魔女狩り

同盟



 そこはまさに地獄のような有様だった。

 四肢の欠損した遺体がそこら中に散らばり、煉瓦造りの住居は半壊状態のものばかり。

 本来ならば色鮮やかに咲き誇っているであろう花壇は蹂躙され、大きく損壊した噴水が途切れ途切れに水を垂れ流している。



「こいつは酷いな」



 要塞都市ハイゼンベルト。

 連合大国ゴエティアに属する七大都市の一つであるこの街が、魔物ダークの軍勢に襲われたのはつい先日のことだが、話に聞いていた以上の惨状に彼は辟易としていた。


「うっわ、まじやばいっすね! あがるあがる!」


 血と瓦礫の山を眺めながら、彼の横で一人の青年が嬉しそうに目を輝かせている。

 つんつんと逆だった茶髪と大きな黒目の童顔が特徴的で、若々しい印象を周囲に与える。

 童顔の青年は周囲の悲惨な景色と不釣り合いな嬉々とした面持ちで、興味深そうに周囲をキョロキョロと見回していた。


「ちょっとあんた? なんなんのその態度? 一般市民が死んでるのよ? 不謹慎だと思わないの?」


「えー? 不謹慎とか、萎えること言わないでくださいよ! それはそれ! これはこれ! こんなに魔の匂いがプンプンしてたら、激るのが加護持ちギフテッドってもんでしょ!」


「あー、やだやだ。だから黄金世代って嫌いなのよね」


 はしゃぐ青年を後ろから咎めるのは、黒髪をポニーテールに纏めた吊り目の女。

 腰には何本ものダガーをぶら下げ、不機嫌そうに片耳にぶら下げたイヤリングを手で触っている。


「まあまあ、イリヤさん。そう怒らないでください。怖気付くよりはましだと思いましょう」


「あんたも本当に戦えるんでしょうね? 聖騎士協会の奴っていまいち信用ならないのよね」


「心外だなぁ。僕だってちゃんとやるときはやりますよ。民を守るという志は、加護持ちの皆さんと同じです」


 吊り目の女を宥めるのは、眩しいほどの白い服に全身を包んだ丸い眼鏡の男。

 首からは銀色の十字架をぶら下げ、人当たりの良い笑顔を浮かべている。


「それで、見立てはどうですか? リオンさん」


 そして彼——リオン・バックホーンの横まで眼鏡の男は歩み寄ると、青い瞳を細めて視線を送る。

 自らのブラックグレイの短髪を一度掻くと、リオンは小さく溜め息を吐く。


「……事前情報通りだな。推定40レベル相当の魔物ダークがいてもおかしくない」


「さいっあく。とんだ外れくじじゃない。こんなの神下六剣呼びなさいよ」


「推定40レベル! かぁー! たまんねぇ! 早く戦いてぇー!」


「リオンさんが言うのなら、間違いないですね。いやはや、困った困った。僕、生きて帰れるかな」


 要塞都市ハイゼンベルグを襲撃した魔物ダークの軍勢を討伐せよ。

 連合大国ゴエティアの王からの招集によって、集められたのは四人の加護持ちギフテッドと、自ら志願した聖騎士協会ナイトチャーチの幹部が一人。

 

 “将軍ジェネラル”、リオン・バックホーン。

 “幻惑ファントム”、イリヤ・ブロウ。

 “剛腕クラッシュ”、セルジオ・ハインツ。

 “潔癖ホワイト”、ノア・ヴィクトリア。

 “みず騎士きし”、サウロ・ラッフィー。


 連合大国ゴエティアに入国中の加護持ちの中で、加護数レベルの最上位四人が招集されたのは、七大都市の一つが魔物の軍勢によって陥落させられたことが大きな理由だ。

 この数ヶ月の間、魔物ダークの動きが活発になっていることは最早周知の事実だ。

 北の大国クスコでも魔物の進軍により何十もの街が落とされ、今は神下六剣の一人、“剣帝”が急遽派遣され、対処にあたっているという。


「しかも今回はただの魔物の群れじゃなくて、軍勢。要は指揮官みたいな知識を持った魔物がいるってことでしょ? はー、面倒臭い。割に合わないわ」


「知識がある魔物っておれ、まだ戦ったことないぜ! うぉー! 燃えまくり!」


「知識ある魔物ですか。リオンさんはありますか?」


「ああ、一度だけあるな」


 剣帝以外の神下六剣も、より被害の酷い他国で魔物との戦いに明け暮れている。

 日々魔物の勢力は増し続けている。

 長い間息を潜めてきた魔物たちが再びここまで活発になったのは、明らかにある時期からだとリオンは記憶している。


(……堕剣、か。剣聖ネビが追放されてからだな。直接会ったことはないが、噂は聞いていた。魔物と人間のパワーバランスが崩れたんだろう。この俺では手も足も出ないような魔物を、何匹もあの人が一人で屠っていたからな)


 堕剣ネビ・セルべロス。

 歓楽都市マリンファンナを堕としてから、再び行方をくらました元剣聖がこれまで驚異的なペースで魔物狩りを行なっていたことで保たれていた平穏はすでに崩れた。

 混沌の時代だ。

 リオンはたしかに時代が変わり始めているのを実感していた。


「勝てましたか?」


「いや、逃げ延びるので精一杯だったな。向こうが本気で俺を殺そうと思えば殺せただろう」


「それはそれは。リオンさんでも勝てない魔物ですか。名は?」


「……名は知らないが、その地域では“魔女”、と呼ばれていた」


 懐かしい記憶だった。

 魔女と呼ばれる強大な力を持った魔物ダーク

 その時はとある神下六剣の一人に助けてもらい、リオンは何とか生き延びた。

 当時に比べて、リオンも大きく力をつけたが、それでも今でも敵うかどうかはわからない。


「リオンさん! 早くいきましょうよ! 魔物ぶっ潰しにいきましょ!」


「いや、今日はもう日が落ちる。後を追うのは明日にしよう」


「えぇー!? そんなー!」


「そこ、うるさい。今回はリオンさんがパーティのリーダーって決まってるんだから、大人しく従いなさい」


「こんな焦らしプレイないっすよ! 欲求不満でおれ、おかしくなっちゃいますよぉ!?」


「まあまあ、いいじゃないですかセルジオくん。そんなに急がなくても。だいたい、まだ全員揃ってないし」


「揃ってないってノアのことすか? あいつなら、たぶん来ないっすよ。あいつパーティ嫌いで有名っすから。魔物討伐自体には向かってると思うっすけど、絶対ソロで行くはずっすね」


「なによそれ。やっぱり黄金世代ってろくな奴いないわね」


「……野営の準備をするぞ」


 強力な魔物相手の場合は、加護持ち何人かでパーティと呼ばれる同盟を組むことが多い。

 しかし、個性派揃いの加護持ちの中では素直にパーティを組まず、ソロと呼ばれる単騎で魔物討伐を行う者が少なくない。

 今回の招集メンバーの中にも、そういった性質の者が紛れ込んでいるらしい。



(黄金世代と黄金世代嫌いに、腹の読めない聖騎士。それにソロが一人、か。前途多難だな)



 長い、旅になる。

 集められた加護持ちの中で最年長であり、最上位の加護数ということでリーダーを任命されているリオンは気が重くて仕方がなかった。

 



 


 

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