号外:堕剣


“号外!! 剣聖ネビ・セルべロス、堕ちる!!


 階歴661年13月27日、聖なる絶対の守護者であり第一柱の始まりの女神ルーシーによる二年と半年ぶりの福音が世界中の人々に伝わり、その内容に衝撃が走った。

 なんと、今やその名を知らぬものはいないとまでされた剣聖ネビ・セルべロスが魔物ダークの誘惑に堕ち、神々に謀反し、世界の宿敵となったという。


 剣聖ネビ・セルべロスといえば、加護数レベル61という脅威的な才覚を示し、歴史上でも最上位の能力を持つ加護持ちギフテッドとして名高い。過去を遡っても歴代一位の加護数レベルであり、現役の剣士としても二位の剣帝ロフォカレ・フギオの加護数レベル52に大きな差をつけていた文字通り人類最強の男だ。


 始まりの女神ルーシーの今回の福音は寂寞感じさせる啜り泣き声が混じり、人類だけでなく、神々にとっても衝撃的な出来事だったことが窺える。

 

『剣聖ネビは、堕ちました。堕ちて、しまったのです。心苦しいです。私が、私たちが愛した強き人の子が魔に堕ちるのを止められなかった。もう彼に加護はありません。消息は不明ですが、次その姿を現したとしても、私たちの声が届くことは決してないでしょう』


 沈痛な響きを乗せて語られた女神の言葉は重い。

 剣聖ネビ、いや今や堕ちた剣聖となった堕剣ネビは消息不明ということになり、聖騎士協会ナイトチャーチは堕剣ネビに生死問わずの懸賞金10億グリムをかけた(この懸賞金もまた歴代最高額。二位は総被害者664人の連続殺人の容疑がかけられている“魔人サタニック”ファウスト・ネクロノミコンの6億6千万グリム)。

 ネビ・セルべロスに破格の懸賞金をかけた聖騎士協会最高幹部のヨハネス・モリニーは堕剣の知らせについて、憤然たる面持ちでこう語った。


『わたしは最初から危惧していましたよ。彼がいつか一線を越えるのではないかと。いえ、わたしだけではないかもしれません。彼と直接言葉を交わした人ならば、皆同じ思いを抱いていたと思います。彼は、はっきりいって、異常者です。力への怖しいほどの執着。彼が加護を求める理由に、わたしたちと同じように、人を、世界を守るためといった純なる想いが存在しなかったのは明らかでした。常人ではあの領域まで辿り着けません。彼がさらなる力を求めて、魔の誘惑に堕ちることに、それほど驚きはありません。今では後悔すらしています。もっと早くに、女神様の手を煩わせる前に、このわたしの手で彼を止めるべきでした』


 どこか突き放したように語るヨハネス女史の意見には、市民からも賛同の声がいくつか上げられていた。

 堕剣ネビのその突出した強さから、元から魔の力を宿していたといった噂もあり、そもそも人間ではないといった突飛な意見もある程度信憑性があるのではないかとまで言われている。

 堕剣ネビの裏切りについて、他の神下六剣の面々からの言葉はまだ得られていないが、その驚きと失望は想像に難くない。


 また、一つ空席となった六剣の末席には、今巷を賑わせている若き有望な加護持ちギフテッドである“黄金姫エルドラド“ナベル・ハウンドを代表とし、“剣王子プリンス”、“大食いバーサーク”、“剛腕クラッシュ”、“潔癖ホワイト”、“不眠症インソムニア”などを含んだ黄金世代と呼ばれる十代後半から二十代前半の新鋭達から選ばれるのではともっぱらの噂だ。

 神々から直接選ばれる特別な加護持ちギフテッドである神下六剣になれば、人類の叡智が集結した全層図書館での無制限閲覧権や、国境を越える際の手続き不問、飲食店を含む国営施設の自由使用権利など、規格外の権利が与えられる。

 そんな神下六剣について、至高なる七十二柱の神々の中でも最序列の一柱にも関わらず、お喋り好きで有名で人前によく姿を見せる、第七柱“迷神めいしんセーレ”はこう語る。


『うーん、なんかね! うちがきいた話ではでは! 堕ちた剣聖ネビ・セルべロスを見つけた子を、次の神下六剣に選んじゃう的な!? ことを言ってた気がするような気がしないような気がするのですますまる!』


 一人の剣聖が堕ちただけではなく、これはもはや一大ムーブメントの始まりなのかもしれない。

 もし堕剣ネビが魔との繋がりがあるならば、ここ数年はそれこそネビを筆頭とした神下六剣の活躍によって息を潜めていた魔物ダークの上位個体たちが蠢き出す可能性は大いにある。

 さらには迷神セーレの知らせによって、黄金世代を筆頭に有望な加護持ちギフテッド達が次なる六剣を目指し、堕剣狩りに動き出している。


 まさに時代の潮目。


 これまで平穏を保っていた世界が、大きくうねり出している。


 なんだか、少し不謹慎というか、場にそぐわない言葉かもしれないが、はっきり言って私は今、若干の興奮を覚えている。


 堕ちた剣聖の亡骸を拾うのは誰か。


 それによっておそらく歴史は書き変わることだろう。



 最後に、記事の後半に差し掛かって私情がどんどん色濃くなったことに関しては、小さな謝罪を載せておく。


 著 ジョン・ライター”

 

 

 

 

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