第6話 眠れ、ガルガンチュア
キヨラとウタカは〈ハナビラ〉を使い果たしており、クシズの日傘も度重なる攻撃に晒されて亀裂が走っていた。
ハルトシは三人に接吻して開花させるとガルガンチュアを睨み上げる。
まだ完全回復とはいかないようだが、ガルガンチュアは巨体を左右に揺らしながらも歩を進めていく。歩幅が大きいため、悠長に構えていれば追いつけなくなってしまうだろう。
「とにかく、何とかしてガルガンチュアを止めないと」
「いえ、ガルガンチュアを操っているサカキさえ止めてしまえばよいのです」
「キヨラちゃんの言う通りだよ。もうサカキを守る者はいないしね」
「今ならサカキさんを押さえられるのねー」
カガミ、メネラオス、カンパネルラらの強敵と傷つきながらも戦い、ここまで辿り着いた
「俺の〈ハナビラ〉もこれで最後だ。ここで必ずサカキを止めよう」
「はい。ガルガンチュアを追います。私に掴まってください」
加護を使って三人を運ぶというのだろう。三人ともキヨラの身体に掴まった。
「振り落とされないでくださいよ。ゆきます!」
キヨラの身体が颶風となって、黒い土煙を巻き上げつつ地を駆ける。しばしの間を経て一同はガルガンチュアの足元に到着した。
「でもー、ここからどうやってサカキさんのとこまで行くのー」
「そう言えば、キヨラちゃんしかガルガンチュアを登れないよね」
「キヨラに任せるしかないか」
「いえ、みんなでゆきますよ」
そう言うと、キヨラはガルガンチュアの足に縋りついてその体表を駆け上がる。一人では軽々と登れたが、三人を抱えた今は加護の移動距離も格段に短くなっていた。
効率が悪く何度も加護を発現させながらも、キヨラが仲間を上方へと導く。
その努力が実を結び、キヨラの足はガルガンチュアの背中を踏んだ。それと同時に荒い息を吐いてキヨラが打ち倒れる。
「あ、キヨラ。大丈夫か?」
「わたしの日傘で治癒しますー」
すかさずクシズが日傘を差し出し、キヨラの呼吸が穏やかになった。
「ねえ、一人ずつ運べばよかったんじゃ……」
キヨラが首をもたげてウタカを見上げ、すぐに顔を突っ伏した。
「キヨラさんの疲労が予想以上ー?」
「いや、今のは精神的なものだろ」
それから数十秒の小休止で回復したキヨラが立ち上がる。
ガルガンチュアの歩行に合わせて全身に衝撃が加わるが、立てないほどではない。十数メートルもある巨体だけにその背中も広く、サカキの後姿が遠くに見える。
サカキも四人の接近には気付いていないようだった。
「ガルガンチュアが〈花の戦団〉に攻撃を加えないうちに、早くサカキを取り押さえましょう」
走るキヨラの背にハルトシたちが続く。その足音が耳朶を打ったのか、サカキが背後を振り向いた。特に驚いた様子もなくサカキはハルトシを見返している。
「これはこれは。まさかカンパネルラを退け、ここまで辿り着くとは思いもしなかった」
「サカキ、あんたを守る者は誰もいなくなったんだ。降伏しろ」
ハルトシの言葉をサカキは笑い飛ばす。その双眸が見開かれ、右目の瞳の横に刻印された四つの点が禍々しい。
「降伏? ガルガンチュアが存在する限り、私には敗北など無いのだよ」
「あんた、この状況を見てもまだ分からないのか」
「その言葉、君にそっくり返そう。ガルガンチュア!」
サカキの声に呼応してガルガンチュアが雄叫びを上げる。
「何のつもりだ?」
「向こうを見てみたまえ」
ハルトシが思わず視線を前方に向ける。目前に敵がいる状況でキヨラたちはサカキから目を逸らさなかった。
ハルトシの目が向く先では、地上に大規模な空間の揺らめきが生じ、そこから喰禍の大群が出現していた。消耗した〈花の戦団〉では手に余る敵だろう。
「クッソー! あいつらを止めろ」
「どちらが命ずる立場か分かっていないようだ。ひれ伏すのは君たちの方だろう」
まったく聞く耳を持たないサカキを前に、キヨラが苛立ちを露わにして小太刀の切っ先を突きつける。
「もはや言葉は不要です。モノはこの刃に言わせます」
下半身をガルガンチュアと同化させているサカキは身動きできないと判じたのだろう。キヨラは加護を使わずに、踏み込みざま小太刀を振るった。
元より命を奪うつもりは無く、威嚇のための一撃だ。キヨラは寸止めするつもりでサカキの首筋へと剣を走らせたが、斬撃は透明な壁に阻まれたかのように弾き返される。
金属質の悲鳴が響いた瞬間、サカキの周りに半透明の光が出現していた。半球形の結界のようなものに守られているらしい。
「それなら、これは?」
ウタカのハネから十条の光が放射されるも、やはりサカキを守る盾に直撃して爆発。白煙が流れた後には無傷のサカキの姿があった。
「ガルガンチュアの力を使った結界だ。ガルガンチュアを斃さない限り、この防壁を破ることはできない」
ハルトシが悔しさに歯噛みする。結局はこのガルガンチュアを斃さねばならないのか。
ガルガンチュアは命を懸けたメネラオスの攻撃すら耐えうる。この四人だけで斃せるとはとても思えない。
ハルトシが動揺する視線を向けると、その先で出会った三色の瞳には不屈の意思が宿っているのを見出した。少女たちに勇気づけられたハルトシはサカキに向き直る。
「それならガルガンチュアの力が尽きるまで攻撃するだけだ」
ハルトシの宣言とともにキヨラとウタカが攻勢をかける。交互に斬撃と光条がサカキを強襲するが、半透明の盾を破壊することはできない。
それでも諦めずにキヨラとウタカは、手を緩めることなく攻撃を加え続ける。
「無駄だ。その特等席でヒカリヨの民衆が、真実の世界に目覚める光景をお目にかけよう」
サカキが狂的な笑みを浮かべながら前方を見据える。
〈花の戦団〉も、隊列を再編成してガルガンチュアへの反撃に備えている。しかし、攻撃は〈ハナビラ〉へと還元されて糧になってしまうため、攻撃が開始されればキヨラたちの努力は無駄になってしまう。
「どうにかならないのか……」
諦めることなく攻撃の手を緩めないキヨラとウタカを目にし、ハルトシが自身の無力を噛み締めるように呟いた。
「人間の力でガルガンチュアの結界を破ることなど不可能だ。おとなしく諦めれば、最初に君たちを真実の世界へとお導きしてもよいのだよ!」
サカキが勝利の愉悦を含ませた哄笑を天に放つ。
そのとき、ガルガンチュアが雄叫びを響かせ、大きく巨体を揺らした。
「ブオオオォォォ!」
身震いするガルガンチュアの上部で、ハルトシたちが倒れないように両手を着いて身体を支える。キヨラとウタカも膝を着いて攻撃を中断せざるをえなかった。
「どうした、ガルガンチュア⁉」
動揺していることからサカキにとっても予想外のことだろうと看取したが、身動きできない状態ではハルトシも手出しできない。
ガルガンチュアは足を止めると、鳴動する口腔から叫び声を上げ続ける。その声に呼応するように、〈花の戦団〉に向き合う喰禍たちが踵を返してガルガンチュアへと殺到した。
岩魔や甲蟲の群団はガルガンチュアの足元で右往左往している。ハルトシたちを排除しようとしても、その巨体を登れずに困惑しているようだった。
「何事だ? 命令を聞け、ガルガンチュア」
ガルガンチュアと融合していることで意のままに操れるようだが、今はサカキの命令を聞かずに暴走しているらしい。
「ガルガンチュアの様子がおかしいですね」
「ああ。サカキの意思に反してガルガンチュアが喰禍を呼び戻したようだ。だけど、いったいなぜだろう」
「まるで、サカキさんを守ろうとしているみたいですー」
「あ、それはありそうだね。でも、どうして命令を聞かなくなったんだろ?」
ガルガンチュアが制御不能に陥ったサカキは明らかに動揺している。四方を見渡し、ガルガンチュアを手で叩くなどしているが、効果は無いようだった。
「サカキを守る、か」
そう呟いたハルトシの脳裏にある人物の姿が浮かび上がる。常にサカキの傍らに控えていた女性、カガミ。
ウタカと戦っていたとき、カガミはサカキを守ることを優先していた。ただの仲間以上の感情を抱いていたようにハルトシには思える。
「まさか、カガミか?」
「カガミ……。ガルガンチュアを蘇らせるための依代になったと、カンパネルラが言っていましたね」
「もし、カガミの意思がガルガンチュアに残っているとしたら、サカキを守ろうと暴走するのも納得できないか?」
女性陣は顔を見合わせると、ハルトシを見返して同意を示すように首肯した。
ガルガンチュアにカガミの意思が残留しているとすれば、それはサカキの目論見を阻むことに繋がるという認識を共有したのだ。
ハルトシたちは揺れるガルガンチュアの上で、よろめきながらも身を起こす。
「サカキ」
「何かね。私は少し忙しいのだが」
苛立ちを声に含ませてサカキが振り返る。
「ガルガンチュアが言うことを聞かない理由を教えてやろうか」
「……それはそれは。君たちにそれが分かるとも思えないが、お聞かせ願おうか」
「ガルガンチュアは、サカキ、あんたを守ろうとして喰禍を呼び戻したんだ」
「何を言っている。この結界がある限り、私を傷つけられるものか」
サカキが余裕を取り戻した嘲笑を浮かべる。
それに動じることなくキヨラが朱唇を開いた。
「
「私の命令を無視してまでか。なぜ、そのようなことが君に分かる」
「このガルガンチュアには、依代となったカガミの意思が残っているからです」
「カガミだと?」
予期していなかった名前を聞いたサカキは、呆然とキヨラに視線を注いでいた。その瞳の向き先が変わったのは、クシズが声を発したからだった。
「喰禍を呼び戻したのもサカキさんを守るためですー。きっとカガミさんは、あなたを守ることを最優先したいんですよー」
サカキはその言葉を理解したようだ。そして、その事実が意味するところも察したのだろう。唇を引き結んでウタカへと瞳を向ける。
「つまりウタカたちがここであなたを攻撃している限り、ガルガンチュアはこれ以上進撃することは無いって分かるよね? ガルガンチュアは自分の背中を攻撃できないし、喰禍はここまで登ってこれないもん」
サカキはその現実を受け入れられないように双眸を見開いている。
「分かったか。喰禍を生むよりも、あんたが人々に真実の世界を見せるという幻想のために力を使うよりも、ガルガンチュアはあんたを守ることを優先する。……もう、あんたの目的は果たせないんだ。サカキ、ここまでだ」
痛烈なハルトシの宣告を浴び、サカキは呆然と面を伏せた。
「カガミ……なのか?」
零れ落ちたサカキの言葉に応じるように、ガルガンチュアが静止する。雄叫びも止まり、サカキの声を聞き逃すまいとしているようにハルトシには感じられた。
「この期に及んでも、私の身を案じてくれているか。どうやら、君を依代にしたのは私の間違いだったらしい」
サカキがガルガンチュアの表面に手を置き、諦念や後悔のない交ぜになった名状しがたい声音を落とす。
「私たちの負けだ。カガミ、苦労をかけた」
サカキがそう言うと、ガルガンチュアは一度だけ身震いする。
ガルガンチュアの足元に集まっていた喰禍が〈ハナビラ〉に還元されていく。揺らめいて地に落ちた〈ハナビラ〉は、元の場所へと帰るように大地へと吸い込まれていった。
喰禍が消え去ると、ガルガンチュアは伏せるように身を沈める。役目を終えたガルガンチュアは、末端から全身を粒子と化して無へと帰していった。
「うわ!」
足場となっていたガルガンチュアの巨体が崩壊したため、落下しそうになったハルトシが悲鳴を上げる。
伏せているとはいえ、ガルガンチュアの体高から落ちれば怪我をしかねない。咄嗟にハルトシは、日傘を手にするクシズに目を向ける。
考えることは同じで、キヨラとウタカも同時にクシズに掴まろうと駆け寄った。
「え、えー? なにー?」
「クシズ、ちょっと掴まらせてくれ!」
「わ、私もお願いします!」
「お友だちだよね、クシズちゃん!」
「これじゃー、重すぎるよー……!」
如何に大きな日傘であっても四人の重さを支えることはできず、一同は漆黒の波に飲まれて地上へと落下していった。
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