トンネル

六花

トンネル

「あー、暑い……」


 7月に入ったばかりの夜だというのに部屋の中は茹だるような暑さ。

 ベッドに寝転がっていると少しばかり網戸から入ってくるひんやりとした夜風に時折涼しさを感じつつ昔の事を思い出す。

 感慨にふけっているわけじゃない。夏の夜になるとどうしても思い出してしまうのだ。

 そう、アレは10年前――。


 ◇


 社会人になりたてホヤホヤの俺、慎一しんいちは友人達と休み前である金曜の夜に遊ぶ事が多かった。田舎で夜に開いているお店が少ないという事もあり基本的にコンビニで飲み物等を買ってドライブするのが遊ぶ内容。


 いつものように金曜の夜、友人を待つ。今日は友人が迎えに来てくれる。正直言ってただ乗っているだけでいいから楽ちんだ。

 この日、集まったのは俺と幼馴染みの悠太ゆうたと訛りが特徴的な和真かずま。俺達は悠太の車でいつものようにコンビニで飲み物等を買ってドライブを楽しんでいた。

 夜もふけ深夜になった頃、


「オモロいトコ、行かん?」


 和真が言い出し、それに賛同した俺と悠太は助手席に座る和真のナビゲートでそこへ向かった。

 道中、どこへ向かっているのか、そこに何があるのか聞いても和真は教えてくれない。

 山の方へ行き、着いたのは公園らしき物が近くにあるダムの駐車場。


「ここどこだ……?」


高工たかこうダムだな。慎一、来たことねぇの?」


 車を停めるとやっと和真が何故ここへ来たのか教えてくれた。


「ダムを挟んで丁度向かい側にあるトンネルが心霊スポットやねん」


 ニヤニヤしやながら言ってくるのが何か腹立たしい。

 幽霊とかを信じてる俺はなるべくそういう場所へは遊び半分で行かないようにしていた。


「ここまで来て、『帰ろ』とか言わんよな?」


「行けばいいんだろ? 行けば」


 挑発的な言葉に半ばムキになって行く事に賛同する。

 トンネルまでは車2台分の広さの一本道。街灯がチラホラあり、目的のトンネルまでにも幾つか明るいトンネルがあった。

 しかし、目的のトンネルに近付くにつれて街灯は減っていき、暗闇を車のヘッドライトだけで走って行く感じになっていく。

 そんな暗闇の中、ついに目的のトンネルの前に到着。


「ここでストップや」


 悠太がトンネルの手前で車を止めると、和真は心霊スポットの話をした。


「このトンネルの真ん中で車のライトを消して、目を閉じて10秒数えると、幽霊が出るらしいねん。やってみよや」


 悠太は半信半疑で和真の言う通りにトンネルの真ん中まで車をゆっくり走らせる。

 トンネルは先程の道とは違い、車1台分くらいまで細くなっていて、トンネルの中は電気が全くない。

 その真っ暗なトンネルの真ん中で車を止めてヘッドライトを消した俺達は目を閉じて10秒数えた。

 10秒数えて目を開け、暫く辺りを見回しても何もない。


「何も起こらないじゃん」


 悠太呆れて車を発進させてトンネルを抜けると、


「うおっ!」


「なんや? 幽霊か?」


「初めて見た」


 そこには野ウサギがいた。


「ウサギかいな。紛らわしい」


「野ウサギのが幽霊よりレアじゃね?」


「そうかもな」


 野ウサギで場が和み、俺達はまたドライブを楽しんでその日を終えた。


 しかし、4日後のドライブで恐怖体験をする事に。

 この日は悠太と俺、そして少し気弱なサトシと3人で遊んでいた。

 深夜になった頃に悠太が、


「そういえば、この前の心霊スポットをナビに登録しておいたから、行ってみようぜ」


 何の前触れもなく言い出して先日の心霊スポットへ向かう事に。

 特に何もなかったからという事もあり、俺は油断していた。

 前回と同じように駐車場から伸びる一本道に車を走らせる。

 次第に街灯がなくなって暗闇に包まれるのも前回と変わりない。

 だけど……。

 到着したのは見知らぬトンネル。ダムを右手に車を走らせていたのに、いつの間にかダムが左手に。そして、トンネルだけでなく、その手前の道もいつの間にか車1台分くらい細くなっている。俺だけでなく、悠太も異変に気付き、トンネルの前で車を止めた。この時、サトシは寝ていた。

 悠太がヘッドライトをハイビームにしてもトンネルの中は殆ど見えない。

 底知れぬ悪寒と止まらない鳥肌。


「お、おい、サトシ! 起きろ」


「ん……ん? 着いた? ……何これ、めっちゃ怖い」


「どうする? サトシ?」


「僕は行くのは怖いな……」


「慎一は?」


「引き返そう! 何か嫌な予感がする」


「そ、そうだな」


「僕も賛成」


 ちょっと怖かったけど俺は車を降りて悠太を誘導し細く暗い道を切り替えれる所までバックして引き返して帰った。

 その後、和真も交えたりして、何度行っても、行き着いた謎のトンネルには行けなかった。


 そして夏が終わる頃。俺は掛かってきた電話の内容に震えた。

 電話の相手は悠太の姉。なんでも、悠太と和真とサトシが行方不明だと。


「いつから行方不明なんですか?」


『それが……』


 悠太の姉は詳しく教えてくた。

 まず最初に行方不明になったのは和真。親が連絡を取れなくなったと言った日が3人で心霊スポットへ行った日より1週間前。

 その次は悠太。悠太は心霊スポットに行った翌日から連絡が取れないらしい。

 そして最後はサトシ。サトシは謎のトンネルに行った翌日からだった。


『ねぇ? 慎一君は何か知ってる?』


「い、いえ……何も知りません」


『そっか……じゃあ、もし慎一君の所に連絡あったら教えてね』


「……はい」


 通話が終わり、ベッドに横たわり天井を見つめる。電話の内容に心臓がバクバクとしていたが妙に冷静な自分がいた。


「俺が遊んでいたのは誰なんだ?」


 あまりにも不可思議な事に出会して落ち着いているのかもしれない。

 俺は確実に3人と遊んでいた。各人が行方不明になったと聞かされた日にちの後にも。

 これは3人の度が過ぎたイタズラなんじゃないかと全員に電話しても使われていないというアナウンスが流れた。今までは通じていたはずなのに。


「マジかよ……」


 その日は電話するのを辞め、日にちをズラして何度も電話したが一向に変わらず。

 そして次第に電話をしなくなったが、夏が近付いてきて暑くなると思い出すようになった。


 ◇


「アレから10年か……」


 なんだか実感が湧かない。

 この現実味のない感覚に俺は時々、自分も本当は行方不明になっているんじゃないか?と思ってしまう。

 そうだとしたら『何故、働いてる?』『何故、変わらない生活をしている?』『何故、あの3人とは会えない?』と考え、自分は行方不明じゃなくてちゃんと現実に生きているという結論に辿り着き、またすぐにループさせてしまう。

 余計な事を思うのは暑さのせいだ。

 虫がいるかもしれないけどベランダに出て少しリフレッシュしようとベッドから起き上がった瞬間にインターホンがなる。


「夜に誰だよ……え?」


 ドアの覗き穴から確認すると、そこには和真がいた。

 慌てて玄関を開けてすぐさま話しかける。


「和真!」


「なんや? 夜にデカい声出して。近所迷惑やで?」


「だって、お前……行方不明になって……」


「行方不明? なんのこっちゃ?」


 和真の反応を見る限り本当に知らないように見える。


「久しぶりに会ったんや、一緒にドライブ行かへんか?」


「ドライブ?」


「せや! 悠太とサトシも居るで!」


「悠太とサトシも!?」


「なんや? 居ったらアカンかったか?」


「そういうわけじゃ……」


「そうやないんやったら、はよ行こ」


「あ、ああ」


 急いで服を着替えて駐車場へと行くと悠太の車にみんなが乗っていた。

 運転席には悠太、助手席には和真、後部座席にはサトシ。そして俺はサトシの横に乗り込んだ。


「おう、慎一。久しぶり」


「久しぶり過ぎだろ」


 悠太と話しているとサトシが手をギュッと握ってきた。


「どうした? サトシ」


「僕、ずっと慎一に会いたかったんだよ? 正直言って寂しかった」


「寂しいなら連絡くれれば良かったのに」


「……我慢しなくちゃいけなかったんだ」


「我慢?」


 静かな山道を走る車の中は俺の質問で余計に静かになる。

 誰もが押し黙る中、沈黙を破ったのは和真だった。


「ま、ここらで少しタネ明かしでもしたるわ」


「タネ明かし?」


 タネ明かしと聞いて俺は10年越しのドッキリだと踏んだ。


「ははーん、ドッキリだろ? 10年越しとかお前らホントにバカだな」


「そんなんと違うで。実はワイも寂しゅうてな。1人、2人と連れていけたんは良かったんやけど、最後の奴だけは感が良うてな」


「は?」


「でもな。そいつも10年経ってやっと連れていけるようになってん。ホンマに感を鈍らすまで我慢してたんやで?」


「それって……」


「おっと、話はここまでや。もうちょいで心霊スポットやで」


 そこはかとない悪寒に治まらない鳥肌。車のドアはロックが外せず、窓を力いっぱい叩いてもビクともしない。

 やがて車はいつか見たあの謎のトンネルへゆっくりと入って行き、俺は3人の笑い声と共に闇に飲まれた。

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トンネル 六花 @rikka_mizuse

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