第14話 幕間:マクナルティ家の過去・現在

7年前、クレイグが孤児院に行って数ヶ月経った頃の話。


ここはマクナルティ家、ザックは何事もなかったかのように日々の仕事と訓練をこなしている。


ただ家はクレイグが居なくなったことにより雰囲気が重苦しくなっていた。


「ただいま修行から帰還した!」


クレイグの兄であるドミニクが修行から帰ってくる、メイドが集まり「おかえりなさいませ」と出迎え、着替えの手伝いと紅茶の準備を始めた。


「そういえばクレイグはどこだ?

 俺の見立てでは神の天啓で魔術師と言われていると思うんだ、部屋で家庭教師と勉強してるのか?」


何も知らないドレイクはクレイグの居場所をメイドに尋ねる、その尋ねたメイドはクレイグを一番可愛がっていたメイドだった。


「お坊ちゃまは……」


「クレイグはもうこの家に居らぬ、奴のことは忘れろ。

 それより遠方での修行ご苦労だった、今日は体をきっちりと休めておけ――明後日は国王陛下との謁見がある」


メイドの声を遮るように、書斎から出てきたザックがドミニクに事実を伝える。


それを聞いたドミニクは、表情がみるみる険しくなってザックに掴みかかった。


「父上、どういうことだ!

 クレイグが俺の知らない間に居なくなってるとは、あなたの実の子ではないのか!」


「私に歯向かう速さと力を身に付けているとは、お前も強くなったな。

 クレイグには武の才が無いどころか、小間使いのような附与魔術師など……そのような者はマクナルティ家に必要ないから切り捨てた……それだけだ」


そう言ってドミニクの手を振り解いたザックは書斎へ戻っていく。


母が違うとはいえドミニクはクレイグを非常に可愛がっていた、子どもの頃は一緒に帝国の力になろうと言い合ってきたくらいに仲は良かったのだ。


そんな可愛い弟が修行から帰ると家から追い出されている、それも実の父の手によって。


悔しさと悲しさが入り混じった感情が交錯し、震えながら涙を流すことしか出来ないドミニク。


「お坊ちゃまのために泣いていただいてありがとうございます……」


メイドはそう言ってドミニクの涙をハンカチでふき取る。


「絶対クレイグを連れ戻す、マクナルティ家に産まれた以上有能であるはずなのに、神の天啓の結果だけで追い出すなんて時期尚早過ぎる!」


「お気持ちだけでお坊ちゃまは嬉しいと思います。

 ですがご主人様に逆らうことは出来ません、聡明なドミニク様ならお分かりになられるかと……」


ザックは帝国とマクナルティ家のためだけに行動をしてきた、利になるものは全て使い不利になるものは徹底的に排除してきている。


その行動によってそれに関わる人物がどうなろうと考えていない、まさに冷酷無情と言って過言ではないのだ。


そのことをよく知っているドミニクは、唇をかみしめてザックへの怒りを募らせるしかなかった。




それから数ヶ月、クレイグを一番可愛がっていたメイドの姿を見なくなったのに気づいたドミニク。


「父上、メイドが一人見当たらなくなったのですが何かあったのか?」


気になったドミニクはザックに尋ねる。


「あれは適任選定で優秀な結果を出しておるメイドでな、クレイグとは違う優秀な2人目を産めと言ったら猛烈に拒絶され出て行ってしまった――行先はワシも知らぬよ」


驚愕の事実を知るドミニク、あのメイドはクレイグの実の母だったのだ。


「貴方という人は……人の心が無いのか!」


「ワシは人である前にグラインハイド帝国の貴族だ、他に気を掛ける必要もなかろう。

 いずれこの重責が分かる時が来る、それまでは武の研鑽に励むといい」


父の冷たい言葉に何も返すことが出来ないドミニク、マクナルティ家はこのままでいいのだろうかと子どもながらに考えながら去っていく父の背中を見送った。


このままではマクナルティ家はダメだ、自分が何とかしなければと頭の中で考えを張り巡らせながら。




――それから更に6年ほど過ぎ、クレイグが冒険者になった頃。


ドミニクもマクナルティ家と帝国のため日々任務や訓練をこなし、着実に実力をつけていった。


「クレイグもそろそろ孤児院を出る年だな、俺はまだお前を忘れてない……恨まれているかもしれないが」


訓練の休憩中、空を見上げながらドミニクは弟のことを思い出していた。


貴族として忙しい日々を送りながらも、7年前弟に何もしてやれなかった自分を責めなかった日は無い。



「クレイグがちゃんと育っていたら、肩を並べて戦えたかもしれないのにな」


この7年でドミニクは一個師団の団長を任される程度には力を付けた、同期でドミニクと肩を並べれるのは皇太子殿下のみと言っても過言ではない。


自らが手にした力を弟の補助魔術で生かせれば、父の考えも変わったかもしれないのに……あの時力を手にしていなかった自分の怠慢を後悔する。


だが起きてしまったことを悔いて立ち止まる暇も無く、マクナルティ家に敷かれたレールの上を歩むしかなかった。


そう遠くない日に国境付近で隣国コーネプロスとの戦争が開始される、そこで生き延び帝国に勝利をもたらすためにも自分を鍛えるのは間違いではないからだ。


「――クレイグはどのような補助魔術を覚えたのかな、帝国には優秀な補助魔術師は居ないから俺は生き延びれるか不安だよ」


常に恐怖を心に宿しているドミニクは、愛する弟の補助魔術を受けて前線へ赴きたかったと思いを巡らせながら訓練へと戻っていった。




――それとほぼ同時刻、グラインハイド王城の大会議室にて。


「隣国コーネプロスとの戦争の最前線近くには徐々に兵を配備しております、開戦時までに不足している補助魔術師を冒険者からも募り、いつでも前線を最大火力で運用できるようにするべきかと――ザック殿はどうお思いで?」


「それで問題は無いが、もし頭数が揃わなければ私が前線に出て隣国コーネプロスへ鉄槌を下そう、魔術のみに傾倒した国など圧倒的な武で截ち切ってみせよう。

 私は武で貢献する、補助魔術師の件は他の方々の意見にお任せしよう」


近いうちに起こる戦争に備え、軍議を執り行っている最中だ。


ザックの発言の後、国王が思い出したかのように口を開いた。


「ザック・マクナルティよ、そういえばお主には次男が居ただろう……確か神の天啓で附与魔術師と言われたとか。

 この間『教団』の枢機卿から出された発表を当てはめると、其方の次男は物凄く有能だということになるが、名前が挙がらないのはどういうことだ?」


「お言葉ですが、補助魔術師など探せば吐いて捨てるほどいる存在です……剣の才能も魔術の才能も感じられないので表に出さないようにしております。

 あくまであれは研究の発表、例外があるのが当然かと」


周りからはザックを擁護する意見やもしかしたら光るものが……と様々な意見が小声で囁かれている。


それも仕方ないこと、あの発表があってから父と母両方の血筋と神の天啓の結果を照らし合わせることに躍起になった貴族がほとんどだ。


それに当てはまった子どもや血縁者が居た貴族は、最高の待遇で現在訓練を積ませている……本来ならそこにクレイグも入れるはずだった。


だが、ザックはクレイグの潜在能力を一切信用していなかった――故に探すこともせず現在に至る。


「なるほど、ザックの言う事も一理ある……だが、あの枢機卿が考えも無しにあのような発表をするとは思えん。

 一度ここに呼び何故そう思ったか問いただしたほうがいいだろう――衛兵、『教団』の枢機卿をこの場に」


国王の一声で衛兵が急ぎ足で教会へ向かい、数分で神官がこの場へ到着した。


「枢機卿アレッサンドロ・ラドクリフ、ただいま到着いたしました。

 軍議に私が呼ばれるなど珍しいですが、一体なにがおありで?」


枢機卿が跪いて国王へ質問する。


「ついこの間の発表についてさらに詳しく教えてほしくて呼んだのだ。

 話せぬこともあるとは思うが、血筋によって能力の発言に差異があるかどうかを教えて欲しい」


「差異は間違いなくあります、ですが数十年前に疑問を持ってから独自に統計を行った結果、何かしらの力を付けているのは間違いないかと。

 そしてこの状況を見る限りマクナルティ家の次男の話でしょう、あの子は覚醒する可能性が非常に高い……これは外部に漏らさないでほしいのですが、通常なら補助魔術師と天啓が下るところが附与魔術師と変わった結果が下っているのが根拠です」


枢機卿の話を聞いた貴族は一気にざわつきだした、天啓の結果が変わったものだと覚醒する可能性が高いという事実はここにいる全員が初耳なので無理もない。


枢機卿はあえてそれを隠していたのだ、幼い子が天啓の結果で虐げられるのを避けるために。


「なるほど、それは面白い。

 よし、国で育てて使ってみようではないか――ザック・マクナルティよ、明日に次男のクレイグ・マクナルティを軍の訓練所へ連れていってやるがよい」


国王の言葉で、ザックの表情が真っ青になる……それもそのはず、クレイグはもう7年前に家から追放しているからだ。


無能と切り捨てたものがまさかこのような形で必要になるとは思いもしなかったザックは、国王に還す言葉が無く口をつぐむしかなかった。


「どうした、ザック・マクナルティ。

 何か出来ない理由でもあるか?」


「申し訳ございません……このようなことになるとは思わず。

 クレイグは既に当家に属しておりません……孤児院に入れたのですがもう卒院している年齢、今どこにいるかは……」


隠してもすぐにバレる事だと思い正直に王へ報告するザック、あわよくば仕方ないということでこの場が収まるのを願いながら。


「探せ、枢機卿がこう言うならお前の次男は育てる価値があるはずだ。

 冒険者になり帝国の外に出られてみろ、それはお主が良く口にする帝国の不利益である。

 戦争が始まるまでに探し出して育成を始めよ」


ザックの淡い期待は外れ、国王は強い言葉でザックに圧をかける。


「御意に……全力でクレイグを探し出してみせます」


このような事態は全く考えていなかったザックは、軍議が終わったあと国の諜報部と私兵を使い、マクナルティ家の名を出さず附与魔術師を名乗る者を探し出すように指示した。


クレイグに恨まれているのはわかっているので、名前を出して下手に逃げられたら自分が危ないと感じたからである。


幸い内気な性格で戦う素質はない、近辺ですぐに見つかるだろうとザックは高を括って自らの仕事に戻った。


クレイグが現在冒険者でCランクになり、信頼できる仲間2人を連れて帝国の外に出ているなど考えもせずに。


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