終わりの加護


 加護、或いはギフトと呼ばれる神からの施しは、大きく二つの種類に大別される。


 まず一つは、“始まりの加護”、と呼ばれるギフト。

 俗称として庇護と呼ばれることも多いこのギフトは、世界中の人間が生まれた時に始まりの女神ルーシーから授かるという。

 始まりの加護は魔物ダークと神々が呼ぶ、世界の調和を脅かす悪意ある存在から身を守るための忠告を、必要とする時に耳にすることを可能にするという。


 もう一つが、“柱の加護”、と呼ばれるギフト。

 一般的に、加護やギフトという言葉は、誰にでも平等に与えられる始まりの加護ではなく、この柱の加護のことを指す。

 柱の加護は誰にでも与えられるわけではなく、人間の中でも一握りの、魔物を打ち破る世界の守り手としての資質を認められた者だけが受け取ることを許される。

 一人の人間に対して、それぞれの神々は一つずつこの加護を与えることを許される。

 資質の判断は、神々によって異なり、また柱の加護を受け取る順番も存在する。

 柱の加護を持たない人間が受け取れるのは第七十一柱の神、“初神ういじんバルバトス”からのみであり、柱の加護を一つ以上持つ者は、第七十柱から第六十一柱の神々からしか新たな柱の加護を受け取ることができず、柱の加護を十個以上持つ者は第六十柱から第五十一柱までの神々からしか柱の加護を受け取ることができない、といった明確な順序が存在する。

 

 だが、そのこの世界では常識といっても過言ではないルールに、唯一自らが縛られていないことをだけが理解していた。

 


(もっとも、こやつに私の柱の加護を与えたところで、生き残る可能性は低いよの)



 七十二しかいないはずの神に許された、加護を与えるという奇跡。

 それを当然のように起こせる彼女は、暫し思案する。

 柱の加護を与えることで、たしかに基礎的な身体能力の上昇といった効能は期待できるが、傷が全快するような副能は存在しない。

 あくまで、賭けるだけだ。

 それはどこか神々の気まぐれに似ていた。


「…せろ……ング……とにか……レベ……させろ……」


「まあいい、お主に今から–––ん? おやおや? まさかこれは……っ!」


 しかし、挨拶のような気軽さで加護を渡そうと、手をかざしたところで、銀髪の少女はある違和感に気づく。

 その息絶え絶えの黒い者には、とあるモノが欠けていた。

 この世界では当然のように、唯一の例外なく、すべての者が持っているはずのもの。


「……どうしてお主、“あの加護”を持っていない?」


 ふわり、ふわり、と粉雪は潮風に舞い続ける。

 湿った風に白の吐息を乗せる彼女は、いまだに要領の得ないうわ言を繰り返す黒い者に疑念の視線を注ぐ。

 始まりの加護。

 生まれながらに手に入れているはずの庇護を、ソレは身につけていなかった。


「……フハハッ! 面白い! 面白いぞ! もはや迷いは消えたっ! お主にはもっと大きなモノを懸けられるようじゃのぉっ!」


 興奮に彼女は声を弾ませる。

 それは期待以上だった。

 始まりの女神ルーシーによって、本来は強制的に埋められてしまっているはずの穴に、大きくぽっかりと空白が広がっている。

 その空白を埋める術を、彼女は知っていた。

 絹のような頬を薄らと紅く染め、彼女は掌の代わりに、 柔らかな唇をそっとその黒いモノの額に触れさせる。


「お主に授けよう。私の“終わりの加護”を」


 銀色に淡く輝く光の球体が、泡のように立ち昇り、そのまま空の向こう側に溶けて消えていく。

 ほとんど凪だった水面に白く濁り、さざ波が陸地に押し寄せ、黒いソレに波をかける。

 うわ言がついに止み、入れ替わるように今度はずっと閉じられ続けていた瞳が開く。

 

「まずは私の名を告げよう。女神に、いや世界に見放された者よ。私とお主は似た者同士の外れ者同士。きっと仲良くなれるはずじゃ」


 可憐で、どこか妖艶な笑みを携え彼女は、その見開かれた燃えるような深紅の瞳を覗き返す。

 その赤い眼差しに失望はなく、執念だけがあった。



「私の名は“腐神くされがみアスタ”。この世界から除外された、第七十三の神じゃ。恩の押し売り甚だしくすまないが、お主の命を救った代わりに、頼みが一つある。どうか、第一柱、始まりの女神を殺してはくれないか?」

 


  

 


 

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