号外:裏切りの神


“号外!! 歓楽都市マリンファンナ崩壊!! 第六十一柱、渾神カイム裏切りか!?”


 階歴662年4月30日、連合国ゴエティアの七大都市の一つ、歓楽都市マリンファンナに堕剣ネビが姿を現したという知らせが入った。

 今や神殺しとも呼ばれるようになり、各所で数々の神々が堕剣ネビに襲われる中、ついに初神バルバトスに続き、二度目の惨劇が起きてしまった。

 此度の犠牲者は、第六十六柱、“精神せいじんデカラビア”。

 歓楽都市の主人の姿は今やどこにもなく、街に残されていたのは斬り飛ばされた右腕のみ。

 その生存を信じるには、あまりに難い。


 さらに今回、到底信じられないような知らせも届いている。

 それはなんと、堕剣ネビに協力者がいるということだ。

 魔物ダークの誘惑に堕ち、全世界の敵となった堕剣ネビの協力者とは、森の賢者とも呼ばれることの多い、滅多に人目に姿を現さない寡黙な神。

 第六十一柱、“渾神こんしんカイム”。

 なんと彼女は、始まりの女神ルーシーを裏切り、堕剣ネビの陣営についたというのだ。


『いやあ、そりゃあすごい騒ぎだったぜ! 堕剣の旦那はカジノで馬鹿勝ちもいいとこさ! ヒューッ! あんなに他人のギャンブルで興奮したのは人生で初めてさ! おれだったら何回失禁してるかわかんねぇよ、ぎゃはは! いや見てただけでちと漏らしたかもしんねぇ! まあとにかく! ありゃ、人間じゃねぇ! 女はべらせて、金はたんまり! しかも女の方はモノホンの神ときた! ヒューヒューッ! 憧れるねぇ! ネビ・セルべロスは男の夢だぜ! いつの時代も女と金は悪い男に集まるもんさ!』


 歯の抜けたギャンブル中毒の男は、酒臭い口でそう語った。

 彼が言うには、堕剣ネビは銀髪の美しい少女と渾神カイムを連れ添いながら、歓楽都市に忍び込んでいたようだ。

 警戒心の高い精神デカラビアの下に、堕剣ネビが辿り着いたのも、おそらく渾神カイムの手引きがあってのものと予想される。

 歓楽都市での渾神カイムの目撃情報は多数あり、少なくとも精神デカラビア襲撃に何らかの関係性があるのは間違いない。

 そんな神の裏切りの可能性に、堕剣ネビが始まりの女神ルーシーに追放されなければ、次にネビに試練を与えることになっていたはずの第十一柱、“鬼神きしんベレト”はこう語る。


『うんうん。そりゃまずいね。死刑だね、死刑。神だからって関係ないよ。うんうん。殺さなきゃいけない。だって、堕剣ネビの協力をするってことは、ルーシー様を裏切るってことだよ? そんなの、殺す以外ないよ。裏切りは、例外なく許されない。人でも神でも、関係ない。うんうん。さすがにこれ以上は見過ごせないね。ぼくが、やるよ。堕剣ネビも渾神カイムも、まとめてぼくが殺す。領域ルームなしの、本物の試練を、彼らに教えてあげるよ』


 前代未聞の衝撃的な宣告だ。

 神が自ら、加護持ちギフテッドと神を討ちにいくと口にしたのだ。

 たしかに、堕剣ネビが神狩りを始めてから幾月か時間が経っているが、今だに彼を止められる者は誰もいない。

 もはや堕剣ネビは人の手に余るのかもしれない。

 この現状を、聖騎士協会ナイトチャーチ幹部の一人、“火の騎士”オルフェウス・イゴールはこう語る。


『ネビを本当に止められるのかって? うーん、それなあ。ぶっちゃけ、きついと思うぜ? 加護を一度失ったから、今のネビならって思ってるやつもいるかもしれんが、それは思い違いだな。むしろ、より厄介だと思うよ、正直。あいつの強さは、加護とか、魔素とか、そういうとこじゃねぇんだ。もっと、根っ子のとこだ。魂からバグってんだよ、あいつは。俺は一回、あいつと仕事で共闘したことがあるが、あいつだけは敵に回したくないと思ったね……いやいや、わかってるよ!? べつにサボるつもりはねぇって! 俺だってネビは追ってる! それこそ仕事だからな!?』


 聖騎士協会の幹部クラスといえば、“奇跡”と呼ばれる特別な秘術を使う世界の治安組織の一員の中でも最高峰の力を持ち、その力は神下六剣に勝るとも劣らないと呼ばれる超越者であることはよく知られている。

 そんな強力な力を持つ数少ない幹部の一人、“火の騎士”が明確にネビを討つのは困難だと話している。

 やはり、元とはいえども、人類最強は伊達ではないということのようだ。

 堕剣ネビが今もなお、強大な力を備えていることを証明するような知らせも、また歓楽都市マリンファンナで耳にすることができた。


『……アー、あいつは、悪魔だよ。生半可な実力で刃向かえば、大きな代償を払うことになる。アタシは、負けた。完全に、な。それにアタシだけじゃない。ハウンドも負けた。顔潰されて、腹も抉られてたからな。まだ生きてるかすら、わかんねぇ。もしかしたら、どっかで野たれ死んでるかもな。とにかく、よくわかったよ。アタシ達の世代で手に負える相手じゃないんだ。アタシが生きてるのは、殺す価値すらないからだよ。脅威ですらないんだ。その辺に落ちてる、小石を蹴飛ばしたのと同じ感覚だろ……これからどうするかって? ハッ! どうもしねぇよ。どこか遠くにいくさ。あいつのいないところなら、どこでもいい。とにかく、遠くに行く』 


 まるで覇気のない様子でこう語ったのは、あの“大食い”オーレーン・ゲイツマンだ。

 これまで見せていた勇猛な面影はどこにもなく、取材した時も本当にこれがあの大食いなのかと疑ってしまったほどだ。

 大食いの言葉によれば、歓楽都市マリンファンナで彼女自身だけでなく、かの有名な“黄金姫エルドラド”ナベル・ハウンドも堕剣ネビと交戦し、敗北を喫したという。

 あの人生不敗の天才加護持ちすら、堕剣ネビに敵わないというのは、にわかには信じ難いが、事実この歓楽都市マリンファンナの事件以降、黄金姫は消息不明となっている。

 話によれば堕剣ネビとの戦いでかなり重傷を負ったらしく、すでに死んでいてもおかしくないという。


 数々の神を倒し、黄金世代ですら止められない堕剣ネビ。


 いったい、この悪魔の如き力を誇る怪物を止めるのは誰か。


 聖騎士協会はもちろん、すでに神下六剣の“剣姫”は堕剣ネビを追っているという情報もあり、先の話から鬼神を筆頭に神の陣営もいよいよ動くという話だ。


 さらに、人類最強である“剣帝”への堕剣ネビ討伐の懇願書が、各国の王から正式に提出されるという噂もある。


 すでに神々は何柱も落とされ、とうとう堕剣ネビ側につく神の裏切りまで始まり出した。


 いよいよ、我々市民は、堕剣ネビを一罪人ではなく、自らの生活の平穏を混沌に突き落とす、迫り来る災厄として認識しなくてはいけないのかもしれない。



 最後に、もし堕剣ネビや裏切りの神カイムを見かけたら、決して近づかず、ぜひ情報をこの私の所属する広報商社RCCにご一報いただきたい。

 どんな小さな情報でも、それが世界を救うきっかけになるかもしれない。

 私たちにも堕剣ネビと戦う術はあるということである。


 著 ジョン・ライター”


 

 


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