怪物
そう呼ばれる特別な力が一部の
その能力の種類や形態は個人によって様々で、また力が目覚めるタイミングも一様ではない。
さらに、この固有技能は人間だけではなく、神々にも存在している。
第七十三柱の神、アスタもまた自らの固有技能を持っている。
その固有技能の名は、“
時空にすでに既知の情報を上乗せして、改竄することができる強力な力だ。
しかし、その力は今は封印され、アスタ自身は全く使えない状態になっている。
「なぜ、私の技能を、お主が使えるんじゃ?」
「なんだ? 知らずにやったのか。加護の譲渡には、二種類ある」
「二種類あるのは知っておる。重ねられない加護と重ねられる加護じゃ。私はたしかに重ねられない加護をお主に渡したが、
「可能も何も、自然とそうなる。神にしては、加護について詳しくないんだな」
「わ、私だって、加護の譲渡なんて初めてやったのじゃ! 知らないことが多くても仕方ないじゃろ! というかお主が人間のくせに詳しすぎる!」
「……たしかにな。探求癖もあるが、俺も全部自分で調べたわけじゃない」
その自らが使えなくなった固有技能を、明らかにネビは今目の前で使ってみせた。
あまりの衝撃だったが、当のネビ本人にとってはわかりきっていた当然のことだったらしい。
「まあいい。講釈を垂れるのは後回しだ。今はただ、飢えに従おう」
舌なめずりを一つ。
次の瞬間、ネビは走り出していた。
彼は知っている。
死地において、最も危険なものは何か。
それは、迷い。
迷えば迷うほど、死は近づいてくる。
ゆえに、彼は駆ける。
一切の迷いなく、真っ直ぐと、隔絶した力を持つ魔物の下へ向かう。
【……】
一方、
これまで、自らに及ぶ
炎が、消された。
高い知性ゆえの思考。
その力の仕組みはいったい何か。
全く抗えない力に初めて出会ったせいで、火焔の魔物に硬直の時間ができていた。
「ハァハァハァハァッ!」
べろり、と長く真っ赤な舌を口から垂らし、涎をぼとぼと溢しながら、そんな
荒く息を吐きながら、瞳を爛々と輝かす。
人というよりは、もはや獣。
魔物の迷いは、まだ消えない。
そこに、微塵も迷わない赤錆の獣が容赦無く突撃する。
「アアアアアッ!」
先ほどまでの冷静沈着な雰囲気とはうってかわって、狂気染みた絶叫をしながらネビは剣を横薙ぎに振り抜く。
【Si!】
––––剛。
重量物と重量物が衝突したような、鈍い音が響く。
片方が、痛烈に弾き飛ばされる。
【……?】
違和感を覚えたのは、
魔物は咄嗟に出した右腕を見る。
そこに、傷は一つもついていない。
いや、よく見れば、手の甲に僅かに汚れのようなものがついたかもしれない。
ただ、その程度。
あまりに、弱々しい衝撃。
反対に、剣を振るった反動で、ネビの方は大きく飛び退いている。
弾き飛ばされたのは、突っ込んできた男の方だった。
「……チイ」
予想より遥かに小さな手応えに、
先ほどまで剣を握っていた右手だらりと垂れ下がり、手首の辺りが大きく腫れていた。
どうやら今の一撃の反動で、骨折したらしい。
その折れ曲がった手を眺めながら、ネビは肩を震わせている。
【?】
わなわなと肩を揺らすネビを観察しながら、
最初は、痛み、失望を抱いていると思った。
もしかすれば、最初で最後かもしれない、自らの明確な隙に乗じた攻勢はいとも簡単に挫かれ、反対に腕の骨を折るという致命傷。
得体の知れない能力を操れるとはいっても、ここまで絶対的な力の差があれば、やはり勝算はない。
その事実に打ちひしがれ、顔を俯かせているのだと思った。
だが、違う。
今、自分が相対している人間は、ただの人間ではない。
どこまでも、
「……キッモチィイイイイイイイッッッ!!!! 快っ感ッ! 気持ち良すぎるだろッ! あははははははっ! 感じるっ! 感じるぞっ! 魔素が俺の中に流れ込んでいる! 五つ全部上がったっ! キモチィッ! 最高だ! この瞬間のために俺は生きているッ!」
唐突な絶叫。
やがて再び、あがるネビの顔。
そこに浮かび上がっている感情の中に、痛みも、失望もない。
あるのは、純粋な歓喜だけ。
折れ曲がって使い物にならなくなった右手を振り回し、大唾を吐き散らしながら、高らかに笑っていた。
(……え、なにあれ。きもい超えて怖い)
そんなネビを見ながら、アスタはまるで何かから自分を守るように肩を自然と両腕で抱き締めていた。
もはや多重人格といっても過言ではないほどの豹変っぷりに、アスタは目の前で哄笑するネビが自分の知るネビと同一人物か不安にすらなってくる。
「アスタァッ!」
「ひぃっ!? あ、はいっ!」
「用事は済んだッ! 逃げるぞっ! 《
ネビは固有技能を発動させ、気づけば再びアスタの背中に抱きつくような体勢に戻っている。
ただし、右腕は折れて腫れ上がったままで、先ほどより抱きつく力は弱い。
「え、え、逃げるっていうのは?」
「どこでもいい! いいから逃げろっ!」
「わ、わかったっ!」
困惑に出遅れたアスタは、ネビの大声に急かされるように踵を返して全力でその場から退散する。
降り注ぐ、雪の中を、一度も振り替えずに、七十三番目の神は走り抜けていった。
【……ixixixixixi】
その奇妙な二つ分の背中を、
やがて知覚できる範囲から消えたことを感じ取ると、この地で最強の魔物は大きく広げていた翼を閉じる。
久しく感じていなかった、純粋なる狂気。
遥か昔の感覚を思い出した彼女は、ほんの少しだけ感謝した。
それは、期待していたよりは、いい退屈凌ぎ。
あの狂気が錆びつかない限り、いつの日か、また顔を合わせる時は来るだろう。
【huhuhu】
再会の日は、おそらく、そう遠くない。
あの錆の赤さは、忘れないことにした。
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