどんな感じ?」
「そうだねぇ。常時真顔で瞳孔開きっぱなしの悪ガキかな」
「あー、まだそっちの方がしっくりくるかも」
そして、カイム達から離れて、一人勝手に店内を物色しているネビの心の顔は、意外とも言うべきか若い少年の顔をしているらしい。
マザーグースは葉巻の煙を口からふかしながら、ネビの方の近づいていく。
「それで? 今回は何の要件だい? ネビの旦那」
「べつに何か狙いがあってきたわけじゃない。湾岸都市に寄ったから、ついでに掘り出し物がないか見に来ただけだ」
「この時期にこの街に来るとなると、
「ああ、そうだ」
「なるほどね」
ネビは“コカトリスの羽”と書かれた翠色の羽毛を眺めながら、マザーグースの言葉に返事をする。
カイムが横からひょこっとその商品の値段を見て、ヒェッ、と小さな悲鳴を上げた。
「……ちょっと待って。今気づいたんだけど、この店の商品、どれもこれもめっちゃ高くない?」
「あたしもこれらを売買するのに、それなりのリスクをかけてるからね。適正価格のつもりだよ」
「値段のどうのこうの前に、そもそも魔物の遺骸や影響を受けた代物なんて、誰が買いにくるのじゃ? こんなもの、何に使える? 人というのは不可思議な生き物じゃな」
「使い道は人それぞれさ。それに何も、買いにくるのは人間だけとは限らない」
「え!? それどういうこと!? 魔物の関係する代物を買いにくる神がいるってこと?」
「さあね。これ以上はネビの旦那の連れとは言っても、話せないねぇ」
不敵に笑みを深めるマザーグース。
カイムからすれば、信じられないが、この魔物専門店はそれなりに需要があるらしい。
「そういえば、ネビの旦那」
「なんだ?」
「バルバトスを殺したって噂、本当なのかい?」
「ん? いや、殺してないぞ。バルバトスは試練もなしに俺へ加護をくれた後は、忙しそうにどこかに行ってしまったな。俺は柱の加護が欲しいだけ。
「……そうかい」
「それがなんだ?」
「いや、少し、気になっただけさ。まあ、そうだろうね。あたしの眼は嘘をつかない。商売をする相手は、きちんと選べる。どんなにイカれていても、あたし好みのイカれかたなのは変わってないみたいだねぇ」
「どういう意味だ?」
「いや、無視してくれ。老いぼれの独り言さ」
「そうか」
そのままネビは、ショーウィンドウをじっくりと一つ一つ物色する作業に戻っていく。
マザーグースはそんな今や堕剣と呼ばれるようになった元剣聖を、どこか慈しむような視線で見つめるのだった。
「うわぁ。見て見て、ネビ、アスタちゃん。これ“ハーピーの小腸”だって。めちゃめちゃ長いんだけどなんかウケる」
「本当に用途がわからんものばかりじゃな。“オーガの唾液が染み込んだ絨毯”じゃと? こんなもの早く洗ってしまえ」
そして、一応は神々の一派、つまりは始まりの女神に属する者のはずにも関わらず、興味津々といった様子で自らの集めた品々を眺める二柱の神々を見ながら、マザーグースは考えを巡らせる。
(あの賑やかな方は、おそらく“渾神カイム”だろうねぇ。記事でもネビの旦那と一緒に行動をしているとか書いてあった。しかし、あの銀髪の娘っ子の方は何者かね? この眼で見るとわかるが、渾神カイムと比べて、存在の桁が一つ、いや二つは違う。どうやら何かしらの力の制限下にいるのが視えるが、本来がどれほどのものか測りきれない。アスタ、と呼ばれてたか? アスタ。そんな名の神はいない……ん? いや、どこかで聞き覚え、というよりは見覚えがあったような)
何か、引っかかるものを感じる。
サングラス越しに魔眼でアスタを注視するが、その気品に満ち溢れた女神の横顔からは何も読み取れない。
「マザーグース」
「——ひっ! な、なんだネビの旦那か。驚かさないでくれよ。もうあたしも若くないんだから。心臓が止まったらどうするんだい」
「ああ、すまない。驚かせるつもりはなかった。ただ、これについてちょっと教えて欲しい」
深い思考の海に潜っていたマザーグースの耳元に低い声がかかり、彼女は驚きに軽く飛び上がる。
その際に少しずれたサングラスを元の位置に戻しながら、横を見てみればネビが麻袋頭を彼女の方に向けていた。
(というかあえて訊いてないが、どうしてネビの旦那は麻袋を頭に被ってるんだろうねぇ。変装のつもり? いや、どう考えてもむしろ目立っているようにしか思えない。聞くのも、なんか怖いねぇ。相変わらず何を考えているのかさっぱりわからない子だよ。魔眼があっても、この子に関しては意味ないねぇ)
どうやら気になった商品があったらしく、ネビはとあるショーウィンドウの前に立ち止まり、指でこつんと、そのガラスを軽く叩く。
マザーグースがネビの方に近づいていけば、そこにあったのは彼女すら展示しているのを忘れていた商品だった。
「“ダミアンの臍の緒”? それが気になるのかい?」
「ああ、これが欲しい」
数ある品々の中でネビが選んだのは、干からびたミミズのような小さな商品だった。
いつからその商品をこの自分の店に置いたのか、店主のマザーグースですら思い出せない。
ずいぶんと昔からここにあったような気もするし、つい最近誰からか買い取った代物のような気もする。
「値段が書いてない。いくらだ?」
「そうだねぇ」
そして不思議なことに、そこには値段が表示されていなかった。
マザーグースは魔眼を凝らして、そのたしかに彼女自身の筆跡で“ダミアンの臍の緒”と書かれた商品を観察する。
すると、なぜか、一瞬顔のようなものが視える。
「……驚いたね。まさか」
「なんだ? 自分の商品なのに気づいてなかったのか?」
「これは、生きてるねぇ」
マザーグースの魔眼で視える心の顔は、死後は視えなくなる。
しかし、今このミイラに近いほど乾燥したダミアンの臍の緒に、生命力が弱いのか朧げだが顔が視えたのだ。
「え? これ、生きてるの? てことは、
「本当に生きてるのか? まるで生きてる気配を感じぬぞ」
ネビとマザーグースが話し込んでいることを気にしたのか、カイムとアスタもダミアンの臍の緒の下に集まってくる。
魔眼を使ってやっと感じられる程度の微小の生命力。
むしろ、この気配に魔眼も持っていないのに気づいたネビが異常に思えた。
「ほとんど死にかけとは言っても、生きてる
「構わない。金ならある」
するとネビは外套の中から第二十三柱“
1ポンド札が百枚。
額でいえば100万グリムに相当する大金だった
「ほお? 指名手配犯にしては、景気がいいね」
「カジノで稼いだからな」
「……もう一声」
「なら、倍だ」
「よし! 売った! 契約成立だね。毎度あり!」
もう一束ポンド札を重ねたところで、マザーグースは手を打つことにする。
生きた魔物など滅多に手に入らないため、価値は高い。
しかし、どうしてか入手経路が思い出せないため、そのあたりの値段で売り払うのが適正だと彼女は判断した。
ネビの欲しいものは決して逃さないという性格からして、もう少し値段を釣り上げても問題なさそうな気はしたが、欲をかくと必ずどこかでしっぺ返しをもらうというのが彼女の持論だった。
それに魔眼を持つマザーグースからしても、ネビの思考は全く読みきれないものだ。
何が琴線に触れて気分を害するか、まるでわからない。
程よいところで線引きをするのが、ネビへの対応のコツだった。
「うっわ。こんなキモくてよくわかんない微妙に生きてる魔物に200万グリム? やっぱネビって正気じゃないね」
「おいネビ。何に使うのじゃこれ? 気味が悪いぞ」
「だいたい使い方はわかる。全く同じものじゃないが、似たものを見たことがあるんだ」
そして札束を受け取り、ウィンドウケースの鍵をマザーグースが開けると、早速と言わんばかりにネビは“ダミアンの臍の緒”を手に取る。
マザーグースからしても、その使い道にはさっぱり検討がつかない。
しかし、次の瞬間ネビが取った行動はあまりに突飛すぎて、見間違いかと一度サングラスを取って確認してしまうほどのものだった。
「え?」
「は?」
「へえ?」
マザーグースだけでなく、アスタとカイムも唖然とネビの行動を見つめている。
頭に被った麻袋を少しずらすと、細長く干からびている買ったばかりの魔物を自らの口元まで運んで、ネビは大きな口を開ける。
ベロリ、と“29”と刻まれた真っ赤な舌の上に乗せられるダミアンの臍の緒。
ごぷっごぷっごぷぷっ、と汚らしい濁音を立てながら、そのまま堕剣と呼ばれるようになった男は僅かに生きている魔物を丸呑みした。
「……うっぷ。これで、よし。いい掘り出し物があった。感謝するぞ、マザーグース。それじゃあ、いくか。次の
何がよし、なのか誰にもわからない。
200万グリムの大金をはたいて購入したダミアンの臍の緒を、一瞬で飲み込んだネビは、特に何の説明もなくそのまま店を後にしようとする。
唖然とするアスタとカイム。
マザーグースも二人と同様、言葉が中々出てこず、思わず沈黙してしまう。
「……相変わらず、変わった人だねぇ。ネビの旦那は」
「いやいや、あれを変わってるの一言で済ませるにはむりがあるでしょ」
やっとマザーグースが捻り出した一言。
それにカイムが反射的に突っ込むが、その後三人が店を出て、マザーグースが見送るまで誰も言葉を発しはしなかった。
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