甘味
地面に勢いよく吐血する。
胸の中を抉るような痛みに、ネビは苦痛で顔を歪める。
手には
心臓に痺れるような感覚が走るが、それを抑える術はない。
ただ、ただ、耐えることしか今の彼にはできなかった。
「ぎゃああああーーー! ちょっ、ちょっ! ちょっと待って!?!? なにこれ!?!? どういうこと!?!? ありえないんですけどこれなにまじ!?!?」
唐突な絶叫。
地面に片膝をついて剣を地面に突き立てるネビは、声がした方に顔を向ける。
そこにいたのは頭頂部から赤く目立つ羽根を伸ばした、目の周囲の黄色模様が特徴的な少女——渾神カイム。
カイムはわなわなと全身をふるわせながら、ある一点を凝視している。
それは彼女の手に握られた地図ほどの大きさがある一枚の紙。
紙面を今にも破り捨ててしまいそうなほど手を震えさせ、彼女は口をパクパクと開け閉めしていた。
「ネビ! 大変! まじで大変! ちょっと今すぐこれ見て!!!!」
「……なんだ?」
第六十一柱、渾神カイムは血反吐を吐いて苦悶の表情を浮かべるネビに駆け寄ると、彼の状態などまるで気にすることなくその手に持った紙を差し出す。
「ほら! これ見て! ありえないことが書いてある! 超デマなんですけど!」
「……ああ、本当だな。これはとんだ大嘘だ」
「でしょ!? やばくない!?」
どうやらカイムが騒いでいるのは情報機関紙の記事の号外の内容らしい。
基本的に世論や世界情勢といったものに大きな興味を抱かないネビだったが、そういった種類の情報媒体が存在することは知っていた。
「……森の賢者とも呼ばれることの多い、寡黙な神、第六十一柱、渾神カイム、か。いくらなんでも冗談がすぎる。笑えはするが」
「だああああああ!!?? そこじゃねぇぇーーーー!!!?!? ち、が、う、だろ! 違うだろーーー!!! そこじゃなくてっ! なんかうちがルーシー様を裏切ってネビの協力者になったことになってるんですけどぉぉぉ!?!?!?」
「なんだ? お前も裏切ったのか?」
「裏切ってねぇぇ!!!!!! あああああ!!! 終わりだ! うちの
甲高い声をあげて発狂しているカイムを横目に、ネビは再び大きく吐血する。
だが、痛みは段々と鈍くなり始めている。
その事にネビは嬉々とした感情で、口角を釣り上げた。
「お、おい、ネビ、これはどういうことじゃ……?」
すると今度は鮮やかな銀髪の髪を揺らす美少女が、ネビの下に近づいてくる。
半分白目を剥きながらうわごとを呟くカイムの手からこぼれ落ちた記事を手に持ち、ぷるぷると何かに耐えるように目を充血させるのは彼女は——腐神アスタ。
自らを第七十三柱と呼ぶ、異端の女神はネビに向かって記事を突き出す。
「な、な、なんで私の名がどこにも載っておらんのじゃああああ!! お主とカイムのことばかり! ず、ずるいぞ! お主たちを導いているのはこの私なのにっ! なにがネビの陣営じゃ! 違うわいっ! 私じゃあっ! 私の陣営にネビとカイムがいるのじゃあああああ!!!!」
「なんだ。そんなことか」
「なんだとはなんじゃあああ!!!!! ううううう! 悔しい! 私のことも記事にしろぉ!!!!!」
紙をくしゃくしゃに丸めると、アスタは思い切り地面に叩きつける。
このあたり特有の黒土に跳ね返り、ころころと転がる。
やがて転がった先で、大きな物体にあたりそこで止まる。
大木より長く太い、巨大な体躯。
斑ら模様は警戒色である赤と黒。
ネビの赤錆ほどの長さがある牙が口の中から伸びる。
“カースドレイク”。
先ほどの記事を作成した広報商社RCCが定めた
街一つを崩壊させるほど強大な力を持つとされる怪物。
しかし、その大蛇の目に今や光はなく、もう瞬き一つすらしない。
「そろそろ、いいか」
そしていまだに嘆き続けるアスタとカイムの横で、ネビはゆっくりと自らの脇腹に差し込んでいたカースドレイクの牙を抜き去る。
ドクドク、と流れ出る血。
顔色一つ変えずに、慣れたように傷口に布を巻いて雑に処置を終えると、牙を放り投げネビは立ち上がる。
「今日はこいつの肉を食べるつもりだが、アスタとカイムはどうする?」
「……うちは要らない。てか菜食主義だっていつも言ってるじゃん。まあ雑食でも食べないけど」
「……それ、毒あるじゃろ。というかマリンファンナの街に行く前も毒草を定期的に食べていたが、毒が好きなのか?」
「いや、ただのレベリングだ。それにこいつの身の毒は薄めだぞ。牙ほどじゃない」
「薄ければいいか、ってなるかバカ」
ネビの奇行にもだいぶ慣れてきたおかげで、アスタとカイムは彼が殺した魔物の牙をへしおっていきなり自分の脇腹に突き刺しても、なんとも思わなくなっていた。
「はあ、ほんとむり。まじでむり。うちこれからいったいどうしたらいいの?」
「そういえばカイム。お前いつまで俺たちに着いてくるんだ?」
「はあああああ!?!?!? ね、ね、ね、人の話聞いてた!?!?! あんたのせいでうち世界の裏切り者になっちゃってるんですどぉ!?!? どう責任とるつもり!?!?」
「なんの責任だ?」
「ひゃあああああ!!?!? まじこいつアタオカなんですけど!? うぇーん! やだやだもう帰りたい!」
「だから帰っていいと言ってるのに」
「この人手なし! 悪魔! もげろ!」
大声で泣き喚きながらうずくまるカイムを見ながら、ネビは改めて考える。
精神デカラビア対策で念の為連れてきたが、結局は彼女の力を大きく頼ることはなかった。
まだこの先で、彼女の
別の活かし方を考えてもいいかもしれない。
ネビは少し、考えることにした。
「gyao! gyao! gyao!」
「アーン? オドロイタな。オレのペット、シンデルじゃん」
——そんなネビの思考を遮る、ノイズのように濁った音。
鼻腔をくすぐる、特徴的な匂い。
彼は無意識のうちに、赤錆の刃を撫でる。
「なんじゃ? 魔物か?」
「え? 今、あの魔物、喋ってなかった?」
さすがにその滲み出る存在感にアスタとカイムも気づいたのか、視線をネビと同じ方向に向ける。
黒と灰の岩山の窪地で、三人より少し離れた場所にいるのは、魔の気配を漂わせる二体の異形。
片方は全身がブヨブヨとした巨漢で、顔を目も鼻もなくミミズのような口に似た顔がついている
もう一体は太ったミミズの怪物に比べれれば小柄で、黒山羊の頭部をしていることを除けば人間のような体格をした魔物。
そのどちらも、カースドレイクより魔物としての格は上だと、ネビは直感的に悟る。
「たまらないな。今晩は
長い犬歯を覗かせ、赤い瞳を輝かせ、ネビは嗤う。
餌だ。
上質の餌が、すぐそこにある。
腹を空かせた獣が舌舐めずりをすれば、そこに漆黒の刻印が見える。
真っ赤な舌に刻まれていたのは、“29”、という数字。
ネビは興奮を唾と一緒に飲み込み、狩りを始めることにする。
「さあ、濡れろ、赤錆。
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