群雄割拠


 突如魔物が跋扈する地獄へと様変わりした要塞都市ハイゼンベルト。

 次元に切れ目が生まれ、その先に現れた中央都市ハイセントラル。

 ほとんど生存は絶望的だと思っていたリオン・バックホーンの帰還。

 そしてなぜか自分たちを襲った顔のない怪物と共に現れた“潔癖ホワイト”ことノア・ヴィンクトリア。

 

「やべぇ。まじでどうなってんだ? 全く頭がついていかねぇ」


 あまりの情報量の多さに、“剛腕クラッシュ”セルジオ・ハインツは脳がパンク寸前だった。

 隣りの肩で息をするイリヤ・ブロウに目線を送ってみるが、彼女もまた事態を把握できていないようで、無言で首を横に振るだけ。

 僅かに疲労を感じさせるリオンもまた、多くを語ることはなく、前方を見据えている。


「とりあえず、説明は後だ。まずは目の前の敵を倒すぞ」


「う、うす!」


 近くに寄ってきたアンデッド型の魔物を、リオンが軽々と袈裟斬りする。

 刹那で絶命した魔物が、灰色の地面に転がり、今度こそ永遠の沈黙につく。

 生々しい怪我の痕がリオンには残っているが、加護数レベル30超えの加護持ちギフテッドということもあり、戦闘に支障はないらしい。


「このザコ共も厄介といえば厄介だが、どう考えても一番ヤバいのは、アレか」


「あの黒山羊ヘッド。だいぶイカついっすよ」


 黒い山羊の顔をした雷撃を手繰る魔物。

 穏やかな風に山羊の毛を揺らし、燃える街の中心で、不気味に立ち尽くす。

 今はノアと顔のない怪物の方を見ながら、静観している。

 この場で最も危険なのは、この黒山羊の魔物だ。

 セルジオは剣を握る手を強め、睨みを効かす。


「待ってちょっとさすがに人多すぎ」


「なに?」


 しかし、リオンとセルジオが黒山羊の魔物を討とうと数歩踏み込むと、そこで白い刃が彼らの目の前に出される。

 鍔のない片刃の剣。

 剣と同じ純白の髪を靡かせる少女は、強い意志で言い切る。


「ここに残っていいのは一人まで他はノアの視界に入らないところに消えて余計な色に染まりたくないから」


「はあ?」


 この場に留まっていいのは一人まで。

 ただでさえ貴重な戦力を削ろうとするノアの発言に、セルジオは唖然とする。

 パーティ嫌いのソロ気質。

 たしかにノアのその特徴はよく知っていたが、それをこの非常事態でも貫こうとする度を越したエゴにセルジオは怒りを覚えた。


「おいノア! お前、今どういう状況で、自分が何言ってんのか分かってんのか——」


「なるほどな。そういうことか」


 しかし、憤るセルジオを宥めるように、リオンが間に入る。

 その理知的な瞳は真っ直ぐとノアを見つめていて、苛立ちの気配はどこにもなかった。


「俺たちの目的は、あれを倒すことじゃない。市民を守ることだ。あの怪物を倒すことに集中して、他の魔物が中央都市に入り込んだら意味がない。何人かはゲートの向こう側で中央都市を守ることに徹しろという意味か」


「なんでもいいけど早くどっかいって」


 ノアと、おそらく顔のない怪物はこの場に残る。

 とすれば、他に何人かを中央都市の防衛に割くのは悪くない手だ。

 リオンはこの街にすでに“剣姫”が到着していることも知っている。

 倒すことより、時間稼ぎに集中する。

 それは賢明な判断に思えた。


「俺が残ろう。セルジオ、イリヤ、お前たちはあのゲートをくぐって、中央都市を守れ」


「了解です」


 リオンの考えていることをすぐに悟ったのか、イリヤが了承の返事をする。

 ノアはもはやリオン達のことを気にしていないのか、いまだに仕掛けてこない黒山羊の魔物だけを睥睨している。

 

「……おれは嫌っす」


 だが、確固たる決意を含んだ声で、セルジオがリオンの命令を拒否する。

 予想外の返事にリオンは、その茶髪の青年の瞳を覗き込む。

 そこにあったのは、決して譲らないという意志を感じさせる光。

 

「おれが、残ります」


 セルジオが、一歩前に踏み出る。

 迷いも、譲る気も、見られない。

 リオンは、僅かな苦笑を浮かべると、踵を返す。


「……わかった。死ぬなよ、セルジオ」


「リオンさんにだけは、言われたくないっす」


 頼もしくなった。

 ほんの少し見ない間に、また、強くなっている。

 これが若さかと、リオンはほんの少しだけ羨ましくなった。


「来るよギャオ」


「gyaaaaaooooooo!!!!!!!」


 顔のない怪物が咆哮を上げながら、前方に加速する。

 同時にノアも走り出し、それが合図となった。


「イリヤ! 俺たちは中央都市の方に向かって、他のザコどもを蹴散らすぞ!」


「任せてください。ザコ狩りは得意」


 リオンはイリヤを連れて、黒山羊の魔物とは反対方向に向かって駆け出す。

 セルジオはもう、振り返らない。

 借り物の剣も宙に放り投げてしまう。


「daaaaa……《山羊雷トゥエルノ》」


「gyao——」


 炸裂する閃光。

 全く反応できない、光の一撃を顔のない怪物が受け止める。


 ——バチィ。


 肉の焦げる匂い。

 セルジオにとって、あれほど強大だった顔のない怪物の半身が、たったの一瞬で消し飛んでしまった。

 桁違いの威力。

 不可避かつ、当たれば即死。

 遥か格上の、怪物。


「さすがネビ様が鍛えただけある」


「……gyao!」


 しかし、半身を失った顔のない怪物は行動不能になりながらも、ブチブチとグロテスクな音を立てながら肉体を高速で再生させていく。

 黒山羊の雷撃と、再生していく顔のない怪物を見ても、何も気負うことなくノアは真っ直ぐと駆けていく。

 怖れも、迷いも、彼女にはない。

 狂気すら感じるほど純粋な瞳で、加速していくのみ。



「ははっ、なんだよこいつら。ノアも含めて、バケモンばっかりじゃねぇか」



 武者震いにセルジオが肩を揺らす。

 置いていかれるわけにはいかない。

 群雄割拠。

 まともな奴はどこにもいない。

 正気でいたら、すぐに置いていかれてしまう。


「いいねぇ。燃えるじゃんか。激れ、【鐵骨てっこつ】」


 二メートル程の大剣。

 不思議と、前より軽く感じた。


「俺に足りないのは、喜びだ。また剣を振るえることに、感謝するぜ」


 命を賭して、喜びを感じ得る。

 自らに足りないものを見つけた青年は、英雄の階段を登る。

 セルジオは雄叫びを上げ、自らを鼓舞しながら、そして怪物たちの饗宴の中に飛び込んでいった。

 

 

 

 


 

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