大罪


 やはり、な。

 なんとなく、という程度ではあるがアスタはこのギフテッドアカデミーにおいて、このまま何の障害もなく初神バルバトスの下に辿り着けるとは思っていなかった。

 突如現れた金髪の少女の一太刀を受け止めたネビは、珍しくいつもの無表情を崩して面倒そうな顔をしていた。


「失礼、私の方の自己紹介がまだでしたね。ナベル・ハウンドと言います。ちなみに、そちらの女性の方、アスタさんでしたっけ? 貴女は堕剣ネビとどういったご関係で? 彼が今、この世界においてどのような存在か、さすがに知らないわけはないですよね? 一緒に行動を共にするだけで、大罪ですよ? それとも、何か弱みでも握られていますか?」


「一緒にいるだけで大罪か。のう、ネビよ。お主、中々に顔が売れてるらしいな」


「堕剣、か。なんだか知らない間に呼ばれ方が少し変わっている気がするが、まあいいか。顔が売れてるのはたしかにそうだ。だからこの街でも顔を隠してただろう」


「……あの、私の話、聞いてます?」


 ナベルの表情は笑顔のままだが、ネビへ打ち込んだ剣にかかる圧力が増す。

 その膂力に耐えきれないのか、模造刀の方がミシミシと軋む音を立てていた。


「ああ、すまんの。私は少し世間知らずなところがあってな。この狂犬が人の世でどのように呼ばれてるかは詳しくない。じゃが、先に言っておこう。私がネビと行動を共にしているのではない! ネビが、私の行動に付き添っているのじゃ!」


「貴女の行動に? それは、どんな?」


 これまでずっとネビの方に注がれていた青の視線が、ここでアスタの方に移る。

 その品定めするような視線を受け、アスタは勝ち誇ったように宣言した。


「神殺し。私は、始まりの女神ルーシーを殺す。このネビを使ってな」


「……へぇ。あの福音ゴスペルは本当だったんだぁ。じゃあ、貴女ってもしかして、魔物ダークだったりする?」


「あんな低俗な者どもと同じにするなよ、小娘」


 堕剣ネビ・セルべロス。

 莫大な懸賞金をかけられた、元神下六剣。

 その風評を知らないというは、現実的にはありえない。

 なぜならば、全人類が生まれつき受けた始まりの加護によって、その声明は強制的に聞かされているからだ。

 始まりの女神の声を、聞いていない。

 魔物でもない限り、ありえない存在。

 アスタは続けて高らかに告げる。

 神は、もう一人いると。


「私の名は腐神アスタ。第七十三の神。そして、第一柱始まりの女神ルーシーを討つ反逆の女神じゃ」


 第七十三柱、腐神アスタ。

 知らない名の神。

 ナベルは騙りかと疑う。

 どうやら堕剣ネビの隣には、真偽不明だが、自称神が付いているらしい。



「互いの自己紹介が済んだようだし、じゃあ俺はここらで抜けさせてもらうぞ」



 その意識がアスタに偏ったその一瞬、タイミング。

 剣が逸らされ、懐からネビが消える。

 気づけば大きく、通路の奥に後退していて、すでにアスタのよりも後ろに回っていた。


「……あれ。たしか堕剣ネビは加護を全部没収されたんじゃありませんでしたっけ?」


「おい、お主こそ他人の話を聞いていたのか? 私は神だと言ったじゃろ? 当然、私の加護をネビは持っておるぞ」


 ネビに距離を取られたナベルは不思議そうに首を傾げる。

 始まりの女神ルーシーは、全ての加護をネビから奪ったと言っていた。

 それはつまり、加護数レベルでいえば、ゼロ。

 たしかに腐神アスタの言う通り、彼女の加護を含めたとしても、レベルは1のはず。

 レベル1にしては、速い。

 僅かな、違和感。

 ナベルは堕剣ネビのレベルを確認しようと、刻印タトゥーを探すが、ぱっと目に付く場所にはなかった。


「というかネビ、お主、今、抜けるとか言ったか?」


「ああ、そいつが誰だか知らんが、人間だろ? 人間と戦ってもレベリングにならない。時間の無駄だ。だからそいつの相手は任せる。俺は、バルバトスの加護を取りに行く。それが最優先だ」


「はあ!? どう考えてもお主のせいで絡まれてるのに、全部放置するつもりなのか!?」


「頼んだ」


「前々からちょっと思っとったが、お主ちょっと私のこと舐めとるじゃろ」


「まさか。信奉してるよ」


「ほざけ。エセ信者め」


 どこかじゃれあいの滲む会話をそこで打ち止めると、ネビはそのまま通路の奥に向かおうと踵を返す。


「まさか、行かせるとでも?」


「まったくいつもいつも、面倒ごとは私に押し付け寄ってからに」


 瞬間、ナベルは踏み込むが、それに合わせてアスタが飛び込んでくる。

 反射的に振り抜く一閃。

 退屈そうな顔で、その自らを神と自称する銀髪の少女は模造刀の腹の部分へ掌底を叩きつける。



「……さすがに神を名乗るだけあって、それなりに面倒臭さそうな方ですね」


「神にロクな奴はおらんぞ。そんなことも知らんのか、人間?」



 バチっ、と渇いた音と共に砕け散る模造刀。

 すでにもうネビの姿は見えなくなっていて、ナベルは内心で舌打ちをする。

 だが、すぐに気持ちを切り替え、使い物にならなくなった刀を捨て眩い光を右手に集め始める。

 彼女の剣想イデアは、目に焼き付く。



「いいですよ。憂いなさい、【黄昏たそがれ】。私がそう望んでる」



 

 

 

 


 

 

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