女と金
「うぅ〜、やっとついたぁ。歓楽都市マリンファンナって栄えてるくせに辺鄙なところにあるんだよね〜」
「ほぉ、ここが今回の狩場か。なるほど前回の街とはまた景色がずいぶんと違うの」
ぐっと背伸びをする渾神カイムと、その横で物珍しそうにアスタがきょろきょろと周囲を見回している。
時刻はちょうど日が落ち始める夕方頃。
昼の間はほとんど人気のなかった歓楽都市マリンファンナに、段々と活気が満ち始めてくる。
看板のない飲食店らしき建物から白い煙が伸び、香ばしい匂いがスモークのように色付きで漂う。
「変わらないな、ここは」
カイムとアスタから少し離れたところで、フードを深く被ったネビは辺りを注意深く見渡す。
他の都市と比べて、人の往来が元々盛んということもあり、彼らの方に目立って注意を払っている者はどこにもいない。
どうやら待ち伏せのようなものはされていないようだ。
「てかさ、ネビが寄り道ばっかするからここに着くのに無駄に超時間かかったくない? 定期的に反復横跳びを数時間繰り返したり、わざわざ毒があるって分かってる珍草を時間かけて探し出して、しかも謎に食べて案の定吐きまくってたり。まじ謎すぎ。あの奇行なんとからないの?」
「塵も積もれば山となる。地道なレベリングが後々効いてくるんだ」
「は? まじ会話にならないんですけど。ね、ね、アスタちゃん。やっぱりこんなイカれと一緒に逃避行なんてしてないで、うちのところ来なって」
「ネビの会話が下手くそで、イカれなのは同意じゃが、こいつは私の剣。手放すつもりはない。それにお主と一緒に暮らしていたら頭が錆びそうで嫌じゃ。剣が錆びる方がマシというものよ」
「もぉ〜、ほんとにアスタちゃん口悪いんだけど! まじこのくそネビの何がいいの? ネビもネビだよ! こんな可愛らしい子たぶらかして! この奇人ロリコン! はやく処されろ!」
「……俺もお前ほど変わっている神は他に知らないな」
一応脅されて強制的に旅に同行させているはずにも関わらず、度々尊大な態度をみせるカイムから視線を外し、ネビはアスタの方に顔を向ける。
本命は元来第六十六柱と関わりのあるカイムだが、アスタもまた標的になってもおかしくない。
ネビはこの街で起こり得るあらゆる事態を脳内でシミュレートしておく。
洞察、想定、対応。
彼はその明晰な頭脳で、すでにこの歓楽都市との戦いを一人始めていた。
「アスタ、ここはもう奴の縄張りだ。いつ奴の手がかかってきてもおかしくない。注意しろ」
「奴……“第六十六柱”、か。お主がそこまで警戒するとは、余程強いのか?」
「さあ、強さは知らない。だが、厄介なのは間違いない。カイムのように、馬鹿じゃない」
「うん? 呼んだ? ごめん聞いてなかった!」
ひょっこりと気の抜けた顔を振り向かせるカイムを見つめながら、アスタは不思議に思う。
これまで出会ってきた神は例外なく、ネビを怖れ、抵抗なく柱の加護を渡してきた。
過去に何があったのかアスタは知る由もないが、二度と戦いたくないと思うほどの圧倒的な勝ち方を収めてきたらしい。
それにも関わらず第六十六柱に関してはむしろネビの方が警戒を強めていて、強さすら把握できていないという。
「強さを知らない? どういうことじゃ。第六十六柱の加護は手に入れたことがないのか?」
「いや、第六十六柱の加護は手に入れたことはあるし、直接一度会っている。ただ奴の試練は特殊だったからな」
「うちら神はさ、加護持ちには試練を与えるんだけど、その試練の内容って実はけっこう自由に決められるんだよ。ほとんどの神は条件設定込みの決闘方式を取ることが多いんだけど、精神は違う」
「そいつは何を求めるのじゃ?」
「“
「……これはまた、胡散臭い神もいたものじゃな」
「そうなの、
うげぇっと、舌を出すジェスチャーを見せるカイムを見て、アスタは苦笑する。
女か金か。
そのたしかに独特な試練の内容を知り、アスタはここでやっとネビがアスタをここに連れてきた理由に納得した。
「前回、俺は金であいつの柱の加護を手に入れた。だが、今回は追われる身だ。金だけじゃ足りない。金と女、その両方がいる」
「最初にも言ったけどネビ、うちはあいつが姿を見せたらそれ以上は何もしないからね!」
「わかってる。一度尻尾を掴めば、奴が加護を渡すまで決して離しはしない」
偉そうに腕組みをするカイム。
その様子を見て、アスタはふと疑問を一つ抱く。
金と女。
両方が必要だとネビは語るが、相変わらず片方が欠けている気がした。
「のお、ネビ。女の方はギリギリこの小娘で良いとして、金の方はどうするつもりじゃ? お主、金あるのか? わかっているとは思うが、私は一銭もないぞ」
「あれ、アスタちゃん、何がギリギリなのかな? うち、神々の中じゃわりとぴちぴちだよ?」
「心配ない。そっちは俺の得意分野だ。特に、この街ではな」
茜色の空が、影の部分に覆われていく。
色彩の強いネオンサインに目を細めながら、ネビは鋭い犬歯を覗かせた。
「さあ、派手に稼ぐぞ。
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