第7話 救世の花守たち

「いたた……」


 横たわっていたハルトシが上半身を起こした。


 下が草原だったため、多少なりとも衝撃を和らげてくれたらしい。痛む頭を擦りながらハルトシが周囲を見渡すと、キヨラたちも身を起こしているところだった。


「みんな無事か?」


「私は何とか」


「ヒカリヨの男性市民が悲しむ事態は避けられたみたい。つまり、ウタカもダイジョーブ」


「うー、死ぬー……」


「クシズちゃんも大丈夫みたい」


 仲間が無事であると知って安堵したハルトシが立ち上がった。キヨラも横に転がっている小太刀を鞘に納めて横に並ぶ。ウタカは、日傘を抱き締めて横たわったままのクシズを起き上がらせていた。


 いつの間にか太陽は地平近くまで下がっており、空は夜に染まろうとしていた。


「みんな無事かね⁉」


 まだ意識が鮮明にならず、呆けていたハルトシの耳朶を緊張感のある声が打つ。ハルトシが振り返ると、数名の花守を引きつれたノギ隊長が近寄ってくるところだった。


「はあ、どうにか無事です」


「よくやってくれた。ガルガンチュアが消えたのは君たちのおかげだろう。君たちがヒカリヨを救ったんだ」


「は、いや。俺がここまで来られたのは、あの三人がいてくれたからです」


 自身の功を誇らないハルトシを見やり、ノギは指先で眼鏡を押し上げると姿勢を正して口唇を開いた。


「君たちのような部下を持ったのが、私は誇らしいよ」


「あ、ありがとうございます」


 ノギが頷いた拍子に眼鏡がずり落ちる。相変わらずだ、とハルトシが内心で苦笑していると、ノギの背後に位置する数人の人物に気がついた。


「サカキ」


 一連の騒動を引き起こした張本人である〈背狂者〉サカキ。


 今は戦団の〈花守〉に両手を縛った縄で繋がれ、ハルトシの前に立ち尽くしている。

 サカキは目論見が潰えた絶望からか、再び狂気のうちに戻ったように茫漠とした瞳をハルトシに向けていた。


「ああ、サカキはこれから裁判にかけられる。これまでの罪を償うことになるだろう」


「そうですね。お任せします」


 ハルトシがそう言ったとき、背後から足音が鳴った。


「クシズさん、どうしました」


「目が怖いよ?」


 振り向いたハルトシを押しのけるようにして、クシズがサカキの前に進み出る。


「サカキさん。マリカちゃんを騙して、メネラオスさんを利用して。わたしのお友だちをたくさん傷つけましたね。わたし、許せませんー」


 クシズが右手を振り被ってサカキの頬へと走らせる。突然の凶行に誰も止める間もないと思われたが、ハルトシがその手を掴んで引き止めていた。


「クシズ、止めた方がいいよ」


「……ハルトシさんー」


 クシズが肩を落として手の力を緩める。クシズの腕が力無く、だらりと下げられたことで周囲の緊張が解けた次の一瞬、鈍い音が響いた。


 ハルトシの拳がサカキの頬に叩きつけられ、サカキが衝撃でよろめく。驚いた一同の視線が注がれるなか、ハルトシが口を開いた。


「いってぇ⁉」


「それをハルトシが言いますか?」


 痛みに顔をしかめて拳に息を吹きかけるハルトシを眺め、キヨラが呟く。

 殴られたサカキは反応もすることもできず、ただ両目を見開いてハルトシに視線を向けているだけだった。


「私の部下が暴行犯にならないうちに連れて行ってくれ」


 ノギの言葉に応じた〈花守〉たちがサカキを引きずっていく。この先、サカキには法による厳正な裁きが待っているだろう。


 長身を曲げて連行されるサカキの背を見送り、ハルトシは溜息を吐く。


「もう一人、君たちに会わせたい人がいる」


 ノギは首を傾け、目で背後の〈花守〉を促した。二人の〈花守〉に挟まれた小柄な人影を目にし、ハルトシたちの表情に苦悩が浮かぶ。


「マリカちゃんー……」


「ごめんね、クシズ」


 マリカもサカキと同様に両手を縛られている。


「マリカ君は、ガルガンチュア復活について急報を入れてくれ、先ほどの戦いでも率先して立ち向かってくれていた。その後、自らサカキと共謀していたことを告白して拘束されたのだ」


 ノギの口調にも苦渋が滲み出ている。


「だが、サカキに利用されただけだし、それほど罪が重くなることは無いだろう」


 クシズがそれを願うように頷く。


「みんなを傷つけてごめんなさい。私は、これから罪を償うことになるから。……それじゃクシズ、さよなら」


「ううん、きっとまた会えるからー。またねー、マリカちゃん」


 マリカは曖昧な笑みを浮かべて立ち去ろうとする。


「マリカさん」


 その足を止めさせたのは、キヨラの呼びかけだった。


「キヨラさん、あなたに言ったことを謝るね。あなたは仲間のことを大切に思っているわ。さっきの戦いを遠目に見て、それが分かった」


「いえ。仲間の大切さを教えてくれたのはマリカさんです。あなたのおかげで、私は大切なものに気付けました」


「そう。少しでも役に立ててよかった」


「マリカさんも、私の仲間です」


 マリカが驚いたようにキヨラを見詰める。寂しげに笑って前を向くと、マリカは同僚の〈花守〉に護送されていった。


「これから医療班を呼んでくるから、君たちはここで休んでいるといい」


 ノギがその言葉を残して背中を見せた。その姿が小さくなったとき、クシズが声を放つ。


「ハルトシさん、ありがとうございましたー」


「え?」


「わたしの代わりにサカキさんを殴ってくれてー」


 ハルトシが照れて頭に手をやる。


「うん。ハル君、カッコよかったな」


「そうですね。本当は私があの憎たらしいツラをぶん殴ろうと思ったのですが、ハルトシのおかげで溜飲が下がりました」


 キヨラたちの賛辞を受けたハルトシは、神妙な表情で三人を見渡した。


「ここまで来られたのは三人のおかげだ。お礼を言うのは俺の方だよ」


 キヨラ、クシズ、ウタカ。


 ハルトシにとって大切な三人の仲間は、笑みを結んで彼を見返していた。

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