探し人



 いまだ喧騒の乗らない、冷たい夜風が銀髪を揺らす。

 要塞都市ハイゼンベルトからまだ少し離れた場所で、腐神アスタは頬杖をつきながら横でえづき続ける渾神カイムの横顔をぼんやりと眺めていた。


「うっぷっ……まじで気持ち悪い。もうだめ。うち、再起不能かもしれない」


「無駄口叩く暇があるなら、もっと吐かんか」


「うぅ、アスタちゃんまでネビ化してきてる。深刻な優しさ不足なんですけど!」


 友人と会うという、要領の得ない言葉と共に一人残ったネビと別れた後、ついに後少しで要塞都市に辿り着くというタイミングで再びカイムは酔ってしまった。

 仕方なく再びアスタとカイムはギャオから降りて小休憩をとることにした。

 ただ、もう要塞都市まであと少しということで、ノアとギャオだけ先に要塞都市に向かっているという状況だった。


「というか、ネビいないんだったら、うちら行く意味なくない? だって魔物ダークがいっぱいいるんでしょ? めちゃ危ないじゃん。むしろ行かない方がよいまである」


「……まあ、一理ある。魔素は私たちにとって毒だしな。ただ、最近身体がなまってきておるからなぁ。少し運動をしたいのじゃが」


「アスタちゃんってなんやかんやで武闘派だよね」


「どう見ても武闘派じゃろうが」


「いや見た目は可愛いそれこそ小娘でしょ」


「誰が小娘じゃ」


 アスタが睨みをきかせると、ぐひひとカイムは笑うが、また吐き気が戻ってきたのか顔を地面に突っ伏す。

 それを横で眺めていたアスタは一人、やれやれと首を振ると、まだ遠くに臨む人の街の方に視線を向けた。


「……ん? なんじゃ? 誰か来るぞ?」


「え?」


 するとそうやって地平線を眺め続けていると、やがて遠くから人影がひとつ見えてくる。

 ほとんど骨と皮のような痩身。

 人間にしては背が高く、ネビよりも頭二つ分以上大きい。

 荒涼とした灰色の地面に届くほどの長髪は、どこか禍々しい藍色。

 何より、暗闇で輝く黄色の瞳が三つ分あるのが特徴的な女だった。


「これは僥倖。貴様ら、ただの人ではないな?」


 その女はノイズがかかったかのような嗄れ声で話す。

 アスタは顔を顰める。

 三つの瞳を持つ女はどこか掴みどころがなく、まるで幽霊のような気配がした。


「何だろうね、この人? なんか、気配が薄いというか、匂いがしない」


「誰じゃお主? お主がネビの言っていた友人とやらか?」


「……ネビ? どこかで聞いた名前だ」


「あいつ、名前忘れられてるぞ」


 その奇妙で不遜な態度。

 人でも神でも魔物でもないような、無色透明の気配。

 アスタはこんな荒野で一人で徘徊しているその三つ目の女こそが、ネビの友人ではないかと予想する。


「おい、お主。誰だか知らんが、探してる奴はここにはおらんぞ。もう少し手前じゃ」


「妾の探し人だと? ……へえ? 面白いことを言う」


 ほとんど耳まで裂けた口を笑わせ、女は黒い歯を見せる。

 瞳が三つに、真っ黒な歯。

 さすがはネビが友人と呼ぶ相手だ。なんとも奇怪だなとアスタは一人で勝手に納得する。


「その妾の探し人とやらはこの近くに?」


「いや、お主が近くにいるからと言って、ここから少し離れた場所で待っておるぞ。なぜお主らこんなわけわからんところで待ち合わせしてるのじゃ? 類は友を呼ぶ。変人の周りには変人しかおらんな」


「ぶふっ! アスタちゃん、それブーメランだよ!」


「……なに笑っておる。それを言い出したらお主もじゃろうが」


「ぎゃあ! 確かに!」


 やっと酔いが覚めてきたのか騒ぎ出すカイムに、アスタはジトっとした目線を送る。

 そんな二人の神を見ていた三つ目の女は、何かに迷うように首を傾げていた。


「面白い。なら、連れて行け」


「は?」


「妾の探し人とやらに、会わせろ」


「……そう言われても、正確な場所はわからんぞ」


「あ、うち、わかるよ!」


「なに?」


「ネビには渾めておいたから、居場所はわかる。うちの固有技能を使えば」


「お主そんなことできたのか」


「まあね! これでも神だから!」


 どういう仕組みかは不明だが、今に限ってはネビの居場所をカイムが特定できるらしい。

 アスタは頭を掻き、仕方ないと肩を落とす。

 

「仕方ない、ついてこい、女。お主の友人とやらに会わせてやる。このまま、あいつがお前を待ちぼうけて、こちらに来れないのも困るからな」


「……」


 ネビの下まで連れていくとアスタが口にすると、三つ目の女は声もなく笑みを深める。

 ネビに似て気味の悪い奴だと彼女は思った。




———



 ほんの僅かに、魔の気配がした。

 よほど鋭敏な感覚を持っていなければ気づけないような、微小な香り。

 剣姫タナキアと別れた後、ネビは夜の中を走り続けている。


(……あれは)


 その内感じ出す、魔とは別の気配。

 それはネビがよく知る、二人の神のものだった。



「あ! いたいた! ネビだ! おーい!」


「やっと見つかったか。手間をかけさせおって」



 遠くから姿を見せるのは、アスタとカイムと、そして一匹の魔物だった。

 存在を隠匿する能力か何かを使用しているのか、妙に気配が薄いが、ネビにはソレが魔物だとわかる。

 なぜ瞳が三つあって、ギザギザとした黒い牙を持つ木のように大きな女の姿をした魔物を連れているのか、ネビにはわからない。


「おいネビ、友人とやらを連れてきてやったぞ」


「友人?」


 神を自称するアスタが、魔物を友人と呼んだ。

 ネビは困惑する。

 明らかに目の前の女は、ネビだけでなくアスタやカイムに向けても殺意を持っている。

 そんな相手をなぜ、友人と呼んでいるのか、不可解で仕方なかった。


「……オドロイタ。ネビ・セルべロス。貴様を、妾は知っているぞ」


 三つ目の女は嬉しそうに笑う。

 ネビはその女を知らないが、向こうは彼のことを知っているらしい。



「妾の同胞を殺した、悪名高きニンゲン。会えて嬉しいぞ。妾の名は、メイガス。貴様の死体が欲しいのだが、殺してもいいよな?」



 同胞を殺した。

 相手は魔物だ。

 心当たりがありすぎて、ネビは何の話かいまいち把握しきれない。

 ただ、明確に殺意を口にした魔物に対して、すでに発現してあった赤錆を向けていいのか、彼は少し迷うのだった。



(……アスタの友人って言ってたか? じゃあ、殺したらまずいのか? 四肢切断くらいまでがセーフか?)

 

 




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