神殺し

相関性


 日差しは穏やかで、いつもと変わらないその日は、なぜか少し風が冷たく感じた。

 天井が吹き抜けになった広場には少年と少女が一人ずつ、そして背の高い彼がいた。

 両刃の剣を持った少年が一人、額に汗を滲ませながら、向かい側に立つ少女を睨みつけている。

 一方、少年とは異なり古びた模造刀を持った少女は、涼しげな表情で立つ。

 

「……うおらぁっ!」


 観察に徹していた少女に向かって、唸り声を上げながら少年が駆ける。

 その瞬発力は中々のもので、迷いのない突進は壮々の迫力がある。

 しかし、模造刀を持った少女はそれを身体を逸らすだけの最小限の動きで避けると、振り向き様に一閃。

 少女の金髪が揺れ、空振りに終わった少年は慌てて身を反転させようとする。


「はい。お疲れ様でした。悪くない、剣筋でしたよ?」


 とんっ、と模造刀の刃が少年の首筋に当てられる。

 その一連の動きにはあまりに無駄がなく、流れるような動作。

 渾身の一撃を避けられた少年は、目を白黒させた後に、がっかりしたように溜息をつくと、自らの剣を消し去った。



「……さすが主席で私のアカデミーを卒業しただけあるな。たった五年でここまで腕をあげるとは」


「やだなあ、先生。何を言ってるんですかぁ。私なんて、まだまだですよぉ」



 少年が剣想イデアを消すのを認めると、模擬戦を見守っていた彼は二人の方へ近づいていく。

 筋肉質の体躯に薄らと青の色がついた短髪。

 背中には大剣を担ぎ、顎には髭を生やし溌剌とした印象を周囲に与える。


「申し訳ありません、バルバトス先生。普段先生から教わっているのに、その成果を出せませんでした」


「なに。謝る必要はないさ。相手が悪い。だが、いい経験になっただろう。上には、上がいる」


 彼––––初神ういじんバルバトスは、朗らかに笑うと自らの生徒である少年の肩を優しく叩いた。

 ここは、“ギフテッドアカデミー”と呼ばれる、バルバトスが管轄する一種の公的機関である。

 加護持ちギフテッドになるためには、まず最初に初神バルバトスから柱の加護を授かる必要があるが、そのためには二通りの方法がある。

 一つはバルバトスに直接試練を申し込み、勝利する方法。

 そしてもう一つが、ここギフテッドアカデミーに入学し、一年間バルバトスからの薫陶を受け、卒業試練を経て、そこで合格し卒業することだった。

 加護持ちの役目が魔物ダークとの戦いを主とするため、それは常に死と隣り合わせとなる。

 どんなに弱い魔物でも、一般市民が相手をすれば、まず間違いなく死に至る。

 その死線の日々に耐え切れる者を厳選し、最低限まで鍛え上げるために、バルバトスは教育機関を設立したのだった。


「ハウンド様も、自分の相手をしていただき、感激でした! ありがとうございます」


「いえいえ、いいんですよ。これも先輩の役目ですから」


「本当に感謝です! それじゃあ、自分はまた修行に戻ります! お二方とも時間をつくっていただきありがとうございました!」


 礼儀正しく少年は頭を下げ、そのまま訓練場を出て行った。

 それを見送った後、バルバトスは残った少女の方に目を向ける。

 金髪碧眼に幼さが僅かに残る可憐な相貌。

 背は特別高くないが、女性らしい豊かなボディラインが目立ち、異性の目を惹く容姿をしている。

 しかし、バルバトスは知っている。

 この美しい少女が、その柔らかな笑顔の裏に激情を隠し持っていることを。


「……あれが今年の主席ですかぁ? なんか、弱くないですか? それとも私も学生の頃は、あの程度でしたっけ?」


「そう言うな。べつにあいつは例年に比べても特別弱くはない。お前の代が異常だっただけだ」


 ギフテッドアカデミーは一年しか通うことが許されず、卒業試験も一度不合格になった場合、二度と受けることは叶わない。

 そのため、代によって合格率は大きく変動し、当たり年と外れ年に差が出ることがあった。

 そして今から五年前に卒業した少女の世代は、典型的な当たり年。

 例年合格率30%ほどの卒業試験に、半分以上の生徒が合格し、その中でも上位層の生徒は今では世界に名を轟かせ、俗に“黄金世代おうごんせだい”と呼ばれていた。


「同じ主席として恥ずかしいですよぉ。バルバトス先生、ちゃんと教えてあげてるんですかぁ? あれじゃあ、加護持ちになっても、すぐ死んじゃいますよぉ?」


「相変わらず、可愛い顔して口が悪いな、ナベル」


 “黄金姫エルドラド”ナベル・ハウンド。

 バルバトスは隣に立つ少女が黄金世代の中でも最上位の加護数レベルを持つ怪物だと知っているため、その一見魅力的な笑顔を見てもなんとなく心が落ち着かなかった。


「うふふっ。でも私がこんなに素直になるの、先生にだけ、ですよ?」


「やめろやめろ。お前の腹黒さはよく知っている。そんな顔を私に向けるな。ぞっとする」


「ひどいなぁ、先生。こんな可愛い教え子に腹黒だなんて」


 口元を押さえて、ナベルは上品に笑う。

 才能ある優秀な加護持ちギフテッドはどこか人格に癖がある。

 誰よりも多くの加護持ちを見て、育ててきたバルバトスはその奇妙な相関性をよく知っていた。


「そろそろ、私は試練の時間だからな。何の用事でここに来たのか知らないが、くれぐれも問題は起こすなよ」


「あれ? 私ってけっこう優等生だったと思うんですけど、なんでこんなに警戒されてるんですかね?」


「優等生は同期の気に入らないやつを叩きのめして退学に追い込んだりしないだろ」


「やだなぁ、先生。あれは事故、ですよ」


 この日は珍しく、アカデミーを通らず、直接バルバトスに試練を申し込んだ者がいたため、その準備を彼は始める。

 直接の試練の場合、バルバトスの教えを受けていないため、その本気度も異なってくる。

 合格率だけでいえば、直接の試練であれば0.1パーセント未満となるため、今ではほとんど申し込む者すらいなかった。


「でも直接試練だなんて、珍しいですね。私でもそんな賭けしないですよ。だって不合格だったら二度と試練受けられないし」


「まあ、たまにいるのさ。自らの実力を勘違いした愚か者がな」


「頭が悪いって、かわいそうですね。私が代わりに殺しておきます?」


「代わりに殺すな。むしろ無駄死にしないように私が現実を教えるんだからな」


「先生は、本当神にしては優しいですよね」


「他の神のことはそこまで知らないが、私とは違うのか?」


「はい。ちょっと殺したくなるくらいムカつく神もいますよ」


「清々しいほど不敬な奴だな、お前は」


「ギャップ萌え、します?」


「しない」


「つれないなぁ」


 またくすりと、可愛らしく笑うと、そこでナベルは白い外套を翻し訓練場を去ろうとする。

 だが、その前に一度立ち止まると、彼女はバルバトスに一つだけ質問を投げかける。


「……ちなみに、今日試練を受ける人ってどんな人ですか?」


「ん? ああ、確認したところ小柄な少女だな。名前は“アスタ”、というらしい」


「……そう、ですか」


 晴天は蒼いままだが、いまだに風は冷えたまま。

 その名前を聞いて、しばし何かを考え込むようにしたが、結局ナベルはそれ以上は何も言うことなくバルバトスの下から去っていくのだった。


 



 

  




 

 


 

 

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