エピローグ

新たな旅立ち

「ふぅ……これでよし!」

 ぬいぐるみを縫い終えるとソラは一息ついた。

「どう? シーザー」

「グマアア!」

 戦闘特化型ぬいぐるみのシーザーは試しに柔軟運動を行うと「グマァ!」と喜びの声を上げた。パッチワークになっていた虫の角質とはおさらば。生まれ変わった肌触りのいいもふもふの綿の肉体。ほつれなど無い、完璧な仕上がりにシーザーは「さすがです」とさらなる称賛の声を上げる。

「飽きもせずに良くもまぁ毎日縫えるもんじゃのう」

 そんなソラの様子をアレイスターは大義そうに眺めていた。

 ソラの工房には大小様々なぬいぐるみがひしめきあっていた。先日の戦闘の傷を残す物はもちろん、店頭販売用の物、鉱山への納品用の物、工房での作業を担当する物がその優先順位に合わせて人形遣いの前へ列を成して待機している。

「胸焼けがしそうな量じゃわい……」

「私は創るのが好きだからいいんですよ」

 師の毒づきを尻目にソラは新たなぬいぐるみへと手を伸ばした。彼女の掌でハサミと針と、糸が踊り出し、ぬいぐるみたちはあっという間に新たな姿へと生まれ変わってゆく。

「それに……」

 ソラは工房の窓を横目で見る。

が見張っていたらこれくらいしかやれる事ないじゃ無いですか」

「……」

「……」

 工房の外では重々しいローブを身に纏った男が二人、工房のドア前を固めていた。

「……」

「……」

「……」

 いや、工房だけではない。街の各所でも同じ格好をした男たちが。彼らはすれ違う街の人々はもちろん、少しの物音に反応しては監視の目を光らせていた。

「アークの人たちって……みんなあんな感じなんですか……?」

「息苦しい事この上なくてな。とりわけ魔術の収集を担当する奴らはみんなああじゃよ」

「うへぇ……」

 彼らは当然のように魔眼を発動させており、視線を妖しく光らせている。

「……!」

「⁉︎」

 それはソラが横目でチラリと送っていた視線も見逃さない。

「……師匠が脱走した理由が理解できます」

 少し様子を見ただけで睨み返される。そうでなくとも屋内の様子は監視魔術で筒抜けだ。工房の中はトイレを除いてプライバシーが無いと言っても過言ではなかった。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろうなぁ……」

 ソラがガラテアと共に山の王を滅ぼしてから一ヶ月が過ぎた――

「お嬢ちゃん!」

 反転し、鉱山にたどり着いた山師たちが最初に見つけたのは、地面に伏したアレイスターとマキシムの姿だった。

「社長!」

「魔法使い!」

 大慌てで取り囲む山師たち。脈はあるものの二人は完全に気を失っていた。

「どうする……医者はとっくに首都に……」

「くそっ! こんな時に魔女も行っちまった……」

 とりあえず二人を背負っては、山師の軍団は鉱山へと向かい出す――

「待て」

 ――その時、彼らの前にローブの男たちが現れた。

「お前たち、その二人を引き渡してもらう。とりわけその子供(・・)は危険人物だ。すぐに離れた方がいい」

「いきなり現れてえらい挨拶じゃねえか」

「この二人は俺たちの恩人だ。どこの馬の骨かもわからない奴には渡せねえなぁ」

「……」「……」「……」

 睨み合う山師とローブの男たち。アレイスターの言葉通りなら、彼らはアークから派遣された監視者と言うわけか。

「身の程を弁えた方がいいぞ。我々が一言唱えただけで貴様たちの命は無い」

 男たちは神経を尖らせていた。担当であるはずのアレイスターは、魔術的にはほとんど一般人と変わらないマキシムと共に倒れている。それにも関わらず、魔王の残滓・山の王は吹き飛び……光の柱を登らせるほどの魔術に彼らも心当たりがない。状況が分からないのは彼らとて同じであった。

「……」「……」「……」

 戦いの傷跡が生々しい荒れ果てた鉱山街、そこに駆け足で戻った山師をアークが逃すはずもなく、彼らはこの場の全員を重要参考人として捕えてしまおうかと考えていた。

「……」「……」「……」

「……」「……」「……」

 手を出せばお互いただでは済まない。静まり返った鉱山街に一触即発の緊張が走る――

「待ちなさい!」

「!――」

 その場にそぐわない雲雀のような美しい声にローブの男たちは振り向く。

「お前は――」

「ガラテアちゃん!――」

「お嬢ちゃんもいるぞ!」

「――おい!」

 勇者の帰還に山師たちは沸き立つと、魔術師たちを押し退けて人形へと迫った。

「無事だったのか!」

「お嬢ちゃんと一緒にバケモンを倒したんだな!」

「はい」

 ガラテアは迫る山師たちに向けて横抱きにしたソラを掲げる。

「……」

 光に飲まれた瞬間、ソラはもてる魔力を全て使って最大の防御魔術を展開した。魔力の糸を自身の周囲に展開し、それを毛糸玉のように纏わせると何重もの防壁にしてダメージをやり過ごしたソラとガラテア。元は山の王の生命エネルギーとはいえ、流石のソラも膨大な魔力を操ることに消耗しきり、鉱山から弾き出されたと同時に気を失ってしまったのだった。

「マスター、あとはおまかせを」

 気絶したソラを空中で抱きかかえ、ガラテアは着地を決めた。人形には疲れの概念が無い。主が気絶した今、その護衛を完璧にこなすことが現場の人形の使命となる。手始めにガラテアは戦闘を共にしたアレイスターとマキシムと合流を果たそうとしたところだったのだが――

「皆様、マスターを頼みます」

「え――」

 ガラテアは山師の一人に半ば強引にソラを押し付け、硬質な足音を立てて魔術師へと迫る。

「⁉︎ その体……オリハルコン⁉︎」

「この完成度で……人形だというのか‼︎」

「その通り。魔王の残滓を滅ぼしたのも、光の柱を発現させたのもこの私です。この人たちは無関係、調べるなら私を調べなさい!」

 凛と張る声は魔術師たちの耳に轟き、水晶の瞳が射抜くように向けられる。

「……」「……」「……」

 ガラテアが未だに炉心に溜め込んだ魔力の総量はこの場の魔術師全て束ねても足元に及ばない。下手に機嫌を損ねれば、転がる虫の仲間入りは間違いない。

「いいだろう。では、調査をさせてもらおうか」

 目の前に現れた未知の脅威に魔術師たちは一度鉾を収めた。無用な戦闘は避けるに限る。それに……――

「……オリハルコンの肉体」

「未知の魔術式……」

「この完成度は……まさか……」

 ガラテアという素材はアークの魔術師にとって見逃せない刺激だ。彼らの調査目的は「魔王の残滓が消滅した原因の追及」であり、人形の調査では無いのだが……

 ――相手が調査されたがっているならやぶさかではないな。

 魔術師は好奇心に勝てない。魔術師たちは山師はもちろんソラ、アレイスター、マキシムに見向きもせずに人形の口車に乗せられ、ひとまずその場を去っていった。

「ま、下っ端レベルじゃ何も分からなかったからこそワシらはここに押し込まれているんじゃがの」

「ははは……」

 一級魔術師であるアレイスターですら人形の一部しか理解できなかったガラテアだ。それをアークから派遣された二級魔術師である彼らに太刀打ちできるはずもなく、人形の単独調査は三日で打ち切られることとなる。

 そうなれば怪しいのは事情を知っているであろうアレイスターと――ガラテアのマスターのソラ。とりわけソラの場合、彼女が炉心に施した魔術刻印により逃げ場がない。いくら人形が無関係を主張しようとも、未知の魔術式が列挙される中、いきなり現代魔術文字で記された「ソラ」の文字を見れば調査員は無視できるはずがなかったのだ。

「しっかしお前もガラテアも変わっとるのう……」

 アレイスターは胸焼け解消と暇つぶしを兼ねるために、おもむろに針と糸を手に持ちながら弟子へと向いた。

「何がです?」

「愛するパートナーと一ヶ月も離されて、しかもこんな小屋に押し込まれて……普通頭がおかしくならんか」

「それは向こうも同じですよ」

 ソラは再び窓越しに調査員たちを見つめる――

 ソラの調査に見切りをつけた調査員たちは鉱山街の関係者たちへと調査の手を伸ばした。

 その山の王に関する聞き取り調査の中で、マスターたる彼女はあろう事にガラテアの秘密の一切を黙秘した。

「そちらが持つ魔王の残滓の情報と引き換えにして下さるならお話しします」

「なっ……」

 実力はともかく、階級の上では一介の三級魔術師であるソラに、アークが秘匿してきた世界の秘密をおいそれと教えるわけにはいかない。それが例え謎多きオリハルコンの人形の情報と引き換えにしてもだ。

 ソラの言葉を受けて調査員たちは彼女を催眠魔術にかけて全ての情報を洗いざらい吐かせようとした。

「――!」

 情報収集のための強引な魔術も彼らの得意とするところである。一人の魔術師は早速魔眼を解析から催眠に切り替え、ソラを睨む――

「⁉︎ ぐっ……」

 ――しかし男の視線は彼女を向かずに白目を剥いた。

「私に何しようとしても無駄ですよ」

 ソラは得意げに口笛を吹いてはひらひらと右手を振る。その手は影の色に染まり糸状に解け、その一本一本が彼女を取り囲む調査員全員と繋がっては動きを縛ってしまったのだった。

「すぐに解放してあげます。私の条件を聞いてくだされば、ですけど」

「……」「……」「……」

 噂に聞くアレイスターの暗い糸。それと同じものを弟子のソラも使いこなしている。

「……話を聞こう」

 下手に手を出せば調査どころではない。アークの中でもアレイスターの存在は厄介ごとの一つであり、弟子までもが同じ実力となれば調査のスタンスを大幅に見直す必要がある。その事実を重く受け止めると調査員たちは魔眼を閉じた。

「やった!」

 形勢は一気にソラへと傾いた。そしてここからが正念場。アークという伏魔殿を相手にできるだけ有利な条件を引き出すべく思考を巡らせる――「条件その一――」

 ソラは調査員に街を隅々まで調べることを許可した。鉱山街は虫とアレイスター・マキシム連合軍との戦いで物理的・魔術的に大きな深手を追っており、素人の力ではどう復興させていけば分からなかった。

 そこでソラは調査の専門家に街の被害を調べさせ、復興作業に巻き込むことにしたのだ。

 これは調査員側に異論がなかった。彼らとて血の通った人間である。魔王の被害からの復興の手助けになれるのならば本望であるし、直接作業に関わることで任務の一つである「世の中から魔王の存在の隠蔽工作」も行える一石二鳥の提案であった。

「条件その二――」

 ソラは彼らに自分とアレイスター、マキシムをいつでも監視して良いと許可を出した。これには事後承諾の形となったアレイスターとマキシムが反発したのだが――魔力を持つだけの彼はすぐに解放され、師と弟子が二十四時間体制で監視されるために仲良く工房に押し込まれる形となった。

「一ヶ月もいるとなるとやっぱり狭いのう」

「そう言わずに。住めば都ですよ」

 期間中どれだけ脅されようとも二人がガラテアの秘密を漏らす事はない。覗き見ても彼女たちはひたすらに針仕事に精を出すばかりでボロが出ない。ならばと強引に魔術を使えば……一級二人を同時に相手にする最悪の事態を迎えるだろう。一見調査員側に有利な条件に見えて、口を絶対に割らない人間が相手となればアークの魔術師たちもお手上げだった。

「条件その三。これが最後の条件です――」

 最後の条件、それは「鉱山街から持ち出さないのであればガラテアを気がすむまで調べていい」というものだった。

 これを聞いた時、彼らはソラが何を言っているのか理解できなかった。

「三日で分からないのは当然ですよ。でも……調査時間が無制限であればガラテアのことを充分に調べ上げることができますよね……」

「……それは――」

 ソラの得意げな表情から、調査員の誰もが「罠ではないか」と疑う。

 それと同時に、これは彼らにとっても大きなチャンスだ。おそらく魔王の残滓と関わりのある、時代の生き証人に出会える経験がこの先あるかどうか。伝説が埋もれ始めている時代だからこそ、出された提案はリスクをとって余りあるものだった。

 結局調査員たちは彼女の条件を全て呑み、今に至る。復興が進む街には黒いフード姿がうろつき、魔術師二人は工房に監禁状態、少女と人形は離れ離れ――

「ふふん♪」

「なんじゃ気持ち悪るっ……」

「師匠が言うところの『他人を操る』ことがこんなに楽しいなんて思いもしなかったので」

 ――そろそろかなぁ、とソラはドアへと目を向けた。

「ソラ、及び一級魔術師アレイスター殿」

 ノックの音とともに厳かな声がドア越しに響く。それを聞いたソラは一言「どうぞ」と告げて来客を待った。

「マスター!」

 扉を潜ろうとする調査員たちを割り込んでガラテアが駆け出す。

「ガラテア!」

 待ち人来れり。そんな彼女をソラは迎え二人は手と手を取り合った。

「一転して自由の身か……ま、その顔を見れば事情は分かるがのう」

「……」「……」「……」

 目には濃いくま、無精髭が青く生え、頬も痩け……調査員たちの表情は一様に重苦しい。

 ガラテアの調査には調査員の中でも選りすぐりの者たちが当たったのだが……一ヶ月調べてもでた答えは「ソラ」と「ガラテア」の文字だけ。それ以上は何も分からず仕舞いに終わった。

 そもそもアレイスターですら手が出せなかったガラテアだ。二級の彼らでは歯が立たないはずだったのだが――一介の人形遣い如きに良いようにされたくない、とプライドが邪魔をしてしまったのが運の尽き。

「……ガラテアを返却する」

 結局のところ、彼らはソラの掌の上で踊り、こうして白旗を上げに来たのであった。

「久々のシャバの空気は美味いのう」

 二人と一体は凝り固まった体をほぐすために外へ出た。

「お嬢ちゃん!」

「お姉ちゃん!」

「リチャードさん! ジェニちゃん!」

 三人はお互いに駆け寄ると抱き合い、ソラの解放を喜んだ。

「いやー良かった。あの黒服の野郎ときたら調べるだけ調べて作業を手伝いもしねえ。街の英雄をなんだと思っているんでぃ」

「ははは……まぁ、それがあの人たちの仕事ですから」

「お姉ちゃんにもう会えなくなるのかなって……心配だった」

「ありがとうジェニちゃん。ニニーは相変わらず元気?」

「うん! それにも遊んでくれる!」

 そういうとジェニは街へと顔を向けた。

「グマー!」

「オォン!」

 街の至る所で二メートル大のぬいぐるみが闊歩し、建物の建設、道路の整備などそれぞれ街の復興作業にあたっている。

 御伽噺では魔王を倒せばめでたしめでたしで済むが、現実ではそうも言っていられない。山の王と虫たちがもたらした被害は今も街に爪痕を残している。それには山師だけでは手が足りない。そこでソラは修復が終わったぬいぐるみたちを順次派遣し――今ではすっかり街の一員として鉱山街に馴染んでいったのだった。

「よっ、お嬢ちゃん」

「カーネルさん!」

 整備士のカーネルがぬいぐるみたちを両手に抱えながらソラへと迫る。

「コイツらが、お嬢ちゃんがやって来る、ってうるさくてな。来ちまった」

「お仕事はどうしたんですか」

「非番だよ。こんな時だからこそきちんと交代して休まないとな」

 言いながらカーネルは人形の群れをまじまじと見つめる。

「お嬢ちゃんはすげえや。バケモノ退治もそうだけど、今やお嬢ちゃんのぬいぐるみ無しに復興作業はできねえ。街は今やぬいぐるみ王国、完敗だぜ」

「あ、じゃあ勝負は私の勝ち逃げってことでいいですね」

「ちょっ、そこまでは認めてねえよ! というか、逃げるってどういうことでぇ⁉︎」

「ソラあああああああ‼︎」

 彼女たちの間にマキシムの怒声が割り込む。

「はぁ……はぁ……げほっごほっつ」

「社長!」

「無理するなよ」

 運動不足が祟ったのか恰幅のある体で沈み出すマキシムをハンスとトーノが支えると――

「はぁ……二人ともすまない。ンッツン、ソラ! これは一体どういうことなんだ!」

 マキシムはソラに向けて一枚の紙を突き出した。

「あ、ちゃんと届いていたんですね。請求書」

 それはソラがマキシムに宛てて書いたぬいぐるみ代の請求書だった。

 例え復興のためといえど彼女はタダ働きをするつもりは無かった。ぬいぐるみを売り込む機会があるのであればなんでも利用する。請求書には戦闘用から復興作業用にモデルチェンジを果たしたぬいぐるみたちのスペックの詳細とその料金がずらりと並び、復興割引が設けられてなおそれなりの金額が記載されていた。

「ソラさん……すごいね」

「えへへ……」

「ふんっ。とんでもない神経だ。だがその意気は評価に値する。がめつさは重要だ。復興だってビジネスチャンスではある。そこをつくのは評価できるが――」

 マキシムは街を救ったソラに対しなんらかの形で報いたいと思っていた。それが金銭の形であればこれ以上にわかりやすいものはない。しかも請求書の形であればなおさら、快く言い値で支払うつもりだったのだが……――

 ――問題はここだ! そう言ってマキシムは請求書の一点を指差す。

「振込先の住所がアークとはどういうことだね!」

「「「「「!」」」」」

 ソラとアレイスターを除くその場の全員がソラへと向く。

「マスター⁉︎」

「師匠」

「ほい」

 アレイスターはソラへアーク入学に向けての紹介状を渡した。

「どういうことって、決まっているじゃないですか。私はこれからアークに行くんです」

 やっと旅費が貯まりました。ソラは鞄いっぱいに詰まった紙幣をホクホク顔で見る。

「でもマスター……それでは先ほどまでと状況が一緒じゃ――」

「一緒じゃないよ」

 ソラはガラテアの水晶の瞳を見つめる。

「旅の行き先がアークになったのは誤算だったけど、私の目的はブレていないから」

 ソラは人形の瞳の奥から、あの日覗き込んだ記憶を思い返す――

 これはガラテアがが山師たちに掘り返される前の記憶。

 坑道で左頬に三本線の傷跡を持つ男が見下ろしている。その特徴は間違いなくソラの父親のものだ。

「……これは!」

 彼はガラテアを見つけるやいなや逃げるようにその場を後にした。

 振り返ってみると、彼こそが盗掘者だったのだろうか……いやガラテアがアーティファクトである以上、その線は消えた。となれば怪しいのはアレイスターの言葉だ。

 ――前任者が消えてしもうてな……鉱山の新たな監視者としての仕事も兼ねての事じゃった。

 ソラは自分の父親が一級魔術師か、それに連なる何かではないかと疑っている。

 彼はガラテアを掘り返したことで何かに気づき、そして自身の任務から逃げたのではないか……ソラはそう予想した。そしてその情報に直に触れるためにはモグリでなく、正式な一級魔術師になり、魔王の残滓を追える立場にならなくてはならないと考えたのだ。

「その過程で、アークならガラテアのこともガッツリ調べられるし、資格さえ取れればまた旅を始められる。少し遠回りになっちゃうけど、私の本来の目的である父親探しとは真っ直ぐ繋がっているから」

「マスター……」

「ふふ」

 ソラは再びガラテアの手を取ると街の人々に向けて頭を下げた。

「今までありがとうございました。修行が終わったらまた来ます。ここは素晴らしい街です。全てが終わったら、ここでまた工房を開かせてもらいます」

「もう……行くのか」

「はい。行くと決めれば善は急げですから。今から向かえばちょうど首都行きの鉄道に間に合いますし」

「寂しくなるなぁ……」

「リチャードさん、これ薬のレシピです。魔女の方に見せれば作ってくださると思うので」

「お姉ちゃん……」

「一級の資格なんて一年で、いや直ぐに取ってくるから。だから待ってて。ニニーがケガをしたらその時は師匠、お願いします」

「わかっとる。お前がいない間だけ工房の仕事は引き受けた」

「お嬢ちゃん、必ず帰ってこいよ。その時はまた勝負だ。俺だって整備の腕上げて待ってるぜ」

「もちろんですカーネルさん! 勝負はいつでも受けて立ちますよ。その時はトーノさん、ハンスさん、一台あたりの料金上げてくださいよね」

「ま、その時はね」

「一級魔術師の整備代……すごそうですね」

 言いたいこと、やりたいことはそれぞれまだあるものの、不思議とソラの旅立ちを受け入れていた。

 であれば、やることは一つ――

「お嬢ちゃんの出発を祝って盛大に送り出すぞ!」

「「「おー!!!」」」

 カーネルの音頭で街が湧き出す。彼らは街道に列をなすと、長らく告げられなかった英雄への感謝と、旅立ちに向けてありったけの祝辞を餞として合唱した。

「みなさん! いってきます!」

「どうか皆様も壮健で!」

 暖かな声に送られながら、ソラは振り向きざまに街を見た。

 孤独だった少女が飛び込んだ鉱山街。そこでの日々と努力が彼女と人々を繋いで、いつの間にか自分の帰りを待つ人たちがいる場所にまでなった。

 これから踏み出す場所が魔術師たちの伏魔殿であろうと、どれだけ恐ろしい目が待っていようとも、自分はもう一人じゃない。ソラは自信を持って新たな旅に向けての歩みを続ける。

「それに、私の隣にはガラテアがいる」

「はい! マスター!」

 一人から、一人と一体になった少女たち。新たな仲間を目標を得たソラの旅が再び始まる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

糸と鋼の踊り—鉱山街の人形遣い 蒼樹エリオ @erio_aoki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ